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第1回 婚礼家具とホットドッグ

「ハルくん、背中痛い…」


「僕も、スプリングが刺さる…」



舞子が京都に戻ってきて五日。

僕の木造二階建てアパートの部屋は、去年までと同じようで、少しだけ違う時間を刻み始めていた。


朝と昼は交代、というより、その時に作れる方が作って食べる。

その雑な分担が、妙に自然に戻ってきているのが少しおかしかった。


変わったことといえば、平日は毎日夕方から舞子が欧風レストランのバイトに行ってしまうので、以前なら一緒に作って食べたり、定食屋やラーメン屋に食べに行っていた夕食がバラバラになったこと。


───「シナコさんとランチ行ってくるね!」


ある日舞子はそう言って例の元バイト先のお姉さんに会いに行ったかと思ったら、そのお店にたまたま募集の紙が貼ってあったとのことで、御池から柳馬場を少し下がったあたりにある、個人経営の欧風レストランのバイトを決めてきた。

相変わらず、大した行動力だ。

僕があれこれ考えている間に、舞子は知らない場所へすっと入り込んで、自分の居場所をひとつ増やしてくる。


舞子はまかないを食べてくるから、僕は一人で食べることになる。

寂しくないといえば嘘になる。

けれど、その分、舞子のバイトが休みの日曜日は、以前より少し大事な時間になった。

一緒に出かけたり、時々はお互いにリクエストを出しあって食べたいものを作って家で食べたり。


舞子のレパートリーはいつの間にかバリエーション豊かに広がっていた。


時々銭湯帰りにイズミヤでアイスを買って、かじりながら鴨川デルタの葵公園から糺の森あたりを散歩した。


天気の良い日には自転車に乗って疎水まで下って夷川発電所のレトロなレンガ建築を眺めたついでに、ながぐつ亭でカルボナーラだとかアンチョビスパゲッティだとか、普段お目にかからない本場っぽいパスタを食べて帰ったりもした。


ゴローちゃんはすっかりこの部屋の主のような顔をして、いつも部屋のど真ん中でその大きな体をぐでーんと伸ばしきって寝ている。


「ゴローちゃん、そんなとこ寝てたら踏むで」


と言っても、こちらを見もせずに尻尾で返事をするだけだ。



ところで、一年半前に突然僕のアパートに現れて、次の日には押入に『巣』を作っていた舞子。

一月に出て行く時、その『巣』もきれいに片付けてしまったので、舞子の寝る場所がなくなってしまった。


仕方なく、僕がベッドの上に敷いていた薄いマットを舞子に渡したのだが、押入の板の上ではほとんど意味をなさなかった。

舞子は背中を痛がり、僕は僕で、マットレス越しにスプリングが刺さるベッドで寝る羽目になった。


「なんか、手頃な舞子用の寝場所作らなアカンな…」


そんな結論に落ち着いた僕達は、金曜日にその『なんか』を探しに出かけた。

いいものを見つけたらそのまま持って帰れるように車の後部座席をフラットにしてラゲッジスペースとつなげて出かける。


「家具といえば夷川通」ってことを聞いたことだけはあるので、とりあえず『家具の夷川』を目指したが、看板の大仰さとは裏腹に通りは狭い一方通行で、家具屋もまばら。仕方なく車を停めて歩いてみることにした。


「何だかどこもかしこまってて入りづらいねー」


「そうやなー。あ、ちょっとその店入ってみよか」


目についた家具屋に入る。


「いらっしゃいませ!」


と番頭さんぽい人が出てきた。

いやまあ、本物の番頭さんなんて見たことはないのだが。


「ベッドを探してまして」


というとその番頭さんは、店の奥にあるベッドコーナーに導いてくれた。

が、そこにあるのはダブルベッドばかり。


「で、お式はいつで?」


「え?あ、いや、その…」


「ご両親の顔合わせはもうお済みで?」


舞子と僕が固まる。

あたりを見回すと、立派な桐のタンスだとか実家で見たことのある黒檀の鏡台だとかそんなものばかりだ。


どうやら僕達はそうと知らず婚礼家具の専門店に入り込んでしまったらしい。

値札を見ると、どれも思ってた予算よりゼロが2つか3つ多かった。


「あ、いえ、また来ます。すみません」


そそくさと店を出て通りに戻る。


「「あーびっくりした!」」


思わずハモって、顔を見合わせて笑い出す。

新婚さんに間違われたことより、その言葉を二人とも本気で否定しきれなかったことの方が、少しだけ可笑しかった。


そのまま通りを進んでいくつか店先から中を覗いたが、どの店も高級そうな家具ばかり。

どうやら、一人暮らしの学生なんかお呼びじゃない町のようだ。

こうなったら、もうちょっと現実的な店に行くしかない。


◇    ◇    ◇    ◇


「新婚さんに間違われちゃったねー」


「なあ、舞子がお嫁さんになるような歳に見えたてことやんな?」


「あ、なんか失礼なこと言ってる!」


「だって、Tシャツのお腹でペンギンがテニスしてるんやで?」


「可愛いじゃん、タキシード・サム」


車は蹴上のインクラインを抜けて、山科方面へ向かっていた。

さっきの婚礼家具屋の空気が、まだ少し車内に残っている。

それを振り払うように、舞子は窓の外を見ながら足を揺らしていた。


やっぱりここはホームセンターかと思ったのだが、あいにく僕は京都のホームセンターって全然知らなくて、なら天気もいいのでドライブがてら滋賀県の栗東まで行って、アサヒを目指すことにした。

