10 『スライム』
次元の狭間には色々なものが落ちている。
他の世界から来たガラクタ達は無差別な場所に突然転移して現れるのでたまに館の掃除をしないと、使っていない部屋が勝手にゴミ屋敷になってしまう。
俺はモナちゃんと一緒に無数に部屋がある館の掃除をしていた。
「ハルマー、タンスが落ちてたよー!」
「どれどれ……、これは直せば使えそうだな」
「じゃあお姉ちゃんに渡しとくねー!」
使えそうなゴミはアリナさんの元へ、そうでないものは俺が魔法で細かく分解して処分する。
単純な作業だったが館が広い為かなりの重労働だ。
俺は大岩を魔法で砂へと分解すると、【次元転移】を使って適当な海岸へと投棄した。
モナちゃんは力仕事は得意だが魔法が使えないので、こういった作業は必然的に俺の仕事になってしまう。
魔法が得意なアリナさんは、修理担当なので仕方あるまい。
魔法の連続使用で疲れたので適当な椅子に腰を下ろす。
モナちゃんは棚と壺を両脇に抱えてアリナさんの所へとダッシュしていた。
勇者として体力には自信があったが、吸血鬼(特にモナちゃん)にはスタミナで勝てそうにない。
シルヴィアさんが作ってくれた栄養ドリンクをぐいっと飲み干す。
「ハルマー! なんか可愛いの見つけたー!」
しばらく休んでいると、モナちゃんがバケツに入った何かを持って駆け寄って来た。
中を覗くとブヨブヨした透明色の物体が動いている。
「スライムか? ……随分と小さいけど」
魔界や人間界に出現するスライムは、小さいものでも大型犬くらいの大きさがあった。
目の前のこいつはバスケットボール大。
まだ子供なのだろうか?
「小さいから転移する時に壊れなかったんだと思うってお姉ちゃんは言ってたよっ」
「ふーん、小さいと結構かわいいんだな」
「でしょ? ねぇ、これ飼ってもいいかな?」
「アリナさんはなんて言ってたんだ?」
「まだ子供みたいだから、転移して返しても一人で生きていけないかもだって。殺すのは可哀想だし世話してあげなさいって言ってたよ」
「よし、それじゃあスライムの部屋を作ってやるか」
スライムは基本的に水分を餌として成長する。
人間や他の生き物を襲う事はめったにない為、人間界でもペットにしている人は多い。
ひんやりしているので抱くとかなり気持ちがいいのだ。
体液は何を餌にしているかによって変化し、赤い餌を多く食べていれば赤いスライムとなる。
こいつは透明色なので、雨水か何かを飲んで生きていたのだろう。
俺はモナちゃんの部屋に行くとゲージを用意し、スライムと水の入ったボウルを入れた。
スラちゃんと名付けられた生き物は美味しそうに水を飲む。
「喉が渇いていたみたいだな」
「えへへー、スラちゃんは可愛いなあ」
モナちゃんはスライムとぷにぷにと突く。
ひんやりとした生物は突かれる度にプルプルと揺れた。
「それじゃあ掃除が終わったら、スラちゃんと遊ぶか!」
「うんっ!」
俺達はスラちゃんにバイバイを言うと、部屋の扉を閉めて片付けへと戻る。
早くスライムと遊びたいモナちゃんは張り切ってテキパキと動いてくれた。
2時間ほどで掃除を終わらせた俺達は、モナちゃんの部屋へと向かう。
「あれ? ドアが開いてる」
「スラちゃんもいないよー!」
床を見ると湿った何かが通った跡がある。
どうやら逃げ出したらしい。
俺達は跡を追いかけて廊下を突き進んだ。
「お風呂に向かったみたいだな」
「水のにおいに引き寄せられたっぽい?」
大浴場の扉を開くと、そこには部屋いっぱいに大きくなったスラちゃんがいた。
体の色はシャンプーでも飲み込んだのか、乳白色に変化している。
スライムが短時間でここまで大きくなるといった話は聞いたことがない。
モナちゃんは巨大なスラちゃんを見ると、目を輝かせて中へと飛び込んだ。
「わー! おっきーい!」
「おい待て! こいつなんだかおかしいぞ!」
スライムに飛び込んだモナちゃんは、顔だけを外に出してこちらを見る。
「別に平気だよー……きゃっ!」
「どうした!」
「スラちゃんがくすぐってくるの……」
少女は顔を赤くして身をよじる。
モナちゃんはスライムの中で必死に身を動かすが、身動きが取れないようだ。
もがく少女は飛び込む前よりも露出している肌の面積が大きく見える。
