2-9 安達藤九郎盛長が見た規格外の予知夢
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
伊豆の険しい山並みが、漆黒の闇に沈んでいる。
伊東祐親の夜討ちを逃れ、北条の館へと身を寄せた源頼朝(兵衛佐)だったが、平家の追撃を警戒し、未だ山中での隠遁生活を余儀なくされていた。
「……冷えるな、盛長」
「はっ。ですが、佐殿の命を守るため、この藤九郎盛長、瞬き一ついたしません」
頼朝の傍らには、忠臣・安達藤九郎盛長。そしてもう一人、この事態を聞きつけて駆けつけた懐島の平権守景信がいた。景信は、「今こそ源氏の御曹司に奉公する時だ」と、老骨に鞭打って夜通しの警護を買って出たのである。
焚き火の爆ぜる音と、時折聞こえる獣の咆哮。張り詰めた沈黙が続く中、夜半を過ぎた頃だった。
「――うおっ!?」
突然、盛長が跳ね起きるようにして声を上げた。その顔は驚愕に染まり、全身から嫌な汗が噴き出している。
「どうした、盛長。敵襲か?」
頼朝が鋭く問いかけるが、盛長は首を振り、震える声で言った。
「いえ……。佐殿、今すぐ私の話を聞いてください。……とんでもない『啓示』を、夢の中で見てしまいました」
盛長は居住まいを正し、見たばかりの光景を熱っぽく語り始めた。
「夢の中で、貴方様は矢倉岳の頂に、悠然と腰を下ろしておられました。その姿は、一国の主というより、この世を統べる神のようでした」
盛長の夢の内容は、あまりにも具体的で、そして壮大だった。頼朝の周囲では、側近たちが黄金の瓶を抱え、銀の器に黄金の盃を据えて、酒を捧げていた。盛長自身も、銀の銚子を持って給仕をしていたという。
頼朝が三度の杯を飲み干すと、そのまま箱根権現へ参拝。箱根の頂に立った頼朝が足を踏み出すと、左足は北の果て「外ヶ浜」を踏み、右足は南の果て「鬼界ヶ島」を踏みしめた。
貴方様の左右の袖の中には、太陽と月が宿り、頭には三本の若松を頂いて、南を向いて堂々と歩んでいかれたのです。
「……日本という国を、文字通り足元に従えておられた。これは、ただの夢ではございません!」
盛長の話を聞いた頼朝は、驚くべきことに、静かに微笑を浮かべた。
「……盛長よ。実は、私もついさきほど、不思議な夢から覚めたところなのだ」
頼朝が語った夢もまた、神秘に満ちていた。
「空から三羽の山鳩が舞い降りてきてな。……あろうことか、私の髻の中に巣を作り、そこで卵を産み落としたのだ。巣の中で小鳥たちが産声を上げたところで目が覚めた」
一同が息を呑む。
鳩は、源氏の氏神である八幡大菩薩の使いである。
「髻に巣を作る……。これは、八幡大菩薩様が私を見捨てず、頭上からお守りくださっているという証拠ではないか」
どん底にいた頼朝の瞳に、かつてない強い光が宿った。
ここで、黙って聞いていた景信が身を乗り出した。彼は「夢合わせ」の達人として、これら二つの夢を鮮やかに解き明かしてみせた。
「佐殿! 盛長の見た夢、私が読み解きましょう!」
景信の解釈は、もはや勝利宣言に近かった。 貴方様のご先祖である八幡太郎義家公のように、東国八カ国を貴方様の『屋敷』とされるでしょう。
今、貴方様が置かれている苦境は、いわば『無明の酒』に酔っている苦難の眠りの状態。しかし、酔いは必ず醒めるものです。三という数字には意味があります。近くは三ヶ月、遠くても三年のうちに、貴方様の『酔い』は醒め、運命が劇的に動き出すでしょう。
まさに貴方様がこの国の唯一の主となり、天下を平らげるという予兆に他なりません!
「……三ヶ月、あるいは三年か」
頼朝は、自らの手を見つめた。流人として虐げられ、我が子を失ったあの日の冷たい淵の底。そこから、天を掴むまでの距離を、景信ははっきりと提示したのだ。
山吹色の黎明が、東の空から差し込み始めた。つい昨日まで、ただの「敗残の流人」でしかなかった頼朝。しかし今、二人の忠臣が見た夢によって、彼は自分が「神に選ばれた王」であることを再認識したのだ。
「盛長、景信。……夢は、見るものではない。現実に変えるものだ」
頼朝が立ち上がると、山を吹き抜ける風が、まるで彼の背中に翼を与えるかのように強く吹いた。
「三年のうちに、平家を根絶やしにする。……わが髻に巣食う神の使いに誓って、この頼朝、二度と後ろは振り返らぬぞ」
伊豆の山中で静かに交わされた、主従の誓い。それは、平家一門の栄華を灰にし、新たな時代――「鎌倉」の幕を開ける、最初の一撃となる。
伝説の始まりは、いつも静かな夜の夢からだ。歴史が、いま、ようやく重い瞼を開いた。
〔盛長が夢見の事〕
此処に、懐島の平権守景信と言ふ者有り。此の程、兵衛佐殿、伊豆の御山に忍びて坐します由伝へ聞き、「斯様の時こそ、奉公をば致さめ」とて、一夜宿直に参りけり。藤九郎盛長も、同じく宿直仕る。夜半ばかりに、打ち驚きて、申しけるは、「今夜、盛長こそ、君の御為に、めでたき御示現を蒙りて候へ。御耳をそばたて、御心を鎮め、確かに聞こし召せ。君は、矢倉岳に御腰を掛けられしに、一品房は、金の大瓶をいだき、実近は、御畳をしき、也つなは、銀の折敷に、金の御盃をすゑ、盛長は、銀の銚子に、御盃参らせつるに、君、三度聞こし召されて後は、箱根御参詣有りしに、左の御足にては、外浜を踏み、右の御足にては、鬼界島を踏み給ふ。左右の御袂には、月日を宿し奉り、小松三本頭に頂き、南向きに歩ませ給ふと見奉りぬ」と申しければ、佐殿、聞こし召して、大きに喜び給ひて、「頼朝、此の暁、不思議の霊夢をかうむりつるぞや。虚空より山鳩三来たりて、頼朝が髻に巣をくひ、子をうむと見つるなり。是、しかしながら、八幡大菩薩の守らせ給ふと、頼もしく覚ゆる」と仰せられければ、
〔景信が夢合はせ事〕
景信申しけるは、「盛長が示現においては、景信合はせ候はん。先づ、君、矢倉岳に坐しましけるは、御先祖八満殿の御子孫、東八か国を御屋敷所にさせ給ふべきなり。御酒聞こし召しけるとみつるは、理なり。当時、君の御有様は、無明の酒によはせ給ふなり。然れば、酔ひは遂にさむる物にて、「三木」の三文字をかたどり、近くは三月、遠くは三年に、御酔ひさむべし。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




