第120話 体育館裏の罠
※途中から語り口調が変わります※
ついにやって来た放課後。
あれから休み時間になる度、わたし達は集まり話し合いました。
体育館裏に向かうのは、わたしと菅野さん。唯ちゃんは少し離れた場所にある校舎屋側の外階段の三階踊場。唯ちゃんが待機する場所は見ようと覗きこめば、体育館裏がギリギリ見える場所です。部活でその階段を使用する事があるらしく、丁度良いと思い付いたそうです。
唯ちゃんは体育館裏に向かうわたし達に何かあれば、応援を要請する係です。
基本的には先生など大人の人を呼ぼうと考えています。
「斉藤さんの希望に背く形になってしまうのだけれど、もしトラブルになってしまった場合、宗君に助けを求めるのも考えて良いと思うわ」
宗君、頼りになるんだから。そう笑いながら唯ちゃんへ伝える菅野さん。
宗君に心配をかけたくない、そうわたしは語りましたが、正直な所はそれだけじゃ無いのです。どうしても、絶対に知られたくない、とまでは思っていませんが、宗君を頼りにするのは、やはり恥ずかしいのです。
自身の不甲斐なさから招いた事を、好きな人に知られるのは恥ずかしいのです。
今までも宗君へ散々、さらけ出した気もしますけれど……。
まあ、それとこれとはまた別問題なのです!
「それじゃ、斉藤さん行きましょうか」
「うん」
「二人ともファイト、だぞ!」
菅野さんと二人、見送る唯ちゃんに頷きます。
人も疎らになった教室を三人で出発しました。唯ちゃんはここで反対側へ、そのまま待機場所まで向かい、わたし達は昇降口から体育館裏へ向かいます。
昇降口へ向かい廊下を歩くわたし達の間に会話はありませんでした。
わたしは単純に緊張と不安で。手も少し震えてきました。
ちらりと隣の菅野さんに視線を向けると、菅野さんも丁度わたしを見た様で、視線がぶつかりました。
「緊張してる?」
「う、うん……。今になって怖くなってきちゃって……」
「ふふ、あたしもちょっと緊張しちゃってるかも」
今までステージには散々登ったのにね、と舌を出して笑う菅野さんに釣られ、わたしも笑みを溢します。
「あっ……」
突然、手に暖かい感触。
「ほら、大丈夫」
ぎゅ、と菅野さんは笑いながらわたしの手を握ってくれます。
すると、不思議と手の震えては治まって。
「ありがとう」
「こちらこそ」
えへへ、と二人で笑いあって。
今一度、繋いだ手を握り直し、体育館裏へと歩を進めるのでした。
松井さん。
今度こそ、あなたが何を思って、何故わたしにあそこまで辛く当たるのか。
聞いてみたいです。話したいです。
わたしは昔のわたしじゃないから。
今ならきっと話が出来るから。
今日の結果が、どうなったとしても。
それはきっと、今日よりも一歩進んだ明日だから。
体育館に辿り着くと、わたし達は体育館の角から裏を覗き込む。
「いち、にー、さん、しー、ごー……五人か。この間の公園のヤツら勢揃いね」
「そうだね……」
一度、角から顔を引っ込めると、わたし達は顔を突き合わせ話し合う。
「五人で集まって一体何をする気だったのよ。相変わらず群れてんのね。一人じゃ何にも出来ないんじゃないの?」
「ま、まあ」
辛辣な物言いの菅野さんにわたしは苦笑いするしかない。
「ま、行かない事には始まらないわ。腹くくって行きましょうか!」
「うんっ」
男らしい菅野さんの言葉にわたしは頷くと、胸の前で握り拳を作り気合いを入れた。
「それじゃ、手筈通り。基本的には斉藤さんが喋って、あたしは邪魔をしない。何かあればあたしも加勢するわ。あと、もし問題が発生したら即逃げましょ」
「うん、わかった!」
「よしっ」
わたし達は体育館裏へ踏み込んだ。
「……来たわね」
呟く様な松井さんの声が耳に届く。
「お、来た来たー! って……あれ、二人?」
「え、マジで二人じゃん空気読めてねー!」
「呼び出しに一人でって書いて無かったのー?」
菅野さんを見た人達が口々に文句を言い始めた。松井さんも菅野さんを見て怪訝そうな表情をしている。
「あたしはただの付き添いよ! あたしが勝手に斉藤さんについて来ただけよ! 邪魔はしないわ!」
菅野さんのよく通る声が体育館裏に響いた。
「え、どうする?」
「大丈夫なの?」
「まとめて、で良いんじゃね?」
「そうそう、数増えた方が喜ぶでしょ」
松井さんを除いた四人が、なにやらこそこそと言葉を交わしているけれど、わたしの隣で胸を張る菅野さんは微塵も気にした様子がない。
彼女らの中でも唯一、松井さんだけがこちらを見ていた。
表情を歪めて。
その表情は、何故か、どこか辛そうで。
何故? とわたしの頭に疑問が浮かぶけれど。
「ま、いいよー。別に問題ないしー?」
「おーけーおーけー。ね、美里?」
「……え、ええ」
周りの言葉に辛そうな表情は消えていた。
無表情の松井さんと、対照的にニヤニヤとした表情の周りの女の子達。
わたしは改めて、五人と対峙した。
