1-6 奥野の刺客と、魂を削る忠義の物語
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
伊東 祐親による強引な所領横領。さらには愛する妻まで奪われた工藤祐経の屈辱は、もはや言葉で洗えるものではなかった。
「……やるぞ。奴が奥野の狩場に姿を現す、今こそが好機だ。」
祐経の命を受けた二人の忠臣、大見小藤太と八幡三郎は、死を覚悟して伊豆の山中へと潜り込んだ。
彼らの出立は、およそ暗殺者らしからぬものだった。柿色の直垂を纏い、背中には鹿狩り用の矢を詰めた竹箙を背負う。手には白木の弓。その姿は、どこからどう見ても、大狩猟に参加する大勢の「勢子」の一員に過ぎなかった。
二人は四千人の大軍勢に紛れ込み、祐親の首を狙って山々を駆け巡った。一日目は柏峠、熊倉の険しき道を這い回り、二日目は荻窪、椎沢の谷間に潜み、三日目は長倉の渡し、朽木沢、赤沢峰の頂より目を光らせた。
潜伏期間は七日間に及んだ。だが、相手は伊豆一番の実力者・伊東祐親である。その周囲は常に屈強な郎等たちが幾重にも取り囲んでおり、どれほど隙を窺っても、容易に近づくことさえできない。
「……焦るな、小藤太。祐経様の無念を晴らすためなら、我らはどれほどの時間でも待てるはずだ。」
「わかっている、三郎。我らの覚悟は、あの古の伝説にも劣らぬものなのだから。」
極限の緊張状態の中、彼らの脳裏には、かつて主君から聞かされた「真の忠義」の物語が去来していた。
それは、遠き異国の物語。
ある大国に、戦に敗れ自害を覚悟した国王がいた。その王には、まだ十一歳になる幼き太子がいた。王は死の間際、二人の忠臣、杵臼と程嬰を呼び寄せ、涙ながらに託した。
「……お前たちは私と共に死のうと思っているだろう。だが、それでは誰が私の息子を守り、仇を討つというのだ。どうか逃げ延び、この子を育て上げ、我が無念を晴らしてくれ。」
二人は王の言葉に従い、城を脱出した。王は安らかに果てたが、敵の王は執拗だった。
「太子の首を持ってきた者には、望むままの褒美を取らせよう!」
国中に指名手配が回る。二人は里に隠れ、山に籠もるが、逃げ場はどこにもない。そこで程嬰は、血を吐くような決断を下した。
「杵臼よ。このままでは全滅だ。……幸い、私には太子と同じ十一歳になる息子・きくわく、がいる。この子を太子の身代わりとして差し出し、我らのうち一人が敵に寝返ったフリをしよう。」
程嬰は、自分の息子を呼び寄せ、優しく、しかし冷酷な事実を告げた。
「いいか、よく聞け。お前が太子の身代わりとなって死ぬのだ。そうすれば、本物の太子は救われ、我らは敵の懐に入り込むことができる。恨むなよ。来世でまた親子として生まれ変わろう。」
十一歳の少年・きくわくは、流れる涙を拭おうともせず、しばらく沈黙した。父が「未練があるのか。」と叱咤すると、少年は顔を上げ、震える声で答えた。
「……断る理由などございません。私のこの命一つで、主君と父上への孝行ができるのなら、これほど誇らしいことはありません。……ただ、父母様とお別れするのが、少しだけ、惜しいのです。」
その言葉に、父・程嬰は胸を掻きむしられる思いだった。だが、ここで弱気を見せれば計画は崩れる。
「弓矢の家に生まれたからには、主君のために命を捨てるのは当然だ。最後に見苦しい姿を見せるな!」
父は心を鬼にして息子を突き放し、少年もまた「覚悟は決まっております」と涙を抑えた。
計画は実行された。杵臼は身代わりの少年・きくわくを連れて山へ籠もり、程嬰はあえて敵の王のもとへ下った。
「私は昨日までの忠義を捨てました。太子の隠れ場所を知っています。兵を貸してください」
