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新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚 〜  作者: 条文小説


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2-7 夢を買い取った姫君、運命を書き換えた忠臣

挿絵(By みてみん)


 曽我物語そがものがたりは、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia

 本題に入る前に、まずはこの国における「たちばな」という果実の不思議なルーツについて話そう。


 日本最古の歴史書『日本書紀』によれば、橘がこの国にやってきたのは第十一代・垂仁天皇の御世のこと。


 当時、懐妊していた皇后の体調が優れず、垂仁天皇は「常世とこよの国」にあるという伝説の果実を求めた。命を受けたのは、田道間守たじまもりという大臣。


 田道間守たじまもりは荒れ狂う海を越え、異国へと渡った。出発前、垂仁天皇に「いつ戻るか」と問われた彼は、「五月には必ず」と約束した。しかし、理想郷への道は遠く、彼が戻った頃には季節は移ろい、約束の月は過ぎていた。


 それでも彼が持ち帰った「非時香菓ときじくのかぐのこのみ」――すなわち橘は、皇后の悩みを一瞬で消し去った。その徳によって生まれた皇子こそが、後に百二十年の長きにわたって国を治めた景行天皇である。


「五月待つ 花橘の香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする」


 後に歌人たちが詠んだこの香りは、常世の国から命がけで届けられた、永遠の繁栄の象徴だった。


 さて、物語は再び伊豆へ。北条時政の長女、二十一歳の朝日御前、後の北条政子は、人並み外れた才覚と野心を持っていた。


 彼女は、十九歳の妹が見た「太陽と月を袖に入れ、橘をかざす」という、あまりにも出来すぎた吉夢を買い取ろうと画策する。


「妹よ、その夢……実はとんでもなく恐ろしい不吉な夢なのですよ」


 政子は、妹を言葉巧みに脅した。


「良い夢は三年間黙っていれば叶うけれど、悪い夢を人に話すと大災難が降りかかる……。貴女、今朝私に全部話しちゃったわよね? どうしましょう、大変なことになるわよ」


「えっ、そうなの!? お姉様、助けて!」


 純真な妹は真っ青になる。政子は慈悲深い姉を装って、解決策を提示した。


「安心しなさい。『夢の売買』という秘術があるわ。私がその不吉な夢を買い取って、貴女の代わりに難を受けてあげる」


「そんな、お姉様に申し訳ないわ……」


「いいのよ。取引の対価に、北条家伝来の『唐の鏡』と、最高級の『唐綾の小袖』をあげる。その夢を私に譲ってくれるかしら? 」


 妹は二つ返事で承諾しました。


「やった! 呪いが解けて、素敵な鏡と着物まで貰えちゃった!」


 喜び勇んで部屋へ戻る妹の背中を見送りながら、政子は手に入れた「天下の夢」を胸に、静かに微笑んだ。


(……この鏡も着物も、もともと父が私に譲ってくれたもの。それを使って、妹から『天下を統べる運命』を買い取る。……安い買い物だわ)


 その頃、北条の館に身を寄せていた源頼朝は、新たな恋を求めていた。伊東での悲劇を乗り越え、彼は「北条の娘に文を出そう」と考えた。


「……時政には娘が数人いるそうだな。当腹(現在の妻の子)の十九歳の娘はなかなかの美貌だとか。よし、彼女に文を送ろう」


 頼朝はさっそく、愛の告白をしたためた。しかし、その使いを頼まれた忠臣・安達藤九郎盛長は、手紙を預かって固まりました。


(……待て待て待て。佐殿、それはマズい。巷の噂じゃ、その十九歳の娘は頭が弱いっていうじゃないか。それに比べて、先腹の長女・政子様は、才覚も美貌も抜きん出ている。もし佐殿が次女とくっついて北条家と揉めることになったら、俺たちの再興計画は台頭する前に詰んじまう!)


