第1話 ゲーセン最強
ゲームセンターの奥にある対戦台の周囲だけが妙に騒がしかった。
「また勝ったぞ……」
「何連勝だよあれ」
「二十は超えてるだろ」
「三十近くいってね?」
視線の先では敗北したプレイヤーが苦笑しながら席を立ち、その反対側では一人の高校生が静かにレバーから手を離していた。
神谷蓮。
高校二年生。
地元の格ゲー勢なら一度は名前を聞いたことがあるプレイヤーだった。
大会には出ない。
配信もしていない。
だがゲームセンターでの戦績は有名だった。
誰と戦っても勝つ。
それも圧倒的に。
「ありがとうございました」
蓮は対戦相手へ軽く頭を下げる。
相手も苦笑するしかない。
「いやマジで強いな」
「たまたまですよ」
「絶対嘘だろ」
周囲から笑いが起きる。
その間にも次の挑戦者が席へ座った。
まるでボスキャラへの挑戦権を待つ列のようだった。
蓮は画面へ視線を向ける。
キャラクター選択画面。
そこに表示されているのは《Kai》。
武器を持たない近接格闘キャラクターだった。
黒いジャケット姿のストリートファイター。
拳と蹴りだけで戦うオーソドックスなスタイル。
しかし性能は決して初心者向けではない。
飛び道具なし。
長いリーチなし。
強引に押し付けられる技もない。
その代わり細かい差し合いと読み合いが強く、高難度コンボによって大ダメージを狙える上級者向けのキャラクターだった。
大会シーンでも使用者は少ない。
使いこなすまでが難しすぎるからだ。
それでも蓮はKaiしか使わない。
強キャラだからではない。
一番しっくりくるからだ。
自分の判断と技術だけで勝負できる。
その感覚が好きだった。
試合開始。
FIGHT。
開幕から相手が攻めてくる。
距離を詰める。
下段。
投げ。
中段。
連続攻撃。
明らかに研究されている動きだった。
周囲も感心したように声を上げる。
「うまいな」
「結構強いぞあの人」
だが蓮は焦らない。
ガード。
後退。
様子見。
攻撃より先に観察する。
格闘ゲームで重要なのはキャラクターだけではない。
操作している人間だ。
どの距離を好むのか。
どの場面で強気になるのか。
追い詰められた時に何を選ぶのか。
癖は必ず出る。
どんな上級者でも。
蓮は試合をしながらそれを探していた。
五秒。
十秒。
十五秒。
そして見つける。
相手自身も気付いていない癖を。
――なるほど。
心の中で呟く。
焦ると前へ出る。
守るより攻める。
だから追い詰めるほど動きが単純になる。
その瞬間だった。
相手が飛び込んでくる。
蓮のKaiが半歩前へ出た。
カウンターヒット。
「うわっ!」
相手が声を上げる。
そこからは速かった。
浮かせる。
追撃。
着地を狩る。
さらにコンボ。
高難度入力が迷いなく繋がっていく。
体力ゲージが一気に削れる。
「全部入れたぞ」
「今のコンボ安定するのかよ」
「やば……」
観客の声が聞こえる。
だが蓮の意識は相手だけへ向いていた。
まだ終わっていない。
勝負を決める一手が残っている。
相手が焦る。
距離を取る。
そして耐えきれず飛び込む。
予想通りだった。
Kaiの拳がカウンターで突き刺さる。
K.O.
試合終了。
歓声が上がった。
「また勝った!」
「強すぎるだろ!」
「何で全部読めるんだよ!」
蓮は小さく息を吐いた。
昔から不思議だった。
相手を観察していると見えることがある。
勝利へ続く一本の道。
どこを突けば崩れるのか。
どの選択が最も効率的なのか。
試合を終わらせるための最善手。
蓮はそれを心の中でこう呼んでいた。
――LETHAL。
致命打。
勝利を確定させる一手。
「神谷」
常連の社会人が声を掛ける。
「またSNSで話題になってたぞ」
「ああ、見ました」
「県外のやつまで来るんじゃね?」
「だったら面白そうですね」
蓮は少しだけ笑った。
有名になりたいわけじゃない。
だが強い相手とは戦いたい。
だから名前が広まること自体は嫌いではなかった。
その後も対戦は続いた。
大学生。
社会人。
遠くのゲームセンターから来たプレイヤー。
誰もが挑み。
誰もが負けた。
気付けば閉店時間。
店内放送が流れる。
蓮は荷物を肩へ掛けて立ち上がった。
「お疲れ」
「また来週な」
「はい」
夜風を受けながら帰り道を歩く。
スマホを見ると格ゲー仲間のグループチャットには今日の対戦動画がすでに上がっていた。
『地元のLETHALまた無双してる』
『この高校生マジで何者?』
『大会出ろよ』
そんなメッセージが並んでいる。
蓮は苦笑して画面を閉じた。
今はまだ地元で少し有名なだけのプレイヤー。
それで十分だった。
少なくとも、この時までは。




