ふたりが何なのか知りたい
「えぇ……と、記憶喪失と言いますと……?」
最初に口を開いたのはロイだった。損ではあるが気の利いた役回りである。
「いやもう、極端な話、私たち何も覚えてなくって……」
エルザの一言のあと、『鉄兜』の三人は自然と補足を求めてヘルガを見る。
「……この世界で目覚めたのが三日前で、彼女の言う通り、私たちは何も覚えてないまま出会って、今に至ります」
語尾に「以上」とでも付きそうな明瞭な答えに、一同は唖然とする。
「み、三日前……ですか? それでこの建築を……?」
「ええ。その通りです。だいぶ手探りでしたが」
それでこんな家が建つのか、と三人とも顔に書いてあった。この三人、実はあまり交渉事に向いてないんじゃないだろうか。
「あの、外の……〝ぼくじょう〟の方々は一体、どういうなりゆきで……?」
よほど気になったのか、アデーレが身を乗り出して質問してきた。
「あぁ、あのおじさんたちは、朝起きたら家を殴っててぇ……」
「家を殴ってて……?」
「私とヘルガで捕まえました!」
「そ、そうなんですね……」
エルザの説明にもならない説明に、ヘルガはちょっと吹き出す。彼女に任せていたら、混乱している相手が余計に混乱してしまうだろう。
「エルザの能力でちょっと昏倒してもらっただけです。誰も怪我していなかったでしょう?」
おそらくそれも説明になっていないのだが、ヘルガの口調でそれっぽく聞こえてしまうのは不思議だ。っていうかしれっと嘘ついてるし。
「た、確かにそうでしたが……」
一体どうやって、と言いかけてカール卿は押し黙る。先ほどのように、火に油を注ぐようなことは言うべきではないと思われた。
事実、複数の男どもが少女二人に捕らえられている。しかも〝無傷〟で、である。男同士の一対一であっても、無傷で相手を制圧できるのは相当な実力差がなければ不可能だ。それを、少女が対複数戦で行ったとなると、やはり常識で推し量るべき状況ではない。
「外の彼らは賊なのでしょうか? あなた方のことを〝二柱の女神〟と言っていましたが……」
「あ、えっと、起きたら急にそんなこと言いだして……ねぇ?」
エルザはどこまで言って良いのか言い淀み、ヘルガを見る。
「こちらは襲撃を受けた身ですが、命を奪うのもためらわれたので、寝床と食事を与えています。どうやら彼らは、それを有難がっているようですね」
「な、なるほど……」
エルザの能力で昏倒させた、という話であるのに、理路整然とヘルガが話す。はたから見れば優秀な参謀役と、それを忠実にこなせる実行役といったところであろうか。実際は少々違うのであるが。
「外の看板に、日本語が書かれていたと思うのですが、日本語自体は覚えておいでだった、ということでしょうか……?」
エルザが何も言う素振りも見せないタイミングで、またヘルガがそっと制止する。
「そうですね。いろいろと思い出しながらだったので、ひらがなしか書けませんでしたが。そのうちにまた何か思い出すかもしれません」
「あ、書いたの私ね、私」
一同はそれを聞いて「あぁ、やっぱり」って思った。日本語がわかるロイは元より、あの看板の文字は誰が見ても何かおどろおどろしい、独特なセンスで書かれていたのだ。
「い、いやぁ、久し振りに日本語を見られたもので、てっきり日本人の方だと思って浮かれてしまいまして」
そう言いながらロイは首の後ろをかく。事実、同郷だという理由で、話し合いを穏便に運ぼうという思惑はあったのだろう。まぁ、文字のセンスには触れないのが正解ではある。
「何かしら縁のある国なのだろうと思うのですが、私たちも一部の日本語や、生活設備くらいしか知識や記憶がなくて……」
生活設備という単語を聞いて、カール卿が何やら思い出した顔をした。
「生活設備……ですか。そう言えば、先ほど見せていただいた見事な……肉焼き台、で合ってるかわかりませんが、あれの素材は一体何でしょうか? 武器防具に使われるような鋼とも違ったようですが……」
「それでしたら、ロイ殿は見当がついているのではないでしょうか?」
一同の視線がロイに集まる。
「……おそらくステンレスの類かと思いましたが、いかがでしょうか?」
「その通りです。さすがのご慧眼といったところでしょうか」
「ステ……その、なんだって?」
「ステンレスだよ。錆びなくてそこそこ硬いから、日本……というか俺のいた世界では、キッチン周りに使われてることが多かったんだ」
「ほう、錆びないのか。それなら武器にも……」
「それには向かないでしょう。鋼のようなしなやかさがなく、それらと打ち合った瞬間に折れてしまうでしょうから」
「そ、そうなのですか。それは無念です……」
カール卿は露骨にしょぼんとした。武器に使えそうな新素材というのは、やはり男児たるもの心が躍るものなのかもしれない。
「しかしあれをどうやって……? まさかステンレスの鉱石を見つけた、なんて話ではありませんよね……?」
「んん? ステンレスは鉱石から採れないのか? 金属なのに?」
さも不思議そうなカール卿に、ロイはため息をつきながら応じる。
「俺も詳しくはないが、あれは鉄をベースにした合金なんだ。剣や鎧に使うような鋼とは作り方が違う」
「……どう違うんだ?」
「簡単に言うと、鉄に炭の粉を混ぜるのが鋼なら、鉄に他の金属を混ぜるのがステンレスってところだ。クロムとかそういうやつ。それも、かなり手間の掛かる合わせ方をしないと作れない……って、無理に理解しなくていいぞ……」
カール卿もアデーレも首を捻っている。つまるところ、この世界にはステンレスは浸透していないらしい。
ついでにエルザも「そんな難しいことしてたの!?」という顔でヘルガを見た。バーベキューの言い出しっぺなのにね。
「個人的な興味で恐縮なのですが、どうか教えていただけませんか、ヘルガ様。あのステンレスはどうやって入手されたのです?」
「そうですねぇ……、こういう時、日本という国では何と言えば良いんでしたっけ……」
ヘルガはそう言うと、人差し指を下あごに当てて考える素振りをした。先ほどのエルザの真似をしているようだ。
「そうそう、思い出しました。……企業秘密です♪」
立場的に余裕が出てきたのか、それとも能力的な得意分野だからか、この時のヘルガは、あざとさと可愛さが通常時の三割増しだった。




