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第121話 焦燥

「おいおい……!?」


 校舎屋側に設置された階段の踊場で、私は大いに動揺していた。


 視線の先、ギリギリ見える体育館裏は、人も寄り付かない普段とは全く違う様相を呈していた。


 二人の友人を囲むのは、遠目にも分かる素行の悪そうな連中だ。

 それが、ここから見える範囲でも十人は居る様に見える。


「え、えっと! こ、これは、どうしたら良いんだ!?」


 想像を越える一大事にパニックになる。色々と対処法を考えて居た筈が、うまく浮かんで来ない。

 あまりにもどかしく、私は頭をガシガシと掻いた。


「そ、そうだ! 先生!」


 そんな単純な事も忘れて居た。皆で取り決めた対処法だ。何か手に負えない事態が起きたら先生を呼ぶ。そう決めていたのだ。


「ま、待ってろよ! 二人ともっ!」


 私は先生に助けを求めるべく駆け出した。








 目の前の光景に私は呆然とした。


「なんでこんな時にっ!!!」


 私は歯痒い想いに、悪態をついた。

 普段ならば絶対にしないが、思わず廊下の壁を殴ってしまう。

 私はそのまま走り出す。


「こんな時に、研修会って……」


 たった今辿り着いた職員室は、見事にもぬけの殻だった。

 入り口の張り紙によると、先生方は御崎の公民館で開かれている市営の研修会に出席されているようだった。

 確かに思えば、高橋先生がそんな事をホームルームで言っていた様な気もする。


 こんな重要な事を見落としていたなんて、皆落ち着いたフリをしてても結局浮き足立っていた、と言うことなんだろう。


 残っている先生もいるだろうと、今も探しているのだが、中々どうして見つからないまま時間だけが悪戯に過ぎていく。


「ああっ、くそっ!」


 部活の顧問なら、と部活の活動場所も見るも、自主練習か休みと言う有り様。

 焦りが胸を満たし、心の余裕を容赦なく奪っていった。







 結果して、大人を見つけると言う役目を全う出来なかった私。

 いてもたっても居られず、急ぐその足は体育館裏へと向かっていた。危険だとわかっていても。友人を見捨てる選択など出来なかった。


 近付くにつれて、段々と駆け足になり、終には全速力で駆け抜けた。


「な、なんで……? 愛奈ちゃん、菅野、ちゃん……?」


 そして辿り着いた体育館裏。





 そこには。





「……どこ行ったんだよぉ」






 ひと一人の姿すら無かった。









ーーーーーー









 おかしい。


 何が?


 ああ。天使が、だ。


 なんだかデシャビュー。

 なついぜ。


 あん時は授業で虐めらたんでって凹んでたんだっけ。それで、テストで見返してやるって張り切って。俺も手伝って。そしたら見事に上位ゲッチュ。いやーお兄さん驚いたよ。まあ、斉藤さんの頑張りを見れば当然なのだがね。先生役としては鼻高々よ。うん。喜ぶ天使がすこぶる可愛かった。まる。


 まあ、それは良いんだ。


 過去より今よ。




 もうひとつ考えるべきは、今朝の下駄箱でのサムシング。


 俺的には昨日の放課後だけどね。


 タイミング的に考えるとドンピシャ過ぎるんだけど、やっぱり関係……あるよなぁ。


 天使の様子がおかしいのと、昨日の放課後に見かけたアレ。タイミングを鑑みても、無関係と言い切れる程俺も能天気じゃない。


 そして、もうひとつ。

 よくよく見ていると、真澄や高畠さんもどこかそわそわ、こそこそとしているんだわ。

 つうか、休み時間の度に教室の隅で集まっていればねぇ?


「なんでもないよ?」


 改めて天使に聞いた答えがコレである。


 なんでもない訳無いのだが、なんとしても問い質さなけるばならない謂れも無いので、大人しく引き下がった。


 いや、滅茶苦茶気になるけどね。俺の事情はノーカンで。


 え、ラブレター? そうなの? 教えて斉藤さん!







 レッツら勤労。


 今日も今日とてバイトの申し子沢良木君である。放課後はソッコー帰ってバイトに来た。


 本日の現場はここ。

 わたくしめの通う御崎高校を擁する地区一帯であります。中でも人通りの多い商店街から駅を中心に行っていく予定。今は駅前に来ていた。


 今日はここいらでビラ配りなのだ。立て込んだ仕事も無いので、このビラ配りが終われば今日のお仕事はおしまい。


 固定のリピーターなんて有難い存在も確かにいるのだが、ウチの様な零細企業はこんな地道な集客も食い繋ぐのに重要なのである。


「大友万屋です、よろしくお願いいたしまーす」


 黙々と? 喋ってるけど順調にビラが捌けていく。

 もちろん笑顔は忘れない。接客、笑顔、大事ネ。俺のスマイルはプライスレス。持ってけドロボー。


 前の髪型だと全然ビラ減らなかったのに、髪さっぱりしたらガンガン捌けるわ。

 うはー、やっぱりキモロン毛説濃厚ですわ。


 髪切ってから、毎回配布タイム更新してるよ。


 あ、知ってた? ビラ配りするんにも許可って必要なんだぜ? 警察に届けんの。しかも金がかかるの。勝手に配ったら捕まんぜ。気い付けろよー?


