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第二百四十二話「失墜と憤怒」



神殿評議会の大広間は、異様な緊張に包まれていた。円卓を囲む評議員たちの顔には、困惑と打算が入り混じっている。


「本日の議題は、アザリア・イシュタル聖女の解任について」


議長の声が響く。アザリアは中央に立ち、無表情でその言葉を聞いていた。


「精神的に不安定である」

「職務遂行不可能と判断される」

「聖女としての威厳を失った」


次々と理由が挙げられていく。しかし、本当の理由は誰もが知っていた。メルベルの母親と、その嫁。臆病者の家族に、もはや聖女の座は相応しくないという世論の圧力だった。


「異議あり!」


突然、激しい声が上がった。アジョラの長年の部下、巫女長のマルタだった。彼女は立ち上がり、評議員たちを睨みつける。


「なんだこの茶番は!アザリア様が何をしたというのですか!」


「落ち着きなさい、マルタ」議長が諭すが、彼女は収まらない。


「落ち着けですって?あなたたちは目玉と耳をどこにつけているんです!メルベル様が千年王を倒したことは、誰の目にも明らかでしょう!」


神殿戦士の幹部、ゴードンも立ち上がる。


「その通りだ!俺たちはアジョラ様と共に戦ってきた。アザリア様のことも知っている。この決議は不当だ!」


しかし、評議員たちは冷たい目で彼らを見つめるだけだった。


「事実は事実です」

「ナブ殿が倒したという証拠がある」

「メルベルは逃げた。それが全てです」


アザリアは静かにため息をついた。


「もういいわ、マルタ、ゴードン」


彼女は振り返り、支持者たちに微笑む。


「短い天下だったな」


自嘲的な笑みを浮かべながら、アザリアは聖火の錫杖を床に置いた。


「解任を受け入れます」


「アザリア様!」マルタが悲痛な声を上げる。


「これがメルベルの意思なら」アザリアは静かに続ける。「私は従うわ」


隣に立つアジョラも、同じように錫杖を置いた。


「私も同様に、隠居を受け入れます」


二人の聖女は、屈辱を静かに受け入れた。しかし、その姿はむしろ威厳に満ちていた。


評議会を後にする二人を、多くの巫女と戦士が見送った。その目には涙と怒りが宿っている。


「なんであんな連中の言うことを聞かないといけないんだ」


若い神殿戦士が拳を震わせる。


「今まで散々世話になっておいて、あんな話を信じてしまうとは」


ベテランの巫女が吐き捨てる。


「メルベル様も民衆に愛想が尽きたんだろう」


誰かがそう呟いた時、皆が納得したように頷いた。


その頃、ナブとリーナは別室で頭を抱えていた。


「どうしよう」リーナが青い顔で呟く。「私が次の聖女に指名されるなんて」


「断れないのか?」


「無理よ。評議会の決定は絶対」


ナブは壁を殴りたい衝動に駆られた。この理不尽な状況に、怒りと申し訳なさで頭がおかしくなりそうだった。


「アジョラ様とアザリア様に、どう顔を合わせればいい」


「それに」リーナは震え声で続ける。「メルベルさんを慕う人たちから、私たちものすごく恨まれてます」


実際、廊下を歩けば冷たい視線が突き刺さる。


「あいつらが共謀して、アザリア様たちを嵌めたんだ」

「成り上がりの野心家め」

「メルベル様の功績を横取りした恥知らず」


そんな囁きが、至る所で聞こえてくる。


聖女就任式の日。リーナは真っ青な顔で玉座に座った。元ルカヴィという正体を隠したまま、神殿のトップに立つという皮肉。しかし、それ以上に辛いのは、周囲からの敵意だった。


「おめでとうございます、聖女様」


巫女長マルタが形式的に挨拶する。しかし、その目は氷のように冷たい。


「ありがとう……」


リーナの声は震えていた。


幹部会議の場は、さらに地獄だった。


「で、新聖女様は何をなさるおつもりで?」


ゴードンが皮肉たっぷりに問う。


「私は……」


「まさか、メルベル様がなさってきたことを否定するつもりではないでしょうね」


別の幹部が釘を刺す。


リーナは必死に言葉を探すが、何を言っても空回りする。アジョラの長年の部下たちは、完全に心を閉ざしていた。


「もう申し訳なさすぎて」


会議の後、リーナはナブに泣きついた。


「アジョラ様やアザリア様だけじゃない。ベテランの巫女や神殿戦士の方々から、とんでもない悪党扱いされてます」


ナブも苦い表情を浮かべる。自分も同じような扱いを受けていた。


「英雄?笑わせるな」

「メルベル様の足元にも及ばない」

「偽物が」


そんな言葉が、背中に投げつけられる。


「メルベルさんが何を考えていたのか」リーナはため息をつく。「本当に困ります。幹部の会議に出てる人は、みんなメルベルさんの支持者なんですよ」


その夜、ガルム村へ向かう馬車の中で、アザリアとアジョラは静かに座っていた。


「皮肉なものね」アザリアが窓の外を見つめる。「私も、あなたと同じ道を辿ることになった」


「運命かもしれません」アジョラは穏やかに答える。「息子と夫が選んだ道なら、私たちも従うまでです」


しかし、二人の心には深い悲しみがあった。愛する者が汚名を背負い、自分たちも全てを失った。それでも、メルベルの選択を信じるしかない。


村に着くと、あの家が待っていた。メルベルが育ち、ガレスが愛した家。


「ここで待ちましょう」アジョラが呟く。「いつか、必ず帰ってくるから」


アザリアも頷く。たとえ世界中が彼を臆病者と呼んでも、ずっとここで帰りを待っている。

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