森は危険なので移動したい②
本来であれば可及的速やかに寝床の確保をすべきなのだろうが、持ち前の能力のおかげでふたりともピクニック気分は抜けきっていないようである。現状としては不都合なことは何も起こっていないのが幸いではあった。
「とりあえずね、森の近くはやめておいた方が良いと思うの」
「それは賛成。また狼とか羊とか出て来ると厄介だもんね」
「うん。でも念のため、何かに建物の背を預けられるような場所があると良いんだけど……」
「……やっぱあれかな」
「……あれでしょうね」
ふたりの視線の少し先、ここから見てやや小高い丘の上に何やら廃墟らしきものが見える。といってもちゃちなものではなく、規模が大き過ぎて自然の岩山が草原に生えているように見える壮大なものだ。廃墟とわかるのもこの距離で目を凝らしてやっと、といった趣である。
「あそこならあんまり魔物も動物も寄り付かなさそうだし、森からも少し離れてるから多少は安心感はあるよね」
「ちょっと遠いけど、草原の真ん中に家建てるのも気が引けるからねぇ」
「とりあえず行ってみよう!」
「行ってみますか」
初期位置付近から多少は移動してきているとはいえ、考えてみれば移動らしい移動は初めてであった。考えてみれば半日で色々あり過ぎたわけで……。そんなこんなで万感の思いを乗せてさぁ出発、といったところでエルザはヘルガをじっと見つめ始めた。一体何だろうね。
「……何? 何かついてる?」
「いや、ちょっと試してみたいことがあるんだけど良いかな?」
「え? 良いけど、私に許可取らないといけないこと?」
「うん、お姫様抱っこして良い?」
「……なんで?」
「あそこまで抱えて行こうかなって」
「……なんで?」
「なーんか速く走れそうな気がするんだよね~、……どう?」
どことなくエルザはうずうずしていた。何かにその性能が保証されているとしても、あらゆる分野において試験運用というものは重要である。その辺の理解がすぐ追い付いて感情をどこかへ追いやってしまうのがヘルガの長所でもあり短所でもあった。つらいところだね。
「……はぁ……、試したいって言うなら、まぁ……」
「ありがと! じゃあ左手を肩に回してくれる?」
「はいはい……わあっ!?」
「お嬢さん随分軽いね。もっと食べた方が良いよ」
「……誰かさんが塩を見つけてくれたらもっと食べられるかも」
「おっとこいつぁ痛いところを……」
「いつまで続けるの? まだ出発しないの?」
「……はいすぐ行きますしっかり掴まってください」
ヘルガはエルザの首を絞めない程度に、彼女に回した自分の腕を掴む。アストレアも負けじとエルザの頭に爪を食い込ませる。
「おい鳥、痛いんだけど?」
「ぴ」
「運転手さん、早くして?」
「合点」
客の言いなりとなった運転手は、猛然と草原を駆け出した。抱えているはずの少女は羽根のように軽く、頭には何かすごい力で尖ったものが沢山刺さっていて痛い。本当に痛い。そして、己の脚はそれらを考慮していても尚軽やかに動き、自動制御なのかと思い違うほどにシステマチックに動いた。
「おほーッ! すごいすごいッ」
「速ッ! 怖ッ! ちょっとスピード下げてぇーッ!」
「……グエッ! ヘルガッ!? 首ッ! 首がッ……!」
ヘルガはあまりの恐怖でエルザの首を絞め落とさんばかりだった。アストレアはかろうじて爪で引っ付いているが、胴体は既に後方にぶっ飛んでいて、絵面的には大変面白いことになっている。そして、言い出しっぺのエルザは顔面蒼白で死にそうになっていた。カオス。
「ぬおおおおおおくびがああああああああーッ……!」
「いやあああああ止めてええええええええーッ……!」
「ぴー」
そうこうしている内に廃墟までの距離はぐんぐん詰まっていく。比較的草原の浅いルートを抜け、岩や石は華麗に避け、あと半分……あと五百メートル……あと二百五十メートル……あと百メートル……そして。
「……つ、着いたから離して……」
「……あ、着いたの? はぁ、怖かったぁ……!」
「……わ、私も怖かった……よ……死ぬ……かと……」
「ぴぴ?」
ヘルガ的には怖過ぎて体感五分くらいだったが、実際は一分くらいで正面の城壁付近まで着いた。普通に歩いたら三十分くらい掛かる距離だと思われるので時速に直すと百キロメートル以上は出ていたのではないだろうか。高速道路を走る車かな。
「……エルザ、大丈夫? 無理して気分が悪いの? 顔が真っ青だよ……?」
「……大丈夫、大丈夫だから……」
エルザは「あなたが首を絞めてたからだよ」って喉まで出掛かってた言葉を頑張って飲み込んだ。これでさっきの仕返しとかだったらちょっと怖くてヘルガに足向けて寝られなくなりそうだし。
「本当に大丈夫? 先にベッドだけ作ろうか……?」
「……大丈夫、足向けて寝ないから大丈夫……」
「……本当にどういうこと?」
「ぴぴ」
今後はこの移動方法はやめておこう。ヘルガに首を絞められないように気を付けておこう。万一の時は首周りに霧で防具を作っておこう、とエルザは固く心に誓うのであった。




