第二話 カップラーメンと楽園
カップ麺でお腹が満たされると、
人は少しだけ、本当のことを話せるようになります。
世界をどうしたいとか、
誰を救いたいとか、
そんな大層な話じゃなくて。
——どこへ行きたいのか。
——なぜ、旅をしているのか。
ガラクタだらけの秘密基地で、
二人はようやく「目的」の話をします。
たぶん、ここからが本当の旅の始まりです。
四人殺した直後とは思えないほど、空気は静かだった。
「……僕が怖くないの?」
エリックは、頭に浮かんだ一番最初の疑問を口にした。
理解できなかった。
目の前で人を四人も殺したというのに、リサは真っすぐで、純粋に心配する目で彼を見つめている。
「怖い? あはは。そんなわけないじゃないですか。私を助けてくれた命の恩人ですよ」
リサは至極当然のように言った。
「……よせ。慈悲はいらない。僕とは関わらない方がいい。」
エリックは視線を逸らす。
「僕はきみのような純粋な魔法じゃない。ドロドロの、人を殺すためだけの魔法だ」
「これ以上僕のようになって欲しくないんだ」
それが、エリックの最大の優しさだった。
「——それ、変ですよ」
リサはきっぱりと言った。
「だってあなた、さっきまで“関わらない方がいい”って言ってた人が、今は私のことを心配してるじゃないですか」
エリックは言葉に詰まる。
「人を殺す魔法かどうかなんて、正直わかりません。でも」
リサは耳に触れる。血の跡がまだ残っている。
「私はさっきまで生死をさまよっていました。なのに今」
胸に手を当てる。
「こうして生きているじゃないですか」
「それって、あなたの魔法が私の命を残してくれたおかげじゃないですか」
小さく笑う。
「ドブみたいな魔法でも——救われた人が、ここにいますよ」
(こいつ、僕の汚い魔法が綺麗に見えたのか?)
「……理屈がずるい。あと褒められてちょっと照れるだろ」
「さっきまでかっこよかったのに情けないですね」
「……うるさい」
エリックは空腹を抑えるように腹を押さえる。
——グゥゥ……。
「あなたのお腹は本当に正直ですね」
リサはクスリと笑った。
「……この辺、夜になると治安が悪い。それに僕の拠点が近い。食べ物も少しだけある。来るなら付いてこい」
エリックはわざとぶっきらぼうに言い、返事を待たずに歩き出す。
背後で、しばらく沈黙。
(来るか、来ないか)
そんなことを気にしている自分に気づき、エリックは舌打ちした。
「怖いかどうかより、その音の方がよっぽどインパクトあります」
リサは楽しそうに付け加えながらついてきた。
しばらく海岸線を歩くと、ボロボロの小屋にたどり着く。
「……入れ」
エリックはリサを先に通す。
(ふーん。こういう礼儀はある人なのね……)
その感想は、すぐに消えた。
(なにこれ……?)
小屋の中はガラクタと魔導書だらけの、ほぼゴミ箱だった。
「これは……なんですか?」
「フフン。これが僕の最強の秘密基地さ」
「名前、適当すぎません?」
エリックはどけて座る場所を作る。
テーブルに、コード付きのガラクタを置いた。
コンセントに刺さる。
「これは電気ケトルだ。お湯を沸かせる」
「魔法でよくないですか?」
「……!」
その後、エリックの講義が始まった。
「掃除機というのはなぁ……」
「日本の機械技術は……」
(長い)
「いつまでしゃべってんだ!そろそろご飯出せ!」
「すまない、僕の悪い癖だ」
エリックはカップ麺を取り出す。
「で、一応言っておくけど僕の名前はエリックだ」
「私はリサ。エリックさんの話、長すぎてお湯冷めてますよ」
リサは魔法でお湯を温め直し、麺に注ぐ。
「「いただきます」」
湯気の中、二人は麺をすする。
「うん。実に庶民的なうまさだ」
「褒めてます?」
「何百年たっても色あせない味だ」
「それ、褒めてるんですか?」
リサが箸を止める。
「で、エリックさんのこと何にも知らないんだけど」
沈黙。
湯気が揺れる。
「そうだな」
一拍。
空気が少しだけ変わる。
「食事の機会に、僕のことを教えよう」
(来る)
リサは何も言わない。
ただ見ている。
エリックはカップ麺を置く。
「僕は——」
言いかけて、止まる。
視線がわずかに揺れる。
「……いや」
小さく息を吐く。
「やめておこう」
軽く笑う。
「こういうのは、もっとつまらない時にする話だ」
(戻った)
そう思ったはずなのに。
どこかだけ戻っていない。
「……そうですか」
リサはそれ以上聞かなかった。
ただ麺をすする。
沈黙。
静かで、不思議と居心地の悪い沈黙ではなかった。
エリックは視線を落としたまま、小さく呟く。
「……そのうち、話す」
それは誰に向けたものでもなかった。
湯気の向こうで、言葉は溶けていく。
二人は、何も言わずに食べ続けた。
「楽園って知ってるか?」
「名前だけは。おとぎ話の場所ですよね?」
「そこに行けば、 過去も、因縁も、全部清算できるらしい」
「……便利すぎません?」
「だから、行く」
「理由、それだけですか?」
——十個の地図の破片。
——十二個のアーティファクト。
——一つの国に、一つだけ。
「……つまり、長旅ですね」
「そうだ。金もない」
「最悪じゃないですか!」
「次回、」
「「くだらない魔法と小さな花」」
「次回はいつかもう一回見直した方がいいぞ。」
「なんでですか?」
「なんとなくね。」
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