最終話 私たちのテラフォーミング
ジャンナの崩壊から数ヶ月。
私たち――私とカイ、そしてレイラとセリアの四人は、この新しく自由になった世界を巡る、長い長い旅を続けていた。
マ・カレシュの旧市街では、新しいシステムを作り直しているジャミーラと再会した。
彼女の傍らには、地球へ帰還せずにこの街に残ることを選んだ元キャストのマークが、汗を流して働いていた。
「……ジャミーラ。マークは旧式の農具ばっかり使ってるじゃない」
「……効率的なのよ、この環境では」
「そういう言い方、前にも聞いたわね。誰かさんが私に言ってたやつ」
私がニヤニヤしながら突っ込むと、ジャミーラは何も言わなかったが、その耳は少しだけ赤くなっていた。
南へ下る途中のテウマ峠。
カイたちが作った温泉とエビの養殖場に到着し、脱衣所で荷物を下ろそうとした時のことだった。
カイの鞄から、見覚えのある、折り畳まれた白い紙切れがハラリと床に落ちた。
私は何気なくそれを拾い上げる。見慣れた、自分の乱暴な字だった。
「……なんで、あんたがこれ持ってるの」
「サードに貰った。農業のメモ、参考にしようと思って」
「参考……全部、読んだ?」
「ああ」
「『サウナに入りたい』のところも?」
「ととのいたい、ってところも」
「返して!! 今すぐ燃やすから!!」
私が顔から火を吹きそうになりながら掴みかかろうとすると、カイはノートの切れ端をサッと上に掲げ、少し間を置いてから静かに言った。
「やだ」
そのたった二文字に込められた響きに、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。
このバカは、参考のためなんかじゃなく、私の最低で最悪な八つ当たりの瞬間を、ずっとお守りのように大事に持っていたのだ。
「……バカ」
私は真っ赤になった顔を隠すように、サウナ室へと逃げ込んだ。
その後、たっぷり汗を流して「……ととのったぁ」とだらしない声を出した私をカイが笑い、結局みんなで腹を抱えて笑い合った。
メルフドではアイシャや先生たちと再会を喜び合い、旅の終着点であるバベルでは、相変わらず限られた電力の中で逞しく生きるタハールやネビルたちを見届けた。
「俺は何もしてない。お前が自分で考えて、気がついた。ただそれだけだ」
ネビルのその言葉は、インフラエンジニアとしての私にとって、最高の褒め言葉だった。
バベルの街外れ。見渡す限りの荒野を前に、私は大きく伸びをした。
「さあ! 次はどこに行く? ……私たちの箱庭を、作りに行きましょ」
私たちは、青く澄み渡った空の下へと歩き出した。
* * *
【後日譚】
世界を揺るがした、あの劇的な『反逆の生配信』がプツンと途絶えてから、数年の月日が流れた。
私たちは結婚した。
GECOにやらされるシステムではなく、自分たちの足で探し、自分たちの手で新しい土地をテラフォーミングして、小さな村を作った。
テウマの温泉で、マークとジャミーラが言っていたのを思い出す。
『この国は昔から、荒れた大地に緑を取り戻した男は、感謝の証として複数の女を娶るという古い風習がある。今でも田舎の方じゃ生きてるぞ』
――まさか、本当にそうなるとはねぇ。
現在、私たちは四人で暮らしている。
レイラもセリアも、「私が2番目です!」と譲らないけれど、毎日が騒がしくて、どうしようもなく愛おしい。
インフラを整える私。土を耕すカイ。それを笑って支えてくれる二人。
お腹を撫でる。
もうすぐ、この騒がしい家に新しい家族も増える。
そうすればきっと、ここが本当の意味での、私たちの楽園になるのだ。
カイが土を掘る音と、私のキーボードを叩く音だけが、誰にも見られることのない静かな空の下に響いていた。
カオルの旅は、ここで一旦終わりです
農業技術者とシステムエンジニア
アナログとハイテクの対比にしたくて
カオルさんには、たくさんの逆境の中で頑張ってもらいました
最先端や効率だけが、人を幸せにするのではない
自分が良いと思ったことが、みんなにとって良いこととは限らない
自分だけの力では、どうしようもないこともある
カイに比べて、失敗と学びの多い旅でした
私もいつも、その繰り返しです。
いつかカオルさんと一緒に、マークのお酒を飲みながら、
いろんな話をしてみたいなと思います
カオルさんの旅にお付き合いいただき、ありがとうございました
マークさん他の旅は続くので、そちらもお楽しみに




