3-7 鎌倉武士団、決死の直訴リレー
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
曾我物語 巻第二 (明治四十四年刊 國民文庫本)
かつて流人の身から「鎌倉殿」へと上り詰めた源頼朝の治世は、法と秩序、そして「裏切りは決して許さない」という冷徹な因果によって守られていた。
―― 由比ヶ浜。
11歳の一万と9歳の箱王が処刑台に座らされ、義父・曾我祐信が太刀を投げ捨てて泣き崩れるという、絶望的な光景。
しかし、鎌倉の武士たちはただの「殺戮者」ではなかった。彼らは、この不条理な宿命に抗うべく、命がけの「言葉の合戦」を頼朝へと仕掛けたのである。
由比ヶ浜で泣き崩れる曾我祐信を見て、一人の男が歩み寄った。頼朝の側近中の側近、梶原平三景時である。
「……祐信殿、お主の嘆き、察するに余りある。少し待て。私が頼朝様に一筆、いや、一言申し上げてみよう」
その言葉に、処刑人の堀弥太郎も「梶原様が仰るなら……」と、一旦刀を収めた。景時はすぐに御所へ戻り、頼朝の前に畏まった。
「梶原か。今日は一段と訴訟顔だな」
頼朝が皮肉げに笑う。景時は真っ直ぐに答えた。
「上様。今、浜で曾我の養子たちの処刑が行われております。……あれを、この景時に免じてお預けいただけませんか? 私のこれまでの功績に免じて、何卒」
しかし、頼朝の返答は氷のように冷たかった。
「今朝も源太が同じことを申したが、却下した。景時、お前も恨むなよ。……あの子たちは死なねばならぬ」
景時は、力及ばず引き下がるしかなかった。
次に向かったのは、和田左衛門義盛。かつて衣笠城で頼朝のために九十歳の父を失い、自らも死線を越えてきた、源氏再興の第一功労者である。
「上様! 梶原親子が叶わなかったのなら、この義盛が申し上げます。人を助けるのが武士の習わし。……私は衣笠城で貴方様の命の代わりとなるべく戦いました。その忠節、今ここで『曾我の子供たちの命』と交換してください! 私が引き受け、育てます。それが、私への一生の恩賞だと存じます!」
頼朝は静かに首を振った。
「……義盛。お前の功績は忘れていない。だが、あの者たちは『切り捨てねばならぬ』のだ。伊東の血を引く者はな」
義盛は食い下がった。
「罪の軽い者を助けるのは当たり前のこと。重罪の者を、上様の掟を曲げてまで救ってこそ、真の『御恩』ではありませんか! 私の生涯最大のお願いです。これ以上の大事などございません!」
頼朝はしばし考え込んだ。義盛の功績を思えば、無視はできない。だが――。
「……義盛、お前の所望、何事も背きたくはない。だが、この件だけは頼朝に任せてくれ。伊東祐親の、あの『情け知らずな裏切り』の報いを、今、果たさねばならぬのだ」
義盛もまた、力なく退室するしかなかった。
宇都宮朝綱も訴えようとしたが、頼朝のあまりの不機嫌さに言葉を飲み込んで退出した。そんな重苦しい絶望の中、最後に立ち上がったのは、坂東の最長老・千葉介常胤だった。
「人々が叶わなかったことを申し上げるのは、まさに龍の鬚を撫で、虎の尾を踏むようなこと。……ですが上様、今日の人々の訴え、どうか聞き入れてはいただけませぬか」
頼朝は常胤に対しては、ひときわ深い敬意を払っていた。
「千葉介よ。お前の功績は身に余るものだ。石橋山で私が自害しようとした時、数千騎で助けてくれたのはお前だ。今の世があるのは、偏にお前の恩。それは決して忘れぬ。……だが、伊豆の伊東が私にした仕打ちは、お前も知っているだろう?」
頼朝の脳裏には、冷たい淵に沈められた我が子の記憶があった。常胤はさらに、言葉の刃を重ねた。
「上様、この場にいる誰もが不忠を思っているわけではございません。その忠心に免じて、彼らを助けてほしいのです」
頼朝と常胤の間で、世にも稀な「宗教・政治論争」が始まった。
常胤: 「奈落に沈むような悪人であっても、慈悲の心で救うのが神仏の道ではありませんか」
頼朝: 「極重の罪人は、慈悲の仏さえたすけぬと聞くぞ」
常胤: 「地蔵菩薩の第一の誓願は、仏のいない世界の衆生を救うこと。その誓いは深いのです」
頼朝: 「ふん。だが地蔵は、まだ『正覚(仏)』には至っていない。修行中の身だ」
常胤: 「いいえ。そのような悪人をすべて救い尽くしてこそ、仏になれると仰ったのです。それこそが真の慈悲ではありませんか」
頼朝は不快そうに顔を歪めた。
「……常胤よ。それは仏法の話だ。如来に会った時にでも聞くがいい。これは現世の『政道』なのだ。 伊東の血を引く者を斬らねば、秩序は保てぬ。これ以上の議論は無用だ」