 盛長は決断した。


「……よし、書き換えよう」


 彼は頼朝が書いた十九歳の妹宛の手紙を、自らの判断で「二十一歳の姉」宛にリライト……宛名をすり替えてしまった。


 盛長の手によって届けられた手紙を、政子は静かに受け取った。実は政子、その日の明け方に不思議な夢を見ていた。


(空から一羽の白い鳩が舞い降りてきて、口から黄金の箱を落とした。中を開けると、そこには一通の文が……)


 夢から覚めて現実に届いた、頼朝からの手紙。政子は直感した。


(……これだ。あの時買い取った『太陽と月の夢』が、今、動き出したのね)


 それからというもの、二人の間で文のやり取りが重なり、夜な夜な頼朝は政子の元へ忍んで通うようになった。


 数ヶ月後。京から戻った父・北条時政は、道中で衝撃の事実を知らされる。


「えっ、うちの政子が……あの流人の頼朝とデキてる!?」


 時政は慌てふためきました。


「まずい、平家にバレたら一族皆殺しだ! 何を考えているんだあいつらは!」


 しかし、時政はただの頑固親父ではありませんでした。彼は冷静に、自らの血筋を見つめ直した。


「……待てよ。我が北条の先祖は、代々源氏の棟梁を婿に取って繁栄してきた歴史がある。八幡太郎義家公の時代から、我らと源氏は切っても切れぬ縁。……これも、八幡大菩薩の導きなのか?」


 伊東祐親が「恐怖」で縁を切り、没落の道を歩んだのに対し、北条時政は揺れ動きながらも「運命」を受け入れる準備を始めた。


 伊豆の夜風に乗って、どこからか漂ってくる橘の香りは、昇りゆく源氏の夜明けを告げていたかのようだった。




曾我物語 巻第二 (明治四十四年刊 國民文庫本)