敵王は疑いつつも数千の兵を出し、山を包囲した。包囲網の真っ只中、程嬰は進み出て、実の息子に向かって叫んだ。
「もはや逃げ場はない。雑兵の手にかかるより、潔く自害せよ!」
山頂に立った少年は、父から預かった伝来の剣を構え、凛とした声で応じた。
「私は国王の子、十一歳。臣下の手にはかからぬ。程嬰よ、かつての情けにより、今一度だけその顔を見せよ!」
程嬰は、我が子の健気な演技を見ながら、溢れ出る涙を必死に抑えた。周囲の兵たちも、その幼き少年の堂々たる最期に、思わず涙を流した。
「……父上、天国でお待ちしております!」
少年は叫び終わるや否や、自らの胸に剣を突き立て、うつ伏せに倒れた。
寄り添っていた杵臼も、「若君、お供いたします!」と自らの腹を十文字に掻き切り、太子の骸に重なるようにして果てた。
その光景は、見るに無惨でありながら、神々しいほどだった。
敵の王は二人の首を見て大喜びし、程嬰を第一の大臣として重用した。すべては程嬰の計画通り。彼は敵の懐で虎視眈々と機会を窺い、数年後、ついに敵王を討ち取った。そして本物の太子を擁立し、国を再興させたのである。
国が平和を取り戻して三年。程嬰は、立派に成人した太子に暇を乞うた。
「私の仕事はここまでです。私はかつて杵臼と、どちらが先に死ぬかを争いました。あの日、あいつに苦しい役目を押し付け、私は生き残る道を選んだ。……今、約束を果たしに参ります。」
止める太子を振り切り、程嬰は杵臼の墓へと向かった。
「見てくれ、杵臼よ。太子は立派に王座に就かれた。俺も、ようやくお前たちのところへ行ける。……あの日の契約、忘れてはいなかったぞ。」
程嬰は墓前で自らの腹を切り、親友と息子の待つ場所へと旅立った。
――大見小藤太と八幡三郎。
伊豆の険しい山中を駆け巡る彼らの胸には、この程嬰たちの物語が、熱い血となって流れていた。
「主君のために命を捨てる。それは、決して無駄死にではない。」
「ああ、我らが祐経様の矢となれば、いつか必ず正義はなされるのだ」
七日間に及ぶ執念の追跡。ついに、彼らは見つけた。祐親がわずかに護衛の列を離れ、森の奥へと入り込む一瞬の隙を。
伊東祐親は知らない。背後の茂みで、二人の死神が竹箙から矢を抜き、弓を引き絞っていることを。その矢には、所領を奪われ、妻を奪われた男の怨念と、それを支える郎等たちの「程嬰」にも勝る忠義が込められていることを。
ヒュッ――!
静寂を切り裂き、運命の矢が放たれた。それが、後の歴史を塗り替える、曾我兄弟の父・河津三郎の悲劇へと繋がる、最初の一撃となる。
曾我物語 巻第一 (明治四十四年刊 國民文庫本)
〔大見・八幡が伊東狙ひし事〕
此処に、祐経が二人の郎等大見・八幡は、是を聞き、斯様の所こそ、よき便宜なれ、いざや、我等、便りを狙はんと、各々(おのおの)、柿の直垂に、鹿矢さけたる竹箙取りて付け、白木の弓のいよげなるを打ちかたげ、勢子にかきまぎれ、狙ふ所々(ところどころ)は、一日は柏峠、熊倉、二日は荻窪、椎沢、三日は長倉が渡り、朽木沢、赤沢峰を始めとして、七日が間、つきめぐりてぞ狙ひける。然れども、伊藤、国一番の大名にて、家の子郎等多かりければ、たやすく討つべき様ぞ、無かりける。
〔杵臼・程嬰が事〕
