12 娘の新しい友だち。
「それでね!メリナちゃんがね!パパはコワモテじゃなくてモテモテなんだねって!」
「まあ。メリナちゃんったら面白いのね。パパ、モテモテですって。」
「そうなのか?パパがモテモテだと三人は嬉しいかな?」
「うれしい!!」
「自慢のパパだよ!!」
「でもあんまりモテても困るわね。パパは私達のなのにね?」
でれっと顔が崩れそうなのを何とか耐える。何だろうこれ天国かな?それとも夢の中の妄想で、寝たら兵士に戻っているとかじゃあないよな?だとしたら俺は絶望で自害しそうだ。
先日、子ども達が男女に分かれて喧嘩をした。内容は悪戯小僧共の粛清で終わったが、その事で娘達に新たな友達が増えて娘達は毎日興奮気味だ。
おかげでこっちも喜びが絶えない。ライラも娘達を見てニコニコしている。
嫁と娘達が満面の笑みをしているものだからこっちも笑顔になる。
昨日は出勤前にご近所さんにした挨拶で「あら、どこかに抗争にいかれるんですか?」と返されてしまった程だ。多分明日も返されるだろう。
「そうだ。パパ、あのね、相談したいことがあるの……」
もじもじしたミルが気まずそうに上目づかいで俺を見てくる。
なんだろう?今なら何でも叶えてやりたい気分だからお小遣いアップもママに交渉しちゃうぞ?
「なんだ?ミル、言ってごらん?」
「あのね……。」
ジッとエルとライラもミルを見つめる。皿の中の食べかけのグラタンをもじもじして見つめているミルが愛らしいと眼が語っていた。
こらこら、そんなに見つめたらミルも言い辛いだろう。俺は和やかな気持ちでホットミルクティーを飲もうとマグカップを口につけ、
「パパやママの事、おとーさん、おかーさん、っていっちゃダメ?」
胸元に零した。
幸いにミルクティーは温かったので火傷は負っていないが、心に大きな擦り傷を負ったような気持ちになった。
ライラも同じようで、何だか少し辛そうな目をしている。
「そういえば、ドーラちゃんがママやパパって言ってるの私たちだけだって言ってたね。」
「うん……そうなの。」
ライラが困ったような笑顔を見せている。俺は完全に困った顔をしているだろう。ライラは強いなと尊敬する。
「ミル……。エルも?」
「んー。私はあんまり気にしてないけど、ミルが変えるなら私も変える。」
「そっかあ……。」
寂しいなあ、寂しい。
こうやって少しずつ子どもは成長していくんだなあと寂寥感に心がしわぶく。
「ミル……、そんなに急いで大人にならなくてもいいのよ?まだまだ子どもでいいんだからね?大人になるのなんてすぐなんだから、今の内にしか出来ない事をしましょう?ママはね、あなた達がゆっくり大人になってくれればいいって思ってるからね?急ぐことないのよ、ゆっくりでいいのよ?せめて10歳……いいえ15歳まではママって呼んでくれたらママとっても嬉しいな。」
ライラがだだをこねはじめた。
珍しいと思って見ると、ライラの目が、「ヤダ。」と明確にうつしている。
これは……、どうしよう?
ミルもまさかライラに断られるとは思っていなかったのだろう。大きな目をまんまるにしてライラを見ている。この顔は希少だ。猫のツリ目がタレてるようにみえる。うちの子ホントクッソ可愛いな。ライラの血は凄い。
違う、表現が良くない。クソだなんて汚い表現は相応しくない。だがこれ以上の表現がとっさに出て来ない辺り俺の底がしれてるな。勉強し直さねばいかん。
違う。今は話題をどう処理するかだ。考えろ俺。いやそれも違うな。娘の可愛さを愛でないなんて俺ではない。娘を愛でながら考える。これだな。
「ライラ……。今までの呼び方が変わる寂しさは良くわかるが、子どもだってだんだん成長していくものなんだから……。ミルが困ってるぞ?」
我慢しよう?と言外に語るがそれでもライラはいやいやと上目遣いで睨んでくる。申し訳なさとトキメキで恋に落ちそうだ。うちのライラは本当に可愛いな。
「だって、昨日までママって呼んでくれてたのに、いきなりっ……そんなのイヤです。エルとミルにはいつまでもママって呼んでほしい。」
「ライラ、気持ちは分かるが子どもの成長は喜ばねば……。」
「それなら別にママでもいいじゃない。よそはよそ、うちはうち。これまで通りで。」
っていってもなぁ……。
チラとミルを視界におさめると、「がんばって!」と全身で語っていた。
「アナタだってパパって呼ばれたいでしょう?」
「ん……。」
困った。
正論すぎて返答が出来ない。
言葉に詰まっていると、エルがライラに向き直った。
「ママ、良くわからないけどおかーさんって私は言わないから、ママって呼ぶから、だからミルはおかーさんって呼ばせてあげて?お願い。」
エルの眉の下がった悲しそうな苦しそうな顔を見て、自分の心が抉られるようだった。
目の前で見つめられているライラはもっと痛いだろう。
よく見るとエルの目に膜がかかっている。泣いているのだ。
「ママ、……ごめんなさい。ワガママ言って。おねえちゃんがママって言うなら、私もママっていう。パパも、ごめんなさい。」
ミルがそう言ったときにはもう無理だった。
俺は席を立って向かいの席に座る愛しい娘達を抱きしめた。一拍おいてライラも2人を抱き締める。
「ミルはワガママなんて言ってないわ。ママが、ママがワガママ言ったの。ごめんなさい。ごめんなさい、エル、ミル。」
「ごめんな?パパもママも大人気なかったな、エルもミルも遠慮なんてしなくていいんだからな。」
「……ケンカしない?」
不安そうな声で、悲しげな目で俺達をじっと見つめてくるエルに同時に頷くと、瞳に溜まりすぎた涙がポロッとエルのまろい頬をこぼれていった。
ひとつ落ちるともう決壊して、エルは顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。
その夜、ライラと俺は話し合った。
思えばこうして夫婦で会議するのも最近は多くなってきた。それだけ娘達が成長してきて、振り回されているのだろう。
子どもの成長は親が思っているようにはならない。それをよくよく実感させられた感じだ。
「ライラ、エルもミルも大きくなったな。」
「……そうね。あっという間ね。」
「ほんの少し前までは赤ん坊だった気がするのにな。」
「本当に。 ……ねえ、ヴァーグ。こうやって子どもって親離れしていくのね。親として嬉しくないとダメなのに……。ダメね。子離れが出来ないわ。」
「俺もだよ。俺だってずっとパパって甘えてもらいたいもんだ。……寂しいなあ。」
「うん。」
向かいに座ったライラの瞳が燭台の火で揺れていた。
エルにそっくりな泣き顔だ。
親子なんだな、と強く思う。
「……そういえばヴァーグ。」
「うん?」
「私ね、できちゃったみたい。」
何が?とは呆けられなかった。
頭がその言葉を咀嚼するのに大層な時間がかかって……。
「ありがとう。」
人生はどうなるか良くわからないものだな、と朗らかに笑った。
11では一度間違えて12の下書きを出してしまった事を謝罪致します。
新しい子どもはもう少し後の予定でしたが、ここで産まれてもいいじゃないと怠惰の悪魔が囁いてオチにしました。