「よろしくお願いいたしまーす」


「あ、ありがとうございます!」


 四人組の大学生チックなねーちゃん達が、なにやらきゃいきゃい言いながらチラシを受け取ってくれた。受け取ってくれたのは、中でも黒髪ロングで少し大人しめな子。


「あっ、私も下さいおにーさん!」


「え? あ、どうぞー。お願いしますねー?」


「はーい!」


 何故か、もう一人もう一人と渡していき、結局全員に渡す羽目になった。

 もちろんスマイルを振り撒くサービス付き。


 しかし、従業員の俺が言う事では無いが、ウチは中々ニッチな事業展開な訳で、こんなキャピキャピしたねーちゃん達には縁があまり無いような気もするが。


 まあ、欲しいと言うのであれば、どんどん持っていってくれ。俺の仕事が減って助かるわ。

 と、思っていたらねーちゃん達が中々立ち去らない。


「おにーさんバイトですかー?」


「ええ、そうですよ?」


 中でも気の強そうな美人さんが聞いてくる。


「よろずや、ってなんですかー?」


「ああ、万屋ですか。まあ、簡単に言えば何でも屋ですね。掃除から補欠要員とか、色々な仕事を請け負うんですよ」


「へえ、そうなんだー! あっ、あの、良かったらー、このあとお茶とかどうですかー? バイト上がり何時ですかー?」


 なんだ? 逆ナンか? 万屋興味無いって? あ、そうですか。


 しかし、俺はバイトの申し子沢良木君。これしきの誘惑で挫ける様な柔な鍛え方してねえんすよ。


「あー、まだ他の場所もあるんですよ、ビラ配り。まだまだかかっちゃいそうです」


 多少の嘘もあるが、かるーくお断りのポーズ。


「えー、そうなんですか? でも、良いじゃないですかービラ配りくらいしなくても変わらないですってー!」


 あ?


 当然、表情にはおくびも出さないが、ヘラヘラするねーちゃんに、少しカチンと来た。


 ウチの会社がここに至るまでの道も何も知らない身勝手な言い分。


 まあ、確かに他人から見れば、取るに足らない仕事だろうさ。ビラ配りなんてな。

 それに、ウチの会社がどんなモノで、今までどんな苦労があって、何をやって来たのかを。知るわけも無い。

 むしろ、このねーちゃんには微塵も何の関係も無い。


 俺の勝手だが、その無責任な物言いに鼻白んだ。


「ん、そうかも知れませんねー」


 あなたにとっては、だけど。


「あ、それじゃあ……!」


「でもダメです」


「え?」


 俺にとっては大切な仕事なんだ。


 俺の恩人で、上司で、姉で、家族で。大切なひと。


 そんな彼女の大切な会社は、俺にとっても大切なんだ。


「確かに大した仕事ではないかも知れないが、それでも仕事は仕事だからな」


「あっ、えっと……それは……」


「ごめん。でも、せっかくキミ達の様な美人とお茶を出来たとしても、仕事をサボっては後ろめたさに、嬉しさも削がれると思わないか?」


「え?」


「誘ってくれたのは嬉しかったよ。お誘いを受けられなかったのは残念だけど、俺はもうちょっと頑張るよ」


「あ、その……」


 美人さんがしどろもどろになっていた。まあ、断られるとは思って無かったのかもね。美人だし。


「あ、あのっ、頑張ってください! お仕事!」


 そんな横で俺に声をかけてくれたのは、最初にビラを渡した黒髪ロングな大人しめの子。

 その表情には真面目だとバカにするような色は微塵も無く、純粋な言葉に思えた。


 何となく、金髪の天使を思い出したのは内緒だ。


「ああ、ありがとう。また、どこかで見かけたらさ、良かったら誘ってよ」


 だから、俺も自然に笑みを浮かべていた。


「はぅっ……は、はいっ! 是非! し、失礼します!」


「あっ、待ってよー!」


 黒髪の子は脱兎の如く去ると、それを追いかける様に皆去っていった。


 よく分からないが、切り抜けたぜ。


 これぞ紳士の対応よ。憤りを露も出さず相手のお誘いを華麗に回避! 貶すだけじゃ世の中上手くいかないよ!


 いや、何も狙った訳じゃないんだけどさ。



 ……しっかし、斉藤さんどうしたんだろうなー。


 ちょっぴり、心にわだかまりが出来た気がした。




 それから俺は順調にビラを配り終え、今日の仕事を終えたのだった。




 仕事を終えた俺は、理沙にビラ配りの仕事が終わった事の一報を入れると、駅へと向かっていた。

 事務所のある地区まで、電車に乗って帰るつもりだ。


 順調に終わったビラ配りは、予想よりも大分時間を短縮していた。駅前の賑わいもあったからか、今まででも一番の速さだ。


 時は夕刻。周りに目をやれば御崎高校の近くなだけあって、未だにウチの制服をちらほらと見かける。

 今日は教師の研修会があるとかで、部活も時短だった筈だ。生徒達は放課後を友人と遊ぶか帰路についているだろう。



 そんな生徒達を横目に間もなく駅の入り口をくぐる、といった頃。




 ヴーー、ヴーー、ヴーー。




「ん?」


 俺はポケットの中にあるスマホが震えている事に気付いた。仕事中はマナーモードの為、バイブレーションだった。


「……んーと?」


 ポケットから取り出したスマホのディスプレイを見ると、そこに映っていたのは。






 "斉藤愛奈"




 の名だった。

















お読み頂きありがとうございました。

次回もよろしくお願いいたします。

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