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その81「みんなでドッジボールをした」

 午後三時過ぎ。俺と深月姉、そして夏夜姉は、みんなで汐里を迎えに行き、その足で河川敷までたどり着いた。


 河川敷にはランニングをする人や幼児を連れた母親がちらほらいたが、平日のためかなり空いていた。


 「それじゃ、ボールを使ってなにをする?」


 「ドッジボールをしましょう」


 夏夜姉は即座に答えた。


 「ドッジボールは小中のクラス内ヒエラルキーが決定する要素の筆頭よ」


 「まぁ、ドッジボール強かったら注目浴びるよな」


 「その点で、私は小学生のとき、隅で隠れるように立っていたのに当てられて、男の子たちから注目ではなく罵声を浴びせられたことがあったわ」


 「悲しい過去だな……」


 夏夜姉は空を見上げて懐かしそうな顔をするが、聞いている俺たちはとてもそんな気にはなれない。


 「ともかく、汐里ちゃんにそんな思いは絶対にさせないわ。汐里ちゃん、今から強くなって、逆に憎き男子たちを駆逐してやりましょう!」


 「わかった」


 おそらく話の半分も理解はできていないだろうが、汐里は力強く頷いたのだった。


 そうして、汐里の特訓が始まった。といっても内容はシンプルで、夏夜姉と汐里がただひたすらにボールを投げあい受け合いするといったものだった。


 夏夜姉の投げるボールは案の定ひょろひょろで、3回に2回は汐里の元に届かず、汐里の手前で転がってしまう。対して汐里のボールは下投げのため、ゆるやかに弧を描いて夏夜姉の手元にストンと落ちることがあった。


 「うまいわね汐里ちゃん!その調子よ」


 褒められてうれしくなったのだろう、汐里はますますがんばって投げ出す。だがあるとき、汐里の手が止まる。


 「なつよちゃん、てかげんしてる?」


 「え、手加減?……そ、そうね。まぁ、最初はね?」


 その震える声色から察するに、これが夏夜姉の本気のようだった。


 「ま、まぁ、練習はこのくらいでいいわね。次は試合をしましょう」


 「試合?」


 「実戦経験は重要よ。大人3人と一緒にドッジボールをしていれば、嫌でも強くなるわ」


 「まぁ、そのうち2人は小学生にも負けそうな感じだけどね」


 「夕一、それは言いすぎだよ!!事実だけど!!」


 「事実なんじゃん」


 4人でチームを分けるじゃんけんをして分かれる。俺と深月姉が同じチームになった。


 「でも夏夜ちゃん、もう大人になったら、なにかを賭けないとがんばれないなぁ~」


 横目でいやらしく夏夜姉を見る深月姉。現金な姉だった。


 「そうね。いいものがあるわ」


 「えっ、なになに!?」


 「夕一の居住権」


 「却下!ド却下だよっ!!」


 深月姉は即答する。


 「いいじゃない。私はそれが一番燃えるんだから」


 「私に不利益しかないでしょ!?」


 「私が負けたらゲーム一本買ってあげるから」


 「それじゃ全然釣り合わないよっ!」


 言い争いを始める2人。俺と汐里は、完全に蚊帳の外だった。


 「あのさ、俺の居住権は俺のものじゃないの……?」


 傍から言ってみるものの、そんな声は届かず、2人の言い争いはエスカレートしていく。


 「それじゃ10日でどう?10日夕一を貸してくれれば、ゲーム一本付けるわ」


 「むりむり!10日も夕一がいなかったら、私飢えて死んじゃうよ!」


 「大丈夫よ。毎日好きな出前を取ってもいいわ」


 「えっ、ほんとに!?」


 「揺れないでくれるかな、悲しくなるから」


 つくづく目先の欲には弱い深月姉だった。

 

 「こうなったら、夕一の10日間貸与権を賭けてドッジボールするか否かを、ドッジボールで決めましょう!」


 「望むところだよっ!」


 そう言って、2人で勝手に試合を始めてしまう。準備運動の準備をするみたいな話だったが、そんな試合を、俺と汐里は黙って見ているしかなかった。


 「いくよ夏夜ちゃん!!」


 「来なさい、姉さん!!」


 気迫のこもった声とともにボールが放たれる。ゲームと食事のときしか使われないその手から放たれたボールは、時間が止まったかというほどのスピードで夏夜姉を狙う。そしてそれを夏夜姉が手を伸ばし受け止める、こともできずポロリと落とす。


 「ぐっ!こっちだって!」


 夏夜姉が渾身の力を込めボールを投げる。前に進めるぎりぎりの力だけ与えられたそのボールは、空気抵抗でさらに減速しながらも、深月姉の胸元に向かう。そしてそれを深月姉が両腕でがっちりと受ける、はずもなくポロリと落とした。


 「ゆーいち」


 「なんだ?」


 「おねーちゃんたちはどうしてボールでじゃれているの?」


 「違うんだ汐里。あれでも本気でぶつけようと全力投球しているんだ」


 風に流されてきたのかと思うほどのヒョロヒョロのボールを深月姉が投げ、夏夜姉がそれをも取りこぼす。それに深月姉が歓喜するが、同じことをされ返されて、ゲームはふりだしに戻っていく。


 我が姉ながら、驚くべき運動オンチっぷりだった。


 「ふふん!夏夜ちゃん、ドッヂボールでも『敗退通知書』のあだ名は目前だねっ!」


 「なによ!姉さんだって、振りかぶりもせず右腕だけで投げて!左手がニートよっ!」


 「そこはお留守とか言ってよ!!」


 罵声だけは河川敷に轟くが、おおよそその声には合わないしょぼい戦いが繰り広げられた。


 「……なわとびでもするか?」


 「するっ」


 汐里は幼稚園バッグからなわとびを取り出し、前跳びを始める。俺は姉たちの気合の声を聞きながら、それを眺めた。


 夏夜姉と深月姉の不毛な戦いは、それから30分以上続いたのであった。


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