「ま、松井さん! 手紙にあった通り来たよっ。それで、何の用かな?」
緊張でバクバクと煩い心臓を無視して、わたしは問う。
「……」
「……?」
しかし、わたしの問いに答え無い松井さん。
軽く俯いたその表情はわたしからは見えなかった。
周りもどうしたのか、と顔を見合わせていた。
「ふぅ……」
しばらく口を開かなかった松井さんは肩に入った力を抜くように、大きく息を吐き出した。
「……斉藤さん」
「え?」
ようやく松井さんが口を開いた。その視線はわたしに向けられ僅かもずれる事はなかった。
わたしは応える様に視線を合わせる。
「学校は、楽しい?」
「え、学校……? ……えっと、楽しいよ?」
何気なく、まるで世間話でもするような松井さんの声のトーン。
表情は先程と変わらず、変化は無いけれど。
わたしは問いの意図が読めないながらも、頷き返す。
「友達は出来た?」
「う、うん……」
「ち、ちょっと美里?」
困惑しているのはわたしだけでは無いようで、隣の女の子も松井さんへ訝しげな視線を送っていた。
「……そっか」
隣の子の言葉に反応する事無く、頷く松井さん。それっきり言葉を発する事は無かった。
「美里どうしたのよ! おかしいよ!?」
「そうだよ! コイツを痛めつけるんでしょ!」
「ほら、とっととやろうよ!」
「どうすんのー?」
周りの子達の言い分に、やっぱりか、と身構える。
隣に居てくれる菅野さんの表情も険しい。視線で逃げる? と訴えかけてくれるのが分かったけれど、わたしは首を振る。
まだ逃げる訳にはいかない。何の解決もしていないのだから。
「……」
「ああっ、もういいよ! 呼んじゃうからねっ!」
尚も応えない松井さんに、周りの一人が痺れを切らした様に叫んだ。
呼ぶ? と疑問が、徐々に嫌な予感に変わって行く。背中に嫌な汗が浮かぶのが分かった。
「あ、もしもし? オッケーです! 来ちゃって下さい!」
彼女はおもむろに取り出したスマホで誰かに電話をし始めた。
「さ、斉藤さん! 流石に雲行きが怪しいわよ!?」
「う、うん!」
焦りだした菅野さんに肩を揺さぶられ、わたしもそれに同意する。
今の話を総括すれば、まるで応援をこの場に呼んでいる様で。
「ひとまず逃げるわよ!」
「うんっ」
菅野さんに頷き、二人揃って踵を返した。
しかし。
「「っ!?」」
「おーっと、逃げ場はねーぞー?」
大挙して現れたのは、見るからに柄の悪い男の人達。
さっきまで居なかったのにっ。
わたしはたたらを踏み、歯噛みする。
「呼ぶのおせーよ、お前ら。待ちくたびれただろー?」
「その子がターゲット? ラッキー、やっぱカワイイーじゃん!」
「お? なんか二人居るじゃん?」
「おいおいっ、もう一人も可愛いじゃあねえか!」
「うは、随分と上玉が釣れたなぁ! 楽しみだぜ!」
口々に身の毛もよだつ言葉を吐く男の人達に、わたし達は退路を断たれていたのだった。
振り返ると、松井さん達の場所にも同じく多くの男の人が居た。
「……ちょーっとピンチね」
「……ど、どうしよう」
窮したわたし達の呟きは、体育館裏を瞬く間に包んだ喧騒に塗りつぶされた。
「ささっ、やっちゃって下さい!」
「ここまでお膳立てしたんだから!」
松井さんと居た女の子が男の人達を煽るように声をかけてた。
「なんなのよアイツら! 何がお膳立てよ、何もしてないじゃない!」
菅野さんは声を荒げながら、彼女達を睨んでいる。
わたしは菅野さんの様に睨む事も出来ず、多くの視線から逃げる様に身体を竦ませるしかなかった。
「……でも、こうなったら高畠さんに頼るしかなさそうね」
「そ、そうだね……!」
そうだ! 唯ちゃんが校舎から見てくれているんだ! この騒ぎだから、今にも向かっている筈!
下品な笑みを浮かべながら近付いてくる男の人達に恐怖を感じながらも、唯ちゃんと言う望みに活路を見出だした。
「よしお前ら、とっとと連れて行くぞ!」
しかし、男の人の言葉に希望が遠退く様で。
……連れていく? どこへ?
再び恐怖が身体を支配する。
「洒落にならないわよ! 斉藤さん! 助けが来るまで何とか逃げ切るわよ!」
「あっ」
菅野さんがわたしの手を取り、走り出した。
あの人の壁に絶望しかけてしまうが、何もしないよりは何倍もマシだ、と考え直しわたしも地面を蹴った。
何よりこの手を掴む菅野さんに勇気を貰って。
だけど。
ーーバチ、バチィッ、ジジジ……ーー
「だから、逃げ場はねぇって言っただろー?」
一人の男の人が出したのはスタンガンだった。
耳に痛烈に届くその音が、わたし達の足を止めた。いや、止めざるを得なかった。
初めてスタンガンを見たものの、その音が恐怖を引き出す事は容易かった。
「万事休す、ね……」
「菅野さん……」
「大丈夫、大丈夫よ……」
互いに抱き合う様に身を寄せるわたし達。
わたしの肩を抱く菅野さんの手が、震えていたのが印象的だった。