此の者共が、心をつくしける有様にて、昔を思ふに、大国に、かうめひ王と言ふ国王有り、国を争ひて、並びの国の王と軍し給ふ事、度々(たびたび)なり。然るに、かうめい王、戦ひ負けて、自害に及ばんとす。時に、杵臼・程嬰とて、二人の臣下有り。彼等を近付けて、「汝等は、定めて、我と共に自害せんとぞ思ふらん。是、誠にしゆんろ、逃るる所無し。さりながら、我、一人の太子に、屠岸賈と言ひて十一歳に成るを、故郷に止め置きぬ。我自害の後、雑兵の手にかかりて、命を空しくせん事、口惜しければ、汝等、如何にもして逃れ出でて、此の子を育み育てて、敵を滅ぼし、無念の散ぜよ」と宣ひければ、二人の臣下、異議に及ばずして、城の内を忍び出でにけり。国王、心安くして、自害し給ひけり。さて、二人の臣下、都に帰り、太子をいざあひ出だして、養じけるぞ、無慙なる。敵の大王、是を聞き伝へ、「末の世には、我が敵なり。彼の太子、同じく二人の臣下、共に、首を取りて来たらん者には、勲功は所望によるべし」と、国々(くにぐに)に宣旨を下されけり。此の宣旨に従つて、彼の人々(ひとびと)に心を懸け、如何にもとあやしみ思はぬ者は無し。然れども、一所の住まひ適はで、或いは、遠き里に交はり、深き山に籠りて、身を隠すと雖も、所無くして、二人寄り合ひ、如何せんとぞ歎きける。程嬰申しけるは、「我等が、君を養じ奉るに、敵こはくして、国中に隠れ難し。然れば、我等二人が内に、一人、敵の王に出で仕へん。然る物とて、使ふとも、心を許す事あらじ。我、きくわくと言ひて、十一歳に成る子を、一人持ちたり。幸ひ、是も、若君と同年也。是を大子と号して、二人が中、一人は山に籠り、一人は討手に来たり、主従二人を打ち、首を取り、敵の王に捧げなば、如何でか心許さざるべき。其の時、敵をやすやすと打ち取るべし」と言ひければ、杵臼申しけるは、「命ながらへて後に、事をなすべきこらへのせいは、遠くしてかたし。今、太子と同じく死せんは、近くして安し。然れば、杵臼は、こらへのせい、少なき者なり。安きに付き、我先づ死ぬべし。程嬰は、敵方に出でん事を急ぎ給へ」とぞ申しける。其の後、程嬰、我が子のきくわくを近付けて、「如何にや、汝、詳しく聞け。我等は、主君の大子を隠し奉る。既に我々(われわれ)、汝等までも、敵にとらはれて、犬死をせん事、疑ひ無し。然れば、汝を太子と偽り奉りて、首を取るべし。恨むる事無くして、御命に代はり奉りて、君をも安全ならしめよ。親なればとて、添ひはつべきにもあらず。来世にて生まれあふべし」と申しければ、きくわく、聞きも敢へず、涙を流して、しばしは返事せざりけり。父、此の色を見て、「未練なり。汝、はや十歳に余るぞかし。弓矢取る者の子は、胎の内よりも、物の心は知るぞかし」といさめければ、きくわく、此の言葉に恥ぢて、言ひけるは、言葉こそ無慙なる、「辞退申すべきにあらず。誠に、某は、命一つにて、君と父との孝行に捧げ申さん事、惜しからざる物をや、歎きの中の喜び也」と言ひも敢へず、涙にむせびける。父、是を聞き、子ながらも、優に使ひたる言葉かな、未だ幼き者ぞかし、誠に我が子なり、成人の後、惜しと言ふも余り有り、弱き心の見えなば、もし未練にもやと思ひければ、流るる涙を押し止め、「弓矢の家に生まれて、君の為に命を捨つる事、汝一人にも限らず、最後未練にては、君の御為、父が為、中々(なかなか)見苦しとて、一命を損にすべき也」と言ひければ、きくわく、涙を抑へて、「か程には、深く思ひ定めて候へば、如何で愚かなるべき。さりながら、差しあたる父母の御別れ、如何でか惜しからでそろべき。心安く思し召せ。最後におきては、思ひ定めて候ふ」と申しければ、父も、心安くぞ思ひける。さて又、二人寄り合ひ、内談する様、「先づ今、君の御為に、打たるべき命は安く、残り止まりて、敵を打ち、太子世に立て申さん事、重きが上の大事なり。如何はせん。ながらへ、功をなす事、堪忍し難し。我、先づしなん」とて、杵臼は、十一歳のきくわくをつれて、山に籠り、討手を待ちける心の内、無慙と言ふも余り有り。其の後、程嬰、敵の王のあたりに行き、「召し使はれむ」と申す。敵王聞き、此の者、身を捨て、面をよごし、我に使ふべき臣下にあらず、さりながら、世変はり、時移れば、さもやと思ひ、かたはらに許し置くとは雖も、猶害心に恐れて、許す心無かりけり。