「ハルマー! 抜け出せない!」
「おい、服が溶けてないか?」
「え? ……本当だっ! ハルマー、早く引っ張って!」
少女は顔を赤くすると、より激しく身もだえした。
引っ張ろうとしてもスライムから顔しか出てないので、掴みどころがない。
試しに顔を引っ張ってみたが、モナちゃんが痛がるのでやめた。
「すごい力で押さえつけてるな……」
「感心してないで、助けてよー!」
見ると、少女の服はほとんど溶けてしまっている。
10分の1ほどの面積になった服は、もう少女の秘所をわずかに覆って隠す程度のみだ。
急成長する上に、酸性の体液を持つスライムなんて聞いたことがない。
こうなったらスライムを倒して取り出すしかないだろう。
俺は勇者の剣を取り出すと構える。
そして大きく振りかぶると、モナちゃんに当たらないように振り下ろした。
固いアイアンゴーレムだろうとバターのように切り裂く剣は、スライムの表皮に触れるとボヨンとはじかれる。
「だめだ、こいつ物理攻撃を無効化する!」
「じゃあ魔法は?」
「それもだめだ! それじゃあモナちゃんにも同じダメージがいってしまう!」
このサイズのスライムを倒しきるほどのダメージを与えるには、かなりの熱量で攻撃するしかない。
中にいるモナちゃんはもろにダメージを受けてしまうだろう。
かといって電撃や氷結魔法でも同じだ。
俺は勇者として一通りの攻撃魔法を習得しているが、魔法の細かいコントロールは苦手で、スライムの中にいる少女にだけ当たらないように加減するなんて芸当はできない。
悩んでいると、モナちゃんを覆う服が全て溶けてしまった。
一糸まとわぬ少女は身動きがとれないスライムの体内では体を隠す事も出来ない。
乳白色のスライム越しに少女の比較的大きな胸がぷるんと揺れる。
「み、みないでーっ!」
顔を紅潮させた吸血鬼は必死に身をよじる。
もしもスライムの目的が食事だとしたら、服が溶けた今、少女は溶かされてしまうかもしれない。
俺の脳裏にそんな考えが浮かぶ。
「く、こうなったら……!」
俺は助走を付けると、スライムの体内へ飛び込んだ。
そしてぬるぬるの体液まみれの少女の体を掴むと、俺が今さっき開けた穴から外へと押し出す。
穴はすぐに閉じてしまい、俺は頭まで丸ごとスライムの中に閉じ込められた。
外を見ると全裸の少女が涙目でこちらを見ている。
頭まで吸収されたので呼吸が出来ず、非常に苦しい。
服もじわじわと溶かされていく。
だが、これでいい。
勇者として加護を持つ俺は、自身が死にさえしなければ無限に再生する事が出来る。
俺は体内に残っているわずかな空気を吐き出すと呪文を詠唱する。
「Красное солнце」
瞬間、スライムは俺ごと激しく炎上した。
業火は浴場全体へと拡散し、あらゆる水分を蒸発させる。
俺は泣き叫ぶモナちゃんに向けてニッコリと微笑むと意識を失った。
目が覚めると、薄ピンク色の天井が目に入ってきた。
どこかで見覚えがある天井は、誰かが俺をここまで運んでくれたことを示唆していた。
「んん……痛ッ!」
「動かない方がいいのだわ。あなた全身火傷まみれだから」
アリナさんは読んでいた本を閉じてこちらを見る。
自身の体を見ると包帯でグルグルでミイラ男のようだ。
「手当てありがとうございます」
「お礼なら、さっきまであなたに泣きついていたモナに言って頂戴。あの子ったらハルマさんには加護があるから大丈夫だって説明しても泣き止まなくて大変だったんだから……」
ベッド脇を見ると、目元を泣き腫らした少女が疲れて眠っていた。
俺はモナちゃんの頭をなでるとアリナさんの方を見る。
「それで、スライムは?」
「あなたの魔法ですっかり蒸発したわ。どうやらアレはなにかの実験で生み出された新種のスライムだったようね。ここに転移してきたのは、実験が失敗したからでしょう」
「そうか……それなら良かった……」
「ハルマさんもあんまり無茶しないで欲しいのだわ。いくら加護があるからといっても見ている方からは結構冷や冷やするのよ」
「すいません」
俺はシルヴィアさんが作ってくれた回復薬を飲むと、再び眠りについた。
無事に10話投稿達成です!
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