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42 開戦 勇者トラの活躍

~ブリージア聖王国 王城内部 続き~


 デボネーは、王城内で最も高い塔の窓から周囲の地形を確認するため、目を凝らした。最も暗い夜よりも、なお暗い。

 空を見上げると、いつもは煌々と輝く月が、血を吐いたように赤黒く染まっている。

 デボネーは、ついて来た兵士たちを振り向いた。


「バラン国王、ムンデル大元帥、宮廷魔術師サホカン、宰相カバル殿に伝令を頼むでござる。王城は現在、魔王軍とジギリス帝国軍の戦場の最中……より正確には、魔王軍の中で孤立しているでござる」

「転移したのか? まだ戦端が開かれるまでに数日あるのではなかったか?」


 兵士たちの中に、デボネーは見慣れた顔を見つけた。デボネーと同じ派手な近衛隊の隊服に身を包んだ、目鼻立ちの整った女隊士だ。


「ミランダ、いたでござるか」

「急に暗くなり、地震が起きた。デボネー卿を見つけて、追いかけたきたのだ。一体、何があった?」

「話は後でござるよ。お前たち、拙者が先ほど言ったこと、頼むでござる」


 デボネーの命令に、ミランダを除いた兵士たちが走り去る。デボネーも塔の最上階から階段で降りようとした。


「何が起きている?」


 ミランダは、先ほどの質問を繰り返した。


「わからんでござる」

「なら、デボネー卿はどこに行くつもりなのだ?」

「勇者トラを探すでござる。何が起きているのか、知っているのは勇者トラだけでござろう」

「危ない!」


 ミランダが叫び、伏せた。その声にデボネーも反応した。塔の最上階、その屋根が吹き飛び、代わりに分厚い皮のある肉の塊が室内に満ちた。


「ど、どこから飛んできたでござる?」

「わからない。突然外から……これは……ワイバーン?」


 ミランダの呟いた名は、空を舞う巨大な魔物である。亜竜の一種とされる。

 ドラゴンより小さく知能も低いが、闇夜に上空から巨大な魔物に襲われれば、対処のしようなどないのだ。


「首から先がないでござる。こんなこと……どうやって……」

「ひっかいたら、取れちゃった」


 デボネーの問いに答えるかのように、巨大なワイバーンの死骸の上に立っていた人影が答えた。

 華奢で、小柄で、右手首をくいくいと動かしている。


「トラ殿!」

「勇者トラ、何があった?」

「美味しそうだと思って」


 デボネーとミランダの質問に、勇者トラははにかんで笑った。勇者トラが口を開いたことで落下した毛玉が口を挟む。


「トラ、世間話をしている暇はないニャ。古代マンモスをまとめて潰したニャ。ワイバーンもまとめて始末しないと、人間たちが大勢死ぬニャ」

「待てよ。魔族を探すのが先だ。魔族と戦う前に、トラが疲れちまうだろう」


 勇者トラの頭上で、虹色の光跡が舞った。


「トラ殿、ブリージア聖王国の王城が突然戦場に出現したでござる。何か、知っているでござるな?」

「そこからかい?」


 空中をふわふわと舞いながら、妖精がからかうように言った。勇者トラは真面目に応じる。


「何でも持って行っていいって言われたから……」

「うむ。王は確かに言ったでござる」

「持ってきた」

「城を?」

「な、何のことだ?」


 謁見の間に居なかったミランダだけが、会話についていけない。だが、理解しているはずのデボネーですら、あんぐりと口を開けた。


「では、現在はまさに、戦争中なのでござるか? まだ数日あったはずでござるが」

「時間が止まるニャ。異次元ポケットの中では」


 デボネーとミランダが顔を見交わした。


「僕は行きます。あれを落とさないといけないみたい」


 勇者トラは、ジギリス帝国の大部隊を指さした。

 真っ暗だが、かがり火と松明で人間が移動していることはわかる。

 その上空に、蠢く翼の群れがいた。


「ワイバーンの群れ……魔王軍は、こんなものを用意していたでござるか?」

「はい」


 勇者トラが上空に手をかざす。

 手首をくいっと返した。

 上空で、巨大な炎が生まれ、ワイバーンの群れを直撃した。

 炎に包まれながら、翼を持った巨大なトカゲが落下する。

 勇者トラはケットシーのルフを摘まみ上げた。


「勇者トラ殿」


 デボネーは、両足を曲げた勇者トラに声をかけた。勇者トラがとった姿勢で、何をしようとしているのか理解していた。


「はい」


 ケットシーを手で抱えたまま、勇者トラが返事をした。


「ご武運を。人間を、救って下され」

「はい」


 快活な、明確な返事を残し、勇者トラは崩れかけた塔の床を蹴り、再び戦場に消えた。


「デボネー卿……どう報告する?」

「報告など、いらんでござろう。トラ殿は、自らの役割を果たしているだけでござる。拙者たちにできることは、勇者トラが帰る場所を守り切ることでござろう」


 デボネーの言葉にミランダも頷き、城の防衛のための指示で声を張り上げながら、王のもとに駆け戻った。


~ジギリス帝国 本陣~


 勇者トラが空中に巨大な炎を出現させる半時前、ジギリス帝国皇帝グリルデーバルト2世は、怒号を発した。


「各国の勇者どもを戦列の前に出せ! 帝国の兵士に追い抜かれるようであれば、背後から血祭りにあげてやれ!」


 自らも好んで戦場に立つ皇帝だったが、魔族の軍勢との10年ぶりの決戦である。

 側近たちの進言で、後方の本陣に残った。

 ただし本陣と言っても、皆既月食は成り、戦端は開かれている。自ら馬に乗り、全体の指揮を執りながら、軍勢の後方にいる。


