眠い朝は二度寝したい
文化的な目覚めというのはかくも尊いものである。ましてや森林に囲まれた大草原(でっかい廃城つき)ともなると殊更である。
「……知らない天井だ」
薄暗い小屋の中、それでもカーテンの隙間から零れる光で目を覚ましたヘルガは、いつかどこかで言ってみたいなと思っていた台詞を口にした。
「……あ、私が作ったのか」
自分で作った天井を見て先述の台詞を宣える人物は世界を探してもそういないだろう。自宅の設計をする方もおられると思うが、大体の場合は施工時点で大体どんな出来になるか確認はするはずだ。そこら辺をぶっ飛ばしてしまっている時点で常軌を逸している。まぁ彼女の場合はそれだけではないのだが。
隣のベッドを見れば、エルザはまだ気持ち良さそうに寝ている。即席ではあるが自分で作った寝具や寝間着を問題なく使ってくれているようで、その点ヘルガは少し安心した。いくら自前の機能で半自動作成ができてしまうとはいえ、クオリティが低いものを作って渡してしまったら気を遣わせたり困らせてしまうだろう。恩人に対してはそうはありたくないものだ。
「……もう朝なのかな?」
ヘルガは上体を起こして一息ついてから、ベッドから足を揃えて静かに下りる。それから、アストレアの寝床を確認すると、起きていたアストレアをひと撫でして語り掛ける。
「起きてた? おはよう」
「ぴぴ」
「ごはん少し待っててね」
「ぴー」
そんなやり取りをしてから、ヘルガはベッドから遠い方の窓のカーテンを少しだけ開けて覗いてみた。内外で明暗の差がありすぎて目を慣らすのにも少々時間が掛かる。
明け方はとうに過ぎた時間であるようだが、陽光の浅さからまだ朝だということは把握できた。朝露に光る若々しい草原、風の流れを揺れる樹体をもって表わしてくれる森、そしてやや遠くで草を食べていた中くらいの羊が、突如現れた巨大な空を飛ぶ爬虫類らしきものの足で掴まれて連れていかれる衝撃的な風景……。
「……なんじゃありゃあ……」
小屋の外壁には消臭消音機能はもちろんのこと、そもそもの密度強化や防火防水、さらに耐衝撃、質量アップを施してある。何かあったとしても吹っ飛びにくくなっているため多少のことでは問題は発生しないとは思われるが、あのサイズの翼の生えたトカゲが相手となると少々不安にもなる。いずれどこかで実験は必要かもしれない。
少なくとも、防火魔法を施した木材であっても自分の火魔法では燃えてしまったあたり、ヘルガはこれをあまり信用していない。近々しっかりとした検証は必要なのだろうが……とりあえずヘルガは、今しがた見たものを見なかったことにした。
「……とりあえず深呼吸……すぅー……はぁー……」
そうして落ち着いてから、ヘルガは今覗いていたカーテンを全開にしたあと、ベッド付近のカーテンも全開にした。薄暗かった小屋の中の一部ではあるが、入って来た光で照らされて否が応にも夜明けを実感できる。即席で作ったカーテンの遮光性は想定以上に高かったようだ。僥倖僥倖。
「エルザ、起きて。朝ですよー」
「んぅー……あと五分……」
「好きなだけ寝てても良いけど、廃墟探索行くんじゃなかったの?」
「んぅー……あと十分……」
「……増えてるし」
そもそも時計がないので五分も十分も計れないわけで。じゃぁ今度作れるかどうか試してみよう、などと考え始めるのがヘルガという少女だった。
「水晶とかいるのかしらね……」
ヘルガはそうつぶやきつつ、目の前で眠りこける金髪碧眼の少女の顔に見惚れていた。輝くストレートボブの髪と、均整の取れた目鼻立ち、眉毛や睫毛に至ってもしっかり金色で、目を開けばその瞳の美しさには吸い込まれてしまいそうなくらいだ。薄く紅の入ったくちびると、たまご型をした顔を形作っている思わずつつきたくなってしまう柔らかそうな頬……。
