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08  『異空間ショッピング』

 あれから俺は定期的に次元の狭間で使えそうなガラクタをせっせと拾ってはアリナさんに届ける事を日課にしていた。

 素振りにかかる時間が短くなって朝の空き時間が増えたのと、自分が拾ったものが次々と魔法で直されては値段を付けられるという作業がゲーム感覚で楽しかったというのが主な理由だ。


 「そろそろ、この子達も売りに行かないと駄目みたいね」


 アリナさんが先ほど直した食器棚が転送に失敗して、部屋へと戻って来る。

 勇者になる前、人間界で暮らしていた頃の家ほどの大きさがある倉庫にはもう物をしまうスペースがないらしい。

 

 「ねえ、ハルマ。わたくしは町まで元ガラクタ達を売りに行かなければならないのだけれど、あんなにたくさんあったら骨が折れると思わない?」

 「いやー、ちょっと持ち込み過ぎました。すみません」


 アリナさんは俺に対して荷物持ちを手伝えと言いたげな目で見つめる。

 幼女の無言のプレッシャーは、少しやりすぎたと思っていた俺には深く突き刺さった。

 しかし、人に出会うかもしれない街に出るのはできるだけ避けたい。


 「もしかして、また女装ですか?」


 出来ればあれはもう二度とやりたくない。

 女装自体が嫌だというよりも、意外と楽しめていた過去の自分が嫌だからだ。

 アリナさんは俺が大真面目な顔でそう言うと、ツボに入ったのかクスクスと笑い出した。


 「くふふふ……。安心しなさいハルマ、誰にも会わないで物を売る方法もあるのだわ」

 「え? 売るからには絶対にお客さんが必要じゃないですか」

 「ふふふ、それはついて来てからのお楽しみなのだわ」


 アリナさんはそう言うと、今着ている赤いワンピースの上から外套がいとう羽織はおる。

 袖口が大いに余っているベージュ色のコートは、明らかに身長にあっておらず、後ろから見ると服が一人で歩いているように見える。

 ダボダボの服を着た幼女は、倉庫の中身を俺に持たせると【次元転移】を使って移動した。


 


 転移した場所はどうやら深い森の奥らしい。

 時刻は深夜だろうか、星の光のみが真っ暗な森を照らしている。

 吸血鬼であるアリナさんは夜目がかなり効くらしく、漆黒に染まった森の中をスタスタと進んでいく。


 「確かにここなら人はいなそうですね。でも、こんな場所じゃ商売にならないんじゃないですか?」

 「大丈夫よ。商品はすぐに完売する予定なのだわ」


 10分ほど森の中を突き進んでいくと、目の前に古めかしい洋館が見えてきた。

 レンガ造りの館には灯りがともっておらず、人の気配は一切しない。

 それどころか壁面にはツタが複雑に絡まっており、窓は一部割れているものもある。


 「この廃墟はいきょが取引場所なのだわ」


 アリナさんはそう言うと、蝶番ちょうつがいが壊れて半開きになっている大きな玄関扉の間から館の中へと入る。

 俺は不信感でいっぱいだったが、彼女の後をおとなしくついていった。

 館の中は、やはりボロボロで床にはゴミが散乱している。

 アリナさんは館の奥に進むとひと際おんぼろな扉に手をかけた。


 「сезам откройся」


 幼女が小声で詠唱すると、扉の中心に金色の魔法陣が浮かび上がる。

 魔法陣は強い光を放つとひとりでに扉が開いた。

 

 扉の中には大量の物が展示された美術館のような空間が広がっていた。

 広大な空間は、明らかにさっきまでいた館よりも大きい。


 「ここは全世界に点在している中継所からワープで入れる異空間なのだわ。物を展示すると管理人から現金が支給される仕組みなの。ここに置いてある物は自由に買う事も出来るのだわ」

 「管理人?」

 「ええ。姿を見たことは無いのだけれど、手数料を引いた分の値段をちゃんと払ってくれる人なのだわ。ここの利用者の間では物好きなコレクターだという噂が出ているわね」


 アリナさんはそう言うと、空いているスペースに次々と持ち込んだ物を並べていく。

 台座のような場所に物を置くと、台座についている引き出しがスライドして料金が出てくるという仕組みらしい。

 俺達は10分ほどで全ての商品を完売することが出来た。


 「ひー、ふー、みー、よー……」


 幼女は受け取った分厚い札束を数えると満足そうに頷く。

 どうやらかなりいい値段で取引は成立したらしい。

 