「左翼の勇者たちの動きが悪いようですな」

「テルテト大公国の勇者たちか? 訓練不足だと聞いたが、兵士たちの邪魔になるようなら殺せ」


 この戦いに参加した勇者は、20人を越える。その半数が、ジギリス帝国が国費で召喚した勇者たちだ。

 他の10人は、人間の国通しの盟約により、軍隊の代わりに勇者を召喚して送ってきた者たちだ。


 勇者といっても、戦闘の訓練もしないで送り込まれた勇者では役に立たないとは、ジギリス帝国が勇者の最多召喚国であることからも理解している。

 勇者の召喚には膨大な魔力が必要で、魔法使いの人材に満たされている国は少なく、高価な魔石で補充しているからだ。


「帝国軍と魔王軍、接触まで距離50」

「陛下、ご報告を」


 軍隊どうしがまさにぶつかろうとしていた矢先に、自らの乗る馬の前に女が膝をついた。

 女性の兵士も多い。だが、女の装備からして、勇者たちの監視につけた女の一人だろうと、皇帝グリデーバルト2世は判断した。


「どうした?」

「勇者トラを見失いました」

「逃げたか?」


 さすがのグリデーバルトも、舌打ちと失望を禁じえなかった。

 数多い勇者の一人でしかない。だが、女神が直接遣わし、女神信仰で有名なブリージア聖王国が、金貨にして1万の代わりにと送って来た勇者なのだ。


「いえ。進軍の合図を待たず、月が隠れると同時に敵軍に突っ込んで行き、追うことができませんでした」

「ははっ……これはいい。勇ましいな。よし! 勇者トラに後れを取るな。突撃!」


 皇帝の怒声に、軍隊が群れとして応ずる。

 魔物の群れと人間の兵士たちがうなりを上げてぶつかり、ジギリス帝国皇帝は、自分の目を疑った。


「……あれはなんだ?」


 月が隠れ、戦場は暗い。目を凝らしても、大量の死者が出ているだろう現場を見透かすことはできない。

 だが、それでも、切り取られたように真っ黒い塊が突然出現したのだけはわかった。


「山ですか?」

「突然、山を生み出す魔術でもあるのか?」

「寡聞にして存じません」


 皇帝の側に控えるのは、腕に覚えのある一騎当千の戦士たちだ。その誰もが、突然出現した黒い塊の正体を掴みかねていた。

 しばらくして、黒い塊の輪郭を縁取るかのように、炎が灯った。


「……城か?」

「おそらく」

「どうして、あんなところに城がある?」

「魔王の要塞でしょうか?」


「かもしれんな。攻め落とした者には、褒美を取らせると伝えよ」

「はっ。ですが、あの城は敵陣の中にありますれば、しばらくは誰もたどり着けないでしょう」

「うむ……仕方あるまい」


 さらに戦は続くが、ジギリス帝国皇帝の周囲は、ほぼ動けずにいた。

 ほとんど間をおかず、またもや斥候の一人が息を切らせて報告する。


「前線にワイバーン部隊が現れました。前線の兵士たちが取り乱しています」

「長弓部隊は何をしている!」

「ワイバーンが黒いため、飛ばれるとどこに居るかわかりません」

「勇者たちに対処させよ」

「はっ」


 斥候が下がろうとした。

 その時だった。闇夜を切り裂くように、上空の高い位置で真っ赤な塊が光を放った。


「何事か?」

「魔術です。これほど大規模な魔術は、宮廷魔術たちの儀式魔法でしょう」


 皇帝の側に控える戦士が告げた。


「儀式魔法を使うとは、聞いておらんぞ」

「報告します。ワイバーン部隊の半数が、降り注いだ炎の雨に焼かれて墜落、その数100と推測されます。残ったワイバーンも次々に狩り落とされ、逃げ出しています」

「……ふむ。本当に儀式魔法か。宮廷魔術師たちに褒美の用意をせねばならんな。その上ワイバーンを次々に狩り落とすとは、勇者たちも捨てたものではなさそうだ」


 感心する皇帝の言葉を遮るように、巨大な肉の塊が落ちて来た、

 皇帝の護衛たちである重装甲の歩兵たちが、自らの鎧で壁をつくる。

 金属の壁をあざ笑うかのように、皇帝の脇を通り過ぎ、巨大な塊が地面を抉った。


「これは?」

「ワイバーンです。首から上がないようですが」


 護衛の戦士が素早く分析した。巨大な肉の間から、ひょっこりと茶色い頭部が突き出した。


「貴様……」

「誰?」

「皇帝だニャ。トラ、さすがに失礼だニャ。昨日会ったニャ」

「ごめんなさい」


 肉の間から出て来た勇者トラが、深々と頭を下げた。勇者トラを叱った魔物が、その足元で顔を洗っていた。


「勇者トラ、戦陣を切ったと聞いたが……」

「鳥がいたから、戻って来た」

「美味しそうだったからなんて、思っていないニャ」

「あの城のことを知っているか?」


 突然、護衛の戦士が尋ねた。


「うん。持ってきた」

「王が、何でも持って行っていいって言ったからニャ」


 勇者トラの従魔が、とにかく勇者トラの行動を正当化しようと慌てている。

 皇帝は笑った。もはや、笑うしかなかった。


「空中に巨大な炎ができたのは?」

「焼き鳥が食べたかった」

「トラは文化的ニャ。鳥だって、焼いて食べるニャ」


「事前の報告では、古代マンモスの群れを魔王軍は盾にしているという情報だったが、見たか?」

「城の下敷きで、ぺしゃんこだニャ」

「相分かった。全軍に伝達せよ。勇者トラに後れをとるな!」


 ジギリス帝国皇帝が叫ぶと、勇者トラはケットシーを抱きかかえ、地面を蹴り、闇夜に消えた。

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