「……えいっ」
「……んぅー」
「……ふふっ、可愛い」
均整が取れているのは彼女の顔だけではない。今は布団に隠れているが、そのボディバランスは驚嘆に値する。全体的に引き締まっている身体に、CかDくらいはありそうなバストと、それを引き立てるような絞られたウェスト。ほどほどに肉付きのよい足はもう美脚と呼ぶ以外ない。自分が男性ならこんなの放っておく方が無理だろう。
「私が女で良かったねぇ……」
ヘルガはヘルガでそんなことを思ってはいたが、似た者同士というか、エルザはエルザで同じようなことを若干レベル上気味で考えていたことを彼女はまだ知らない。エルザってばそういうことを隠すのは妙に上手かった。
♢
「寝坊した!」
エルザは焦った。ヘルガもアストレアも居なかったからである。
ご丁寧にベッド側のカーテンは閉まっており、遮光性の高さから約束された安眠を勝ち得てしまったエルザは二度寝の悪魔にきっちり負けていた。というかそもそもヘルガに起こされたなぁ、くらいの記憶はあるものの、はっきり言って寝ぼけていたので記憶が曖昧過ぎて二度寝かどうかすら怪しい。
「靴が……ない!」
ということはヘルガは外に行ったのか。何かあったらまたひとりで泣いてしまうんじゃないか。過分とは理解しつつも、エルザはそんな心配に駆られてしまっていた。
寝間着のまま靴を履き直して扉に手を掛けたエルザは、それを開けると同時に、つい感情が極まって叫んでいた。
「ヘルガ!」
「あ、起きた? おはよう」
「……? お、おはよう……」
「何かあった?」
「いや……ヘルガの姿が見えなくて焦って……」
「ふふっ、そうなの?」
ヘルガはすぐ外で昨日の焚火に火をつけて、朝食用にまた塩なしの串焼きの準備をしている最中だった。だって塩なしの串焼きしか用意できないからね。アストレアはヘルガの肩でそれを眺めているようだ。エルザとのやり取りのあと、ヘルガは微笑みながらベッド付近の窓を指差す。
「カーテン開けたらすぐわかったのに」
「あぁ~……寝ぼけてて焦っちゃったなぁ」
「ぴぴ」
「私鳥に馬鹿にされてる……?」
「ぴ!」
「ふふ、すぐ出来ちゃうから着替えておいでよ」
「はぁい、ヘルガママ」
「……あら、朝ごはんは炭が良いのね? たくさん準備しておくわ」
「ごめんなさい嘘です勘弁してください……」
「遠慮しないで?」
「許して……」
ほどなくしてエルザは着替えを済ませ、ふたりと一羽は朝食にありつくのだった。三食高級羊肉の串焼きである。
質の高い羊肉というのは良い。実際に肉の旨味はすごく感じるし、クセのあるにおいもない。食べ方のバリエーションさえ確保できれば毎食これが出されても問題ないレベルだ。でも、それはそれとして塩気は欲しいよ、うん。塩気がないと飽きるのは三倍速いと思う。だってふたりとも飽きたんだもん。食べててもう会話が出ないくらい。
アストレアは割と美味しそうに食べてるのだけが救いというか、やっぱ動物と舌の肥えた人間ではその辺違うのだろうか。
♢
「ってなわけで、せっかくだから廃墟を冒険しよう!」
「お、おー……」
「ぴー」
一応土地持ちとか権利持ちがいたらまずそうなのであるが、もうその辺あまり考えないことにしたエルザは廃墟攻略を決意した。やはり危険を冒すことこそが知らない土地での醍醐味というものだ。その点ふたりは己のこともよくわかっていないので筋金入りである。
「で、見たところ正面からしか入れなさそうだし、ここを渡るのが一番手っ取り早そうなんだけど……」
水こそ張るタイプのものではないが、かなり深く作られている堀はその深さにしておよそ二十メートルはあろうかという代物だった。落ちたらただでは済まないだろう。そして渡らなければならないその幅は約十メートルほどある。