言ひ合はせたる事なれば、「我、今、君王に仕へて、二心無し。疑ひ事わりなれども、世界を狭められ、恥辱にかへて、助かるなり。なほし、用ひ給はずは、主君の太子、臣下の杵臼諸共に、隠れ居たる所を、詳しく知れり。討手を賜はつて向かひ、彼等を打ち、首を取りて見せ参らせん」と言ふ。其の時、国王、和睦の心を成し、数千人の兵を差し添へ、彼等隠れ居たる山へ押し寄せ、四方をかこみ、閧の声をぞ上げたりける。杵臼は、思ひ設けたる事なれば、鎮まり返りて、音もせず。程嬰、すすみ出で申しけるは、「是は、かうめい王の太子屠岸賈や坐します。程嬰、討手に参りたり。雑兵の手にかかり給はんより、急ぎ自害し給へ。逃れ給ふべきにあらず」と申しければ、杵臼立ち出で、「若君の坐します事、隠し申すべきにあらず。待ち給へ。御自害有るべし。さりながら、今日の大将軍の程嬰は、昨日までは、まさしき相伝の臣下ぞかし。一旦の依怙に住すとも、遂には、天罰降り来たり、遠からざるに、失せなん果を見ばや」とぞ申しける。程嬰、是を聞き、「時世に従ふ習ひ、昔は、さもこそ有りつらめ、今又、変はる折節なり。然ればにや、君も、御運もつきはて、命もつづまり給ふぞかし。徒らごとにかかはりて、命失ひ給はんより、兜を脱ぎ、弓の弦をはづし、降参し給へ。古の情を以て、助くべし」とぞ言ひける。十一歳のきくわく、討手は父よと知りながら、予て定めし事なれば、父重代の剣をよこたへて、高き所に走り上がり、「如何に、人々、聞き給へ。かうめい王の太子として、臣下の手に掛かるべき事にもあらず。又、臣下心がはりも、恨むべきにもあらず。只前業つたなけれ。さりながら、其の家久しき郎等ぞかし。程嬰、出で給へ。日頃のよしみに、今一度見参せん」と言ひければ、程嬰、我が子の振舞ひを見て、心安く思へども、忍びの涙ぞすすみける。兵あやしくや見るらんと、落つる涙を押し止め、「人々、是を聞き給へ。国王の太子とて、優に使ひたる言葉かな。かうこそ」と言ひけるが、さすが恩愛の別れ、包み兼ねたる涙の袖、絞りも敢へず、余所の哀れを催しつつ、相従ふ兵、差しあたりたる道理なれば、共に感ぜぬは無かりけり。其の後、太子、高声に曰く、「我は是、かうめい王の子、生年十一歳。父一所に向かへ給へ」と言ひもはてず、剣を抜き、貫かれてぞ、伏しぬ。杵臼、同じく立ち寄りて、「御けなげにも、御自害候ふ物かな。某も、追ひ付き奉らん」とて、腹十文字にかき破り、太子の死骸にまろびかかりて、伏しける有様、みるに言葉も及ばれず、無慙なりし例なり。さて、二人が首を取り、帝王に捧ぐ。叡覧有りて、喜悦の眉を開き給ふ。今は、疑ふ所無く、程嬰に心を許し、一の大臣にいはひたもまふ、御運の極めとぞ覚えべし。さて、隙を窺ひ、敵王を討つ事、いと安し。すみやかに、主君の屠岸賈を取り立て、二度国を開く事、案の内なり。然ればにや、もとの如く、程嬰をさう臣に立てらるに依つて、杵臼、きくわくの為に、追善其の数を知らず。かくて、三年に、国ことごとく鎮まりをはりて後、程嬰、君に暇をこひて曰く、「我、杵臼に契約して、命を君に捨つる事、遅速を争ひしなり。御位、是までなり。今は、思ひ置く事無ければ、杵臼が草の陰にての心も恥づかし。自害仕らん」と申す。帝王、大きに歎きて、是を許す事無し。然れども、隙をはからひ、忍び出でて、杵臼が塚の前に行き、「君の御位、思ふ儘なり。如何にも嬉しく思ひ給ふらん。我又、かくの如し。古の契約忘れず」と言ひて、腹かき切り、失せにけり。哀れなりし例なり。大見・八幡が、主の為に、命をかろんじて、伊東を狙ひし志、是には過ぎじとぞ覚えたり。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