アサヒは、僕が小四か小五くらいの頃にできたホームセンターで、日曜大工の道具を買いに行く親父によく連れられていった。

確かちょっとした家電や家具、それに自転車なんかも売ってた気がする。


「滋賀県好きー♪」


舞子はごきげんだ。


「あ、その前にちょっと何か食べてかへん?」


「確かにちょっとお腹すいたかも。なんかあるの?」


「うん」


そう言って僕はハンドルを左に切って東山ドライブウェイに入った。


「あれ?ここ」


「うん。将軍塚向かう道やで」


「だよね。お店なんかあったっけ?」


「ほら、あれ」


駐車場に入ると、そこには派手な黄色いバンが後ろのハッチを開けて停まっていた。

屋根の上には『ホットドッグ』という看板が、選挙カーみたいについている。

バンの後ろに突き出した看板には、『ホットドッグ』の文字の下にメニューと金額が並んでいる。


ウインナー 250円

ハンバーグ 250円

ミックス 300円

コーヒー缶 100円

コーラ缶 100円


ここはウインナー一択、というか、ハンバーグって食べたことない。


「すんません、ウィンナーのホットドッグ2つ下さい」


「はいー」


注文してお金を渡し、車の中を覗き込むと、車なのにオーブンがある。

初めてみた時はおどろいたものだ。


「ここはな、作り置きちごて、注文が入ってから、ひとつずつ作ってくれるねん」


と舞子に説明するが、別に本格的な本場のソーセージってわけじゃなくて、ウインナーと言いつつ、見るからに真っピンクの魚肉ソーセージだ。

魚肉ソーセージをまずオーブンの中に。

時間を少しおいて、カレー風味のキャベツとソースをぬったコッペパンもオーブンへ。

一度取り出し、ソーセージをパンにのせてもう一度軽く焼いて完成。


「はい、お待たせしましたー」


「あち。はい舞子、熱いから気をつけて」


「わ。あつ!本当だ」


右手に持ったり左手に持ち替えたりして少し冷ましてから、思いっきり口を開けてかぶりつく。

パンはふっくらと香ばしく、カレー風味のキャベツはシャキシャキして、マスタード入りの濃厚なケチャップソースが絡んだ魚肉ソーセージの安っぽい味がよく合う。


冬に安曇野のペンションで食べたチーズフォンデュのソーセージとは、まったく次元の違う別物だった。

けれど、これはこれでいい。

車の中で、熱い熱いと言いながらかぶりつくには、この安っぽさくらいがちょうどよかった。


「ふわ~美味しかった!ごちそうさま!」


腹ごしらえを終えて、車は再び滋賀県を目指す。

今日は湖西に向かう西大津バイパス方面ではなくそのまま1号線を直進して逢坂山を越える。


「これやこの ちゃうちゃうそっち それやそれ」


「ぷ。なにそれ?」


舞子が吹き出した。


「何って、蝉丸やん」


「絶対違う!」


「下の句は『知るも知らぬも 逢坂の関』やで!」


「そこだけ合ってる!」


車は更に東へ。


「わ!あれ何?あのカマボコみたいなの!」


舞子の声に視線を左前方に移すと、湖岸にキラキラと光る銀色の建物がそびえ立っている。


「あーあれな、大津プリンスホテル」


「あんなのあったっけ?」


「いや、今年の4月にでけた。もう親戚とか『次から誰か結婚する時はあそこやな』言うてるわ」


「へー」


「僕の出身高校もあの辺やで」


「あ、毎年ラグビー部が決勝で負ける」


「うっさい。一昨年は後輩が花園行ったし!」


やがて1号線は瀬田川を越えて草津から栗東へ。

梅雨の晴れ間のドライブは、とても楽しくあっという間に時間が過ぎる。


しかし、その楽しいドライブの果てにたどり着いた目的地のアサヒの家具コーナーは本当に申し訳程度で、これといったものは置いていなかった。

子供の頃はあんなにキラキラして魔法の宮殿みたいだと思ったのに、なんだか薄汚れたただの田舎の日曜大工屋だ。


「う~ん…」


「どうしたの?」


「思てたのと違う。なんかいまいちやな」


「じゃ、戻って婚礼ベッド買う?」


「買うか!」


笑いながら、せっかくここまで来てどうしたものかと少し頭を巡らせて…

あ。思い出した。


守山まで行けば、同級生のヨシタカ君の家の工場の前に家具屋があったじゃないか!

