3-2 復讐の双牙、栴檀の双葉
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
九歳の一万と、七歳の箱王。夜の庭で父の仇討ちを誓い、障子を斬り裂いて予行演習をしていた兄弟だったが、その様子をじっと見つめる「影」があった。兄弟の世話をする乳母は、物陰から二人の様子を盗み見て、全身の血が凍りつくのを感じた。
「……なんという恐ろしいことを」
9歳と7歳の子供が、月明かりの下で竹の弓を射、木刀で障子をズタズタに切り刻んでいる。その瞳に宿っているのは、幼子の無邪気さではなく、獲物を狙う獣の、あるいは地獄から這い上がってきた修羅の光だった。
乳母は震える足で、二人の母の元へと走った。
「奥様! 大変です! 若君たちが……あの方たちが、とんでもない企てを!」
報告を聞いた母は、顔を真っ青にして立ち上がった。母はすぐさま、二人を一間の部屋に呼び出した。
部屋に入ってきた箱王は、居住まいを正そうともせず、どこかふてぶてしい態度だった。彼は心の中で(ああ、障子を破ったことを怒られるんだな)と高を括っていた。
「……障子のことなら、僕たちがやったんじゃないよ。よその子が破ったのを、乳母が大げさに言っているだけさ」
箱王は、事もなげに嘘をついた。
だが、母の瞳から溢れたのは、怒りではなく「絶望の涙」だった。
「――障子のことではありません! 二人とも、私の話をよく聞きなさい!」
母の叫びに、さすがの箱王も息を呑んだ。
「お前たちの祖父、伊東入道祐親様はどうなりましたか? 頼朝殿の若君を殺しただけでなく、反乱に加担した罪で、首を撥ねられたのです。お前たちはその孫なのですよ! 今の世の中、平家の公達なら、まだ母親のお腹の中にいる赤子でさえ探し出されて殺されるのです。頼朝殿は、お前たちが孫であることを知りながら、今は『知らぬ顔』をして見逃してくださっているだけ。それなのに、復讐だなんて……!」
母は二人の袖を掴み、引き寄せた。
「恐ろしいことを考えないで。そんな話が漏れて頼朝様の耳に入れば、お前たちはすぐに捕らえられ、牢に入れられ、殺されてしまうわ。……父上もいない、親元からも離れたみなしごの行く末が、どれほど無惨か分かっているのですか! 母は、お前たちが遊び回る姿を、隙間から見ては胸を痛めているのですよ」
一万は顔を真っ赤にしてうつむき、一言も発せなかった。一方で、箱王はふっと不敵な笑みを浮かべた。
「……乳母が勝手なことを言っただけだよ。僕たちは何も知らないさ」
母は、それでも執拗に「二度と考えないように」と念を押し、部屋を去った。この日を境に、兄弟は人前で仇討ちの話をすることはなくなった。
だが、それは「諦めた」のではなく、より深く、より鋭く、その殺意を「潜伏」させただけだった。
それからの日々。友だちもおらず、遊び相手もいない孤独な館で、兄弟は季節の移ろいの中に父の影を探した。
ある日の夕暮れ。軒先を吹く松風の音が、寂しく耳に残る。一万はふらりと門の外へ出ると、人目を忍んでさめざめと泣き始めた。そこへ、箱王がやってきた。
「兄上、どうしたの? 向かいの山を見て、そんなに泣いて」
一万は涙を拭いながら答えた。
「……何だろうな。急に、父上の面影が思い出されて……恋しくてたまらなくなってしまったんだ」
箱王は、どこか悟ったような顔で兄を見つめた。
「兄上、それは無意味だよ。どれだけ思っても、父上は帰ってこない。さあ、中へ戻ろう。みんなで囃子物でもして遊ぼうよ」
弟に励まされ、一万は館へと戻る。
だが、また別の日。今度は、しとしとと降り続く夕暮れの雨が、軒端を濡らしていた。その物悲しい空気の中、今度は門の外で箱王が、激しく涙にむせんでいた。
「箱王殿、どうしたんだ? そんなに梢を見つめて泣いて」
駆け寄った一万に、箱王は顔を上げた。
「……分からないんだ。会ったことも、顔も覚えていない父上が、どうしてこんなに恋しいんだろう。心が、凄くて……胸が苦しいんだ、兄上……」
二人は、雨の中で手を取り合い、声を殺して泣き続けた。母には隠せても、天には隠せぬ、幼き修羅たちの本当の素顔。彼らは互いを励まし合い、人目を避けては、その小さな胸に溜まった悲しみを分かち合った。