 〔たちばなこと


 そもそもたちばな木実このみはじまりは、「仁王十一 だい御門みかど垂仁天皇すいにんてんわう御時ときよりぞける」と、日本紀につぽんぎえ、しかるに、たちばなは、常世とこよくにより、三参まゐらせたり。折節をりふしきさき懐妊くわいにんし、たちばなもちたまひて、懐胎くわいたいなやえて、御心おんこころすずしかりけり。れば、斯様かやうものりけるよと、朝夕てうせきねがたまどもくに木実このみなりければ、ちからし。此処ここに、間守けんしゆ大臣だいじんり、ねがひをき、「やすことなり。異国いこくわたり、りてまゐらせん」とひて、ちければ、きみよろこおぼして、「さては、いつのころに、帰朝きてうすべき」と、宣旨せんじりければ、「五月には、かならまゐるべし」とまうして、わたりぬ。の月をまてども、えずして、六月になりて、「われとどまりて、人してたちばな十参まゐらせ、なほたづねてまゐるべし」とて、とどまりけれども、たちばなまゐことを、きさきおほきによろこたまひ、もちたまふ。とくりて、皇子わうじ御誕生たんじやうり。御位くらゐたもたまこと、百二十年なり。景行天皇けいかうてんわう御事ことこれなり。大臣だいじんそでに、たちばなうつたりけるを、猿丸さるまる大夫たいふうたに、五月さつきまつ花橘たちばなをかげばむかしの人のそでぞするとみたりけり。てうに、たち花うゑめけることときよりぞはじまりける。またたちばなに、盧橘ろきつり。去年こぞたちばなにおほひしておけば、今年ことしなつまでるなり。いろすこしくろきなり。「」のを「くろし」とよめばなり。さても、の二十一のきみ女性しやうながら、才覚さいかく人にすぐれしかば、斯様かやうことおもだしけるにや。にも、景行帝けいかうのみかどたちばなねがひ、誕生たんじやうりしこと幾程いくほどくて、若君わかぎみたり、頼朝よりとも御後あとぎ、四海しかいをさたてまつる。れば、ゆめひおどして、かひらばやとおもひければ、「ゆめかへがへおそろしきゆめなり。よきゆめては、三年みとせかたらず。しきゆめては、七日のうちかたりぬれば、おほきなるつつしみり。如何いかがすべき」とぞおどしける。十九のきみは、いつはりとはおもひもよらで、「さては、如何いかがせん。よきにはからひてたびてんや」と、おほきにおそれけり。「れば、斯様かやうに、しきゆめをばてんじかへて、なんのがるるとこそきてさぶらへ」「てんずるとは、なにとすることぞや。みづかこころがたし。はからひたまへ」とりければ、「らば、うりかふとへば、のがるるなり。うりたまへ」とふ。かふものりてこそ、うられさうらへ、にもえず、にもられぬゆめあとうつつたれかかふべしと、おもひわづらふいろえぬ。「らば、ゆめをば、わらはかひりて、御身おんみなんをのぞきたてまつらん」とふ。「みづからがもとよりぬししくとても、うらし。おんためしくは、如何いかが」とひければ、「ればこそ、うりかふとへば、てんずるにて、ぬしみづからも、くるしかるまじ」と、まことしやかにこしらへければ、「らば」とよろこびて、うりわたしけるぞ、のちに、くやしくはおぼえける。言葉ことばにつきて、二十一のきみ、「なににてかかひたてまつらん。もとより所望しよまうものなれば」とて、北条ほうでういへつたはるからかがみだし、唐綾からあや小袖こそで一重かさわたされけり。十九のきみ、なのめならずによろこびて、かたかへり、「日頃ひごろ所望しよまうかなひぬ。かがみぬしになりぬ」とよろこびけるぞ、おろかなる。の二十一のきみをば、父殊こと不便ふびんおもひければ、かがみゆづりけるとかや。ほどに、すけ殿どの時政ときまさむすめ数多あまたよしこしし、伊東いとうにてもこりたまはず、うはそらなるものおもひを、かぜ便たよりにおとづればやとおぼし、内々(ないない)人にたまへば、「当腹たうはら二人は、ことほか悪女あくぢよなり。先腹せんばら二十一のかたへ、御文ふみならば、たまはりてまゐらせん」とまうしける。伊東いとうにて物思おもひしも、継母ままははゆゑなり。如何いかにわろくとも、当腹たうはらをとおぼさだめられて、十九のかたへ、御文ふみをぞあそばしける。とう九郎盛長もりながは、これたまはりて、つくづくおもひけるは、当腹たうはらどもは、ことほか悪女あくぢよこえり、きみおぼげんことるべからず、北条ほうでうにさへ、御仲なかたがはせたまひては、いづかたにおんるべき、果報くわほうこそ、おとたてまつるとも、手跡しゆせきは、如何いかでかおとたてまつるべきとて、御文ふみを二十一のかたへとぞかきかへける。さて、少将せうしやうつぼねして、まゐらせたりけり。姫君ひめぎみ御覧ごらんじて、おぼはすることり、あかつきしろはとひとたりて、くちよりこがねはこふみれてふきだし、わらはひざうへにおき、虚空こくうびさりぬ、ひらきてれば、すけ殿どの御文ふみなり、いそはこにをさむるとおもへば、ゆめなり、いまうつつふみこと不思議ふしぎさよとおぼして、きぬ。のちふみかずかさなりければ、しのびて、つまをぞかさたまひける。かくて、年月としつきおくたまほどに、北条ほうでう四郎しらう時政ときまさきやうよりくだりけるが、みちにてことき、ゆゆしき大事だいじたり、平家へいけこえては如何いかならんと、おほきにさわおもひけり。さりながら、しづかにものあんずるに、時政ときまさ先祖上総守かづさのかみなほたかは、伊予殿いよどの関東くわんとう下向げかうときむこたてまつりて、八幡はちまん殿どの以下いげ子孫しそんたり、いま繁昌はんじやうとしひさし。

〜参考記事〜

国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室

https://share.google/uMQE6XFcSP1zbLr1W


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。

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