頼朝の決定的な「拒絶」。
鎌倉の重鎮たちが総出で立ち向かっても、一人の少年の命さえ救えない。由比ヶ浜の波音は、もはや死の調べとしてしか聞こえなかった。
御所を退出した家臣たちは、一様に肩を落とした。
「……あの方の心は、岩よりも硬い」
「我らの命を賭した訴えも、届かなかったか」
由比ヶ浜では、再び堀弥太郎が太刀を握り直している。一万と箱王は、静かに死を待っている。
曾我物語 巻第三(明治四十四年刊 國民文庫本)
〔人々、君へ参りて、こひ申さるる事〕
此処に梶原平三景時、近くよりて、祐信に申しけるは、「御歎きを見奉るに、推し量られて覚ゆるなり。暫く待ち給へ。一はし申して見ん」と言ひければ、弥太郎、大きに喜びて、暫く時を移しける。誠に景時、差し切りて申されんには、適ひつべしと、人々 頼もしくぞ思ひける。景時、御前に畏まりければ、君御覧ぜられて、「梶原こそ、例ならず訴訟顔なれ」「さん候。曾我の太郎が養子の子供、只今、浜にて誅せられ候ふ。哀れ、某に、御預けもや候へかし。景時が申状、聞こし召し入れらるべきと、あまねく思ひ候ふ物をや」と、申しければ、君聞こし召て、「今朝より、源太申しつれ共、預けず。汝、恨むべからず」と仰せ下されければ、力及ばず、御前を罷り立ちけり。次に、和田の左衛門義盛、御前に畏まり、「景時が親子、申して適はざる所を、義盛、重ねて申し上ぐる条、かつうは、其のおほそれ少なからず候へども、人を助くる習ひ、さのみこそ候へ。義盛、御大事に罷り立ちて、度々なりと雖も、わきては、衣笠城にて、御命に代はり奉り、御世に出でさせ給ひ候ひぬ。其の忠節に申しかへて、曾我の子供を預かりおき候はば、生前の御恩と存じ候ふべし」と申されければ、君聞こし召されて、「彼の者共の事は、切らで適ふべからず」と仰せ下されければ、義盛、重ねて申されける、「もとより、罪軽くして、追罰せらるべきを、申し預かりては、御恩と申し難し。重罪の者を賜はりてこそ、掟を背く御恩にては候へ。義盛が一期の大事、何事か是にしかん」と、差し切りて申されたりしかば、君も、誠に難儀に思し召しけるが、しばし、御思案に及び、「御分の所望、何をか背き奉るべき。然れども、此の事においては、頼朝に差しおき給へ。伊東が情無かりし振舞ひ、只今報ぜん」と仰せられければ、義盛、力に及ばずして、御前を罷り立たれけり。其の次に、宇都宮の弥三郎朝綱、思ひけるは、面々 申し適へられずして、罷り立たれぬ、さりながら、数多の力、もしもやと存じ、御前に祗候す。君御覧ぜられて、「今日の訴訟人は、適ふべからず、別に、思ふ子細有り」とて、御気色悪しかりければ、申し出だすに及ばず、退出せられにけり。又、千葉介常胤、座敷に居代はりて、畏まつて、「人々(ひとびと)の申されて適はざる所を申し上ぐる条、誠てうたうのあとを尋ね、れいきのををひにて候へ共、竜の鬚をなで、虎の尾を踏むも、事による事にて候へば、今日の人々(ひとびと)の訴訟御聞き入れ候はば、畏まり存ずべき由、方々(かたがた)申すげに候ふ」と申し上げければ、君聞こし召し、「御分の事、身にかへても余り有り。其れを如何にと言ふに、頼朝、石橋山の合戦に打ち負けて、只七騎に成りて、杉山を出でて、ゆきの浦に着き、既に自害に及びし時、数千騎にて、合力せられ奉り、今は世を取る事、偏に御分の恩ぞかし。其の故、忘るべきにあらず。然れども、伊豆の伊東が恨めしさは、知り給ひぬらん」と仰せ有りて、其の後は、御返事も無し。常胤、重ねて申されけるは、「恐れ存じ候ふ事なれども、某に限らず、今日の訴訟人、時に取りての御大事、誰か身命を惜しみ、不忠を思ひ奉る者の候ふべき。其の御心ざしに、御免渡らせ御座しまして、彼等を御助け候ふべし」「さても、彼等が祖父は、不忠の者にはあらざるをや」「さてこそ、御慈悲にて、御助け候へとは申せ」「奈落に沈む極重の罪人をば、慈悲の仏だにも、すくひ給はずとこそ聞け」。常胤承りて、「地蔵薩埵の第一の誓願には、無仏世界の衆生をすくはんとこそ、誓ひの深く坐しますなれ」。君聞こし召し、「然れば、地蔵は、未だ正覚なり給はずとこそ聞け」「斯様の悪人をすくひつくして、正覚有るべしと承る。其れは、慈悲にて坐しまさずや」。君聞こし召し、「誠に其れは、仏の御法の言葉、如来にあひて、問ひ給へ。彼等は、世上の政道也。切らでは適ふべからず」とて、御気色悪しく見えければ、其の後は、物をも申さず。御前に祗候の人々も、力を落とし、如何せんとぞ思はれける。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