この兄弟の様子を見ていた人々は、誰からともなくこう噂したという。
「良竹は生い出づれば直なり、栴檀は双葉より芳し」
(優れた竹は生えた時から真っ直ぐであり、名木の栴檀は芽吹いた時から良い香りがする)
この幼い兄弟が秘めた執念、そして時折漏れ出すその風格は、まさに英雄の種、あるいは復讐の化身そのものだった。
彼らがこの後、元服して名前を変え、修羅の道を極め、ついに仇・工藤祐経を討ち取って、その名を日本全土、そして未来永劫の雲の上にまで響かせることになるのは、まだ少し先の話。
だが、この雨の日の涙こそが、彼らの刃を研ぎ澄ませる「砥石」となったのである。
曾我物語 巻第三 (明治四十四年刊 國民文庫本)
〔兄弟を母の制せし事〕
乳母、是を忍び見て、恐ろしき人々のくはたてかな、後は如何にと思ひければ、急ぎ母上にぞ語りける。母上、大きに驚き、彼等を一間所に呼びければ、箱王、居なほらざるに、障子の破れたるをしかり給ふべきと心得て、「障子をば損じ候はず、余所の童が破りて候ふを、乳母がことことしく申して」と言ひければ、母、涙を流し、「障子の事にては無きぞとよ。汝等、確かに聞け、わ殿原が祖父伊東と言ひし人は、君の若君を殺し奉るのみならず、無叛の同意たりしに依つて、切られ奉りし上は、汝等も、其の孫なればとて、首をも足をももがれて奉るべし。平家の公達をば、胎の内なるをだにも、求め失はるるぞかし。今より後、努々 思ひもより、言ひも出だすべからず。あさましき事也。未だ上も知ろし召されぬに、御許し有りて、知らず顔にて、御尋ねも無きと覚ゆるなり。構へて、遊ぶとも、門より外へ出づべからず。汝等打ちつれ遊ぶを、物の隙より忍び見るに、いさみおごる時は、自らが心も共にいさましく、打ちしをるる物を。親にも添はぬみなし子の、育つ行方の無慙さよ。後ろに立ち添ひ見るぞとよ。乳母は、かくとも知らせぬぞ。近くより候へ」とて、二人が袖を取り、引き寄せ、小声に言ふ様、「誠や、さしも恐ろしき世の中に、悪事思ひ立つとな。然様の事、人々 聞かれなば、よかるべきか。上様の御耳に入りなば、召し取られ、禁獄、死罪にも行はれなん、恐ろしさよ」とぞ制しける。一万は、顔打ちあかめ、打ち傾きて居たり。箱王は、打ち笑ひ、「乳母が申し成しと覚えたり。更に後先も知らぬ事なり」と申しければ、母聞きて、「今より後、思ひもよらざれ。構へて構へて」と言ひて立ちぬ。其の後は、余所目を忍びて、おとといは語りけれども、人には更に知らせざりけり。或る日の徒然に、友の童も無く、軒の松風、耳に止まり、暮れ遣らぬ日は、一万門に出でて、人目を忍び、さめざめと泣きけり。箱王も同じく出でけるが、兄が顔をつくづくと見て、「何を思ひ給へば、兄子は、向かひの山を見て、さのみ泣かせ給ふぞや」と言ふ。兄が聞きて、「然ればこそとよ、何とやらん、殊の外に、父の面影思ひ出でられて、恋しく覚ゆるぞ」と言ひければ、「愚かに渡らせ給ふ物かな、思ひ給ふとも、父の帰り給ふまじ。帰り給へ。童共の、又参り候ふに、囃子物して遊び候はん」とて、打ちつれて帰る時も有り。又、或る夕暮に、夜に近き、軒端の雨のもの哀れなる折節に、箱王、門に立ち出でて、涙にむせぶ時は、一万、袖をひかへつつ、「何を思ひ給へば、四方の梢に目を懸けて、さのみ泣かせ給ふぞや」「覚えぬ父ごとやらんの恋しきは、斯様に心のすごきやらん。兄ごは、何とか御座する」とて、さめざめとこそ泣き居たれ。一万、弟が手を取りて、「覚えず、知らぬ父を恋しと言はんより、いとほしとのみ仰せらるる母に、いざや参らん」とて、袖を引きてぞ入りにける。是も、人目を忍ばんとて、互ひにいさめいさめられて、心ばかりと思へども、さすが幼き心にて、忍ぶ余所目の隙々の、もるるを見聞く人ごとに、舌を振り、哀れを催さぬは無かりけり。良竹は、おひいづればすぐなり、栴檀は、二葉よりかうばしとは、斯様の事に知られたり。然れば、遂に敵を思ふ儘に打ち、名を万天の雲居に上げ、威勢一天に余れり。哀れにも、いみじきにも、申し伝へたるは、此の人々の事なり。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




