第四話 無口な殿下の愛を、直接聞かせてください
ロレーヌはゆっくりと振り返った。
殿下の腕が少し緩み、向き合うことができた。
初めて、こんなに近くで殿下の顔を見た気がした。
いつも冷静な灰青の瞳が、今だけはかすかに不