その87「深月姉と掃除をした」
「んー、いい朝だねぇ」
深月姉は大きく伸びをする。午前7時半。朝のニュース番組は今のトレンドがどうとかを街頭でインタビューしている。
「夕一、今日は気分がとてもいいよー。今日はトーストがいいなぁ。上に卵とケチャップが乗ってるやつ」
「うん、わかった。まぁ、それはいいんだけど……」
俺は部屋を見回す。ここ最近の深月姉のぐーたらぶりのせいで、相変わらず部屋は散らかったままである。
「深月姉、朝ごはん食べ終わったら掃除をしようか」
「えー、食べ終わったら久しぶりにちょっと日に当たろうと思ってたのにー」
「珍しいなぁ。散歩にでも行くのか?」
「ううん、ベランダに出るだけだよ」
「日光浴するにもインドアとは、ぶれないねぇ深月姉」
俺はフライパンに火をかけ、マーガリンを落として、溶けたところで玉子を落とす。出来上がったものをトーストの上に乗せて、深月姉に渡した。
「とにかく、掃除はしてもらうよ。こんなゴミ置き場みたいな場所では俺たちは暮せないよ」
「ポジティブシンキングだよ夕一ー。ほら、最初からゴミ置き場として考えたら、わりときれいな方だよー?」
「当たり前だよ!しょーもないこと言ってないで、早く食べて!」
そんなに怒らなくてもいいのにー。そうぶつぶつ言いながら、深月姉はトーストを頬張る。それを見て、俺は深くため息をつくのだった。
汐里を幼稚園に送り届けた後コンビニのバイトに向かい、帰ってきたのは昼間。午後からはスーパーのバイトがあるから、貴重な昼食休憩の時間だった。
それを、俺は仕方なく深月姉と二人の掃除の時間に費やすのだった。
「さぁ、始めるよ深月姉」
「うん。でも、お昼ごはんがコンビニのおにぎりっていうのは納得できないよー」
「食べれるだけでも幸せな方だよ。だいたいこっちは仕事と仕事の合間を縫ってわざわざ深月姉が散らかしたゴミを片付けようっていうのに……」
「もー、わかったようー。それで、まずはなにをするの?」
「そうだなぁ、まずはゴミを拾おうか」
透明のゴミ袋を渡すと、深月姉は渋々ゴミを拾い出す。俺も同じようにゴミを拾う。黙々とゴミを拾っていく。
「あっ、深月姉、それプラスチックだから、燃えないゴミだよ」
「えーっ、そうなのー?でも、プラスチックは燃えるよー?」
「なんかよくわからないけど、燃やしたら身体に悪い物質が出るから燃えないゴミなんだよ。ほら、これは別のゴミ袋に入れて」
俺は深月姉の持つゴミを取り、別のゴミ袋に入れた。
「アルミの包みはー?」
「燃えるよ」
深月姉は燃えるゴミの袋に包みを入れる。
「でも、考えてみたらアルミ缶は燃えるゴミでは出せないよね?どうして?」
「それは……どうしてだろうな」
考えたこともなかっただけに、なんとも答えにくかった。
「スチール缶は燃やせないけど、砂鉄だったらどうなんだろうね?」
「さぁ……」
「なんだか考え出したら、気になってくるね」
「全然気にしなくていいよ。日常で砂鉄を使うことも捨てることもまずないから」
そんなことを話しながら掃除を続けていると、部屋の隅に一冊の本を見つけた。俺は手に取る。
「あ、これ……」
本を開こうとしてカバーに手をかけたとき、断末魔の如き悲鳴が耳を貫いた。
「ぎゃーーー!!」
すぐさま本をひっつかみ、窓を開いてそれを放り投げる深月姉。この間、わずか3秒での出来事だった。
「どうして中学の卒業アルバムがここにあるの!?この前捨てたはずなのに!!」
「自らの意志で戻ってきたんじゃないのか?」
「怖すぎるよっ!!」
「冗談だよ。あの後なんだかもったいなくなって、部屋に戻しておいたんだよ」
「捨てておいていいんだよう!むしろ進んで捨て去りたい過去なんだよぅ!!」
もう二度と拾わないでね、と念を押す深月姉。アパートの敷地に放置した卒業アルバムをこのまま拾わないわけにはいかなかったが、俺はひとまず頷いておいた。
「でも、中学の卒業アルバムだけでよかったね。深月姉の第二の黒歴史である大学の卒業アルバムも持ってこられたら、発狂ものだったでしょ?」
「ううん、その点は大丈夫だよ。大学のは購入は自由だから、買ってないし」
「あ、そうなんだ」
「さらには卒業アルバム用の写真を撮ってないし、ゼミの集合写真もその日わざと休んだから、大学時代の私の記録は何一つ残っていないんだよ?」
「なるほど……」
思ったよりも、深月姉の闇は暗いようだった。
だが、「掃除の途中に出てきた卒業アルバムを開いて時間を浪費する」という掃除あるあるが深月姉にあてはまらなかったこともあって、掃除はスムーズに進み、開始から一時間程で掃除はひと段落した。
「……うん、これくらいでいいかな」
ゴミを拾い終えて、散らかったものを整理すると、部屋はずいぶんときれいになった。六畳の部屋にタンスからなにから詰め込んでいるため、相変わらず足の踏み場はほとんどなかったが、それでもさっきまでのゴミ屋敷の状態よりはずっとマシになっていた。
「ふぅー、疲れたよー」
深月姉はぐったりと倒れこむ。俺はグラスにオレンジジュースを入れ、深月姉に差し出した。
「でも、たまには身体を動かすっていいもんだね。掃除をしてきれいになった部屋を見たら、なんだか達成感もあるし」
「そうだね」
「それじゃ、私はちょっと休んだら信長の野望をしようかな」
「えっ、まだ終わってないよ?」
「…………へ?」
深月姉の表情が固まる。
「これは深月姉が散らかしたぶんを掃除しただけだよ。まだ掃除機もかけてないし、あと窓拭きとか風呂掃除もしてもらわないと」
「……あ、あはは。夕一は面白い冗談を言うねぇ」
「さっきの俺の言葉のどこに冗談の要素があったんだ?」
「苦行だよーーーーっ!!」
深月姉は子どもみたいに駄々をこね始める。だがそんなことで許すはずもなく、掃除はみっちり昼前まで続いたのだった。