 「じゃあ、ついでにお買い物もしましょうか。ここは全世界から繋がっているから、珍しい物がいっぱい手に入るのだわ」


 確かに人間界でも魔界でも見たこともないような道具があちこちに展示されている。

 俺達は分担して珍しそうな物を購入する事にした。


 商品が展示されている台座には展示品の説明と料金が記載されており、買う時は台座の引き出しに現金を入れると商品が台座から取り出せるようになるという仕組みだ。

 以前アリナさんがモナちゃん用に買ってきたブルマもここで手に入れた物だろう。

 俺は普段お世話になっている館の人へのお土産と、自分用の道具を買う事にした。

 お金は昔、賞金首のモンスターを討伐して貯めた分がかなりある。


 無数の商品は木の棒や石ころといったゴミから、1000年生きたドラゴンの化石といった国宝級のものまで様々だ。

 たくさんの商品を吟味ぎんみする事、約2時間。

 いくつかの道具を買い取った俺は、アリナさんの元へと向かう。

 幼女も買い物をちょうど終えた所らしく、手には巨大な袋を抱えていた。


 「それじゃあ館に戻りましょうか」

 

 アリナさんはそう言うと館から出た後に【次元転移】で元いた館までの空間を繋げる。

 どうやらあの場所は直接転移する事ができないように結界で保護されているらしい。

 吸血鬼の館に戻ると、時刻は夜明け前だった。


 「アリナさんは何を買ったんですか?」

 「館のみんなへのお土産なのだわ。グール達も含めて全員分よ」

 

 夜明け前の館は、みんな寝てしまったのか静まり返っている。

 俺達はそれぞれの部屋に行って、枕元にお土産を置いてまわる事にした。

 次の日に起きた時のサプライズよ、とアリナさんは嬉しそうに笑う。

 

 日が昇る前に仕事を済ませてしまおうと、手分けしてプレゼントを置いていく。

 グール達にはアリナさんから人形や手袋など可愛らしい小物が配布された。

 館の地下で眠る彼女達は関節が曲げられない為、皆立ったままの姿勢で器用に眠っている。

 疲れないのだろうかと心配になったが、不死の彼女達は疲労や痛みを感じる神経が麻痺している為これがグールにとっての一般的な睡眠体勢なのだとアリナさんは言う。


 100体以上のグール全てにプレゼントを配り終えると、次はシルヴィアさんの部屋に向かった。

 何度か入ったことがある黒を基調とした部屋で眠る少女は、きちんと姿勢を正してスヤスヤと眠っている。

 可愛らしい寝顔はずっと眺めていたかったが、日の出までの時間がないので俺達は袋からプレゼントを取り出す。

 俺は珍しいお菓子の調理本を、アリナさんは新しいエプロンを枕元へ置く。


 次に俺達はモナちゃんの部屋に向かう。

 ここに入るのは初めてだ。

 少女の部屋は薄ピンク色の内壁にたくさんの観葉植物が飾られたファンシーな内装で、意外にもきちんと整理整頓がされていた。

 少女は暑かったのか布団をはいで寝ており、クマ柄の寝間着は大きくはだけている。

 アリナさんは小さくため息をつくと少女の衣服を整え、布団をかけた。

 

 「まったく、だらしないのだわ。服を着ているだけシルヴィアよりはマシだけど……」

 「え?」

 

 思わず聞き返した俺をスルーすると、アリナさんは新しい運動着を何着か枕元に置く。

 スクール水着に弓道着、レオタードなどなど、どれも人間界のメジャーな運動着だと目の前の幼女は大真面目に言い放つ。

 どうやらこの幼女は服を選ぶセンスがどこかずれているらしい。

 俺はテニスラケットとボールを取り出すと、枕元のコスプレセットの横に並べて置いた。


 すべてのプレゼントを配り終えた俺達は、アリナさんの部屋に向かう。

 ドールハウスのような幼女の部屋に入ると、少女は安眠作用のあるハーブティをれてくれた。

 白い陶器のカップに淹れられたいい匂いがするお茶を飲みながら、俺はアリナさんに買ってきたプレゼントを取り出す。

 ドワーフが作ったという宝石がちりばめられた綺麗な赤いブレスレットは、シンプルだが巧みな細工が施されており少女の細い腕にはよく映える。


 「あら? くふふ……」

 「お気に召しませんでしたか?」


 少女はプレゼントを受け取り、手にはめると可笑おかしそうに笑い出す。

 そして袋に手を入れると、青色のブレスレットを取り出した。

 俺が渡したのと色違いのそれは、腕にはめた少女のブレスレットとぶつかるとカチンと音を立てる。


 「お揃いになっちゃったわね」


 アリナさんは俺の腕に青いブレスレットをはめると、自身のはめた赤色のブレスレットを嬉しそうに撫でた。

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