「先に言っておくと、私のクラフトで作る橋だと物理的に無理そうだね」
「なんですとっ!?」
「建築をしようとしても、結局は建てる土地と物理現象に影響されるから、こっちから橋を架けようとしてもそのまま落ちちゃうと思うの……」
「……ちなみに、こっちで縦に橋を作って、向こうに倒すっていうパターンは……?」
「無しかな。それだと廃墟を壊しちゃうかもしれないでしょう。権利者がいた場合、そういうことで揉めたくないしね」
「だよねぇ……これは詰んだか……」
「ぴ」
完全に他力本願だったエルザ。昨日の今日で開き直り過ぎている感はある。まぁ疑心暗鬼してる最中でもヘルガを頼ろうとしてたのは事実なのだが。
「そこでちょっとエルザに試して欲しいんだけど」
「……へ? 何を?」
「霧を使ってさ、向こうまで橋作れないかなって」
「あー、あれを使うのか。どうだろう、できるかなぁ」
「とりあえず試すだけでもどうかな?」
物質であれば銃であろうと斧であろうと形作ることができる黒い霧であるが、質量的な制限はどうなのだろうか。そしてその重さはどうなるのであろうか。
「よっしゃ! ちょっと試してみますか!」
「ぴぴ」
「わぁ、よろしくお願いします」
満面の笑みでそう言われると張り切らないわけにもいくまい。エルザはかつて橋が架かっていただろう此岸側の場所に立つと、彼岸に向けて霧を放った。
「いけーっ!」
エルザの周囲から飛び出した霧は勢いよくはるか向こうまで届き、その姿を平らな板にして此岸と彼岸を結んだ。左右に強固な外壁を携える正門に、数十年、下手したら数百年振りに橋が掛かったわけだ。やればできるもんだ。
「やればできるもんだ」
「おおっ! すごーい!」
「へへっ、よせやい。問題は強度というか……だいぶ薄く見えるけどちゃんと渡れるのかどうかだな、これ。」
エルザは黒い板になった霧に近づいてノックをしてみる。鉄板のような硬さは感じるので、硬度という点では及第点であろうが、問題は強度なのだ。
「ヘルガ、何かロープみたいなの作れる?」
「ふっふっふ……こんなこともあろうかと、植物製だけど頑丈めなロープを作っておいたんじゃよ」
「さすが……!」
さすがヘルえもん! って呼ぼうと思ったけど、何かちょっと二重の意味で物騒な感じがするからやめておいた。ロープは二十メートルくらいあるので命綱としては充分だろう。
「近くの木にそれ結んでくれる? そんでもう片方ちょうだい」
「らじゃー!」
ヘルガは近くにあったそれなりの太さの木に手早くナチュラルにもやい結びと呼ばれる結び方をした。それからもう片方をエルザの近くにまで持って来ると、端の余裕をだいぶ長めに取ってから同じようにささっとエルザの胴にもやい結びをしてから、自分の胴にも結んでしまった。
「え? 私ひとりで良いんだけど!?」
「私もついて行ったら防御魔法が使えるでしょう?」
「あ、そういうこと……? でもいきなりふたり渡っちゃって大丈夫かなぁ」
「どのみち試さなきゃいけないんだから、ぶっつけでいけるなら行っちゃった方が良いと思うの」
昨日の今日で、ヘルガは何か度胸が据わったというか、据わり過ぎている気がするんだけど気のせいだろうか。女は度胸というやつだろうか。
「まぁ、そういうことなら……」
「よし、じゃあ行きましょう」
「ぴ」
こうして、ふたりと一羽は未踏の廃城の探索へとその足を踏み入れるのであった。風がびゅーびゅー吹きすさぶ堀の底に落下しないことを祈りながら――。
ストック無いので割と毎日リアルタイムで書いてるんですが、
1時間で2000字書けると何かテンションおかしくなる。ひゃっほい!