確か名前は…マルサ家具だ。

正月に僕にビリヤード勝負を仕掛けて来たムンちゃんが、去年大学をやめてここに就職したと言っていた。

大学をやめた理由は教えてくれなかったが。


「舞子、もうちょっとドライブな」


「わーい」


懐かしい守山の街に入る。

小学生の頃、自転車で希望が丘のプールに誘いに来たヨシタカくんの工場が見えてくる。


「おー!ハルヒト!どないしたん!?」


店に入るとムンちゃんが僕を見つけてやってきた。


「あ、正月以来やな。えっとな、手頃なベッド探してて」


「ベッド?あ、こちらは?」


ムンちゃんが舞子の方を見る。


「はじめまして。舞子です」


ペコリと頭を下げる。

昔ほど、初対面の僕の友達にガチガチに緊張することもなくなっているようだ。

僕の知らないところで、舞子はちゃんと少しずつ、この世界に馴染んでいた。


「え?彼女?めっちゃ若いやん!?えー?もしかして結婚!?式はいつ!?プリンス!?俺も呼んでや!?」


待て待て。落ち着け。

ていうか、お前も夷川の家具屋と同じか。


「違うって。この子は親戚の子。自分の部屋で使えるベッド探してるていうから、ここやったらムンちゃんいるからアドバイスもらえるかなと思って連れてきた」


「なんや。速攻でヒデキとかに連絡回さなアカンかと思たわ」


そういうムンちゃんに、部屋はそんなに広くないこと、他にも家具があってベッドにあまり広いスペースは取れないこと、見ての通り舞子は小さいからそんなに大きなものは必要ないことなどを伝えた。


「それやったら、ソファベッドとかええんとちゃうかな?」


ムンちゃんの顔が、幼なじみの顔から仕事の顔に変わる。


「ほら、これ見てみ。普段はソファやから部屋も広う使えるやろ? 寝るときは背もたれ倒してベッドになる。下には引き出し式の収納も付いてるから、布団とか毛布とか押し込んどけるわけや」


僕と舞子は並んで座ってみる。


「お、ええやん。座り心地もしっかりしてる」


「な?これな、中のスプリングが普通のベッドと同じやから腰も痛ならへんねん。安もんのソファベッドやったらウレタンだけでペッタンコなるけど、これはスプリングやから長持ちするで」


舞子は嬉しそうに背もたれに寄りかかる。


「へえ、ふわっとしてる。しかも可愛い色!」


「ほら、こうやったらこれでベッド状態。ちょっと寝転んでみ?」


「わー!気持ちいい!柔らかいのにぐにゅって沈み込まないから腰も痛くならなそう!」


僕も寝転んでみる。

確かに、下手すると僕のベッドよりも快適かもしれない。


「女の子でも扱いやすいしな。これくらいのサイズなら部屋にも収まるやろ。しかも、お値段も学生向け。ゼロ二つも三つも付いてへんから安心してええわ」


ムンちゃんはニヤッと笑って僕の肩を軽く叩いた。


「どうや、ハルヒト?」


「幼なじみ割引、ある?」


「そんな割引、初めて聞いたわ!」


「そこをなんとか」


「う~ん…俺の裁量で引けるのは、これが限界やな」


そう言ってムンちゃんが電卓を叩いて見せてくれた。


「お。ええんこれ?」


「おう」


「舞子、このソファベッド、どう?」


「うん。すっごい気に入った!座り心地も寝心地もいいし!」


「ほなこれ貰うわ。持つべきモンは家具屋の幼なじみやな!」


「毎度ありぃ!」


ムンちゃんが台車を持ってきてソファベッドを手際よく乗せて車まで運んでくれる。

手頃とは言え台車よりはずっと大きいのに、どこにもぶつけずに運んでくれるのはさすがプロって感じだ。


「ほなまた、今度はビリヤード絶対勝つし!」


「ありがとう!またこっち来たら連絡するわ!」


そう言って車に乗り込み、僕達は京都へ向かった。


◇    ◇    ◇    ◇


「あー、これ、このビーチテーブルとチェアやめて、ここでソファとローテーブルで過ごすことにして、寝るときにベッドにした方がええな。」


コタツの季節以外、僕は真っ白の丸い折りたたみ式ウッドテーブルと折りたたみのウッドチェアを部屋に出して、南国のビーチを気取っていた。

畳の上のくせに。


でも、舞子のソファを置くと、その冗談みたいな部屋が少しだけ生活の場所に変わった気がした。


今まで冬はコタツと入れ替えで押入の上段に収納していたから別に問題はないんだけれど、多分もう使わない気がするから実家に送ってしまおうか。


「ねえ、ハルくん、それいいアイデアなんだけど、ローテーブルなんかこの部屋にないよ?」


「あー…」


仕方ないな。

またムンちゃんの店まで滋賀県ドライブだ。


家具を買い足しているだけなのに、舞子と暮らす部屋が、少しずつ二人の部屋になっていく気がする。

そんなことを考えながら、僕は次のドライブコースを頭の中で組み立てていた。


────もちろん、将軍塚のホットドッグ付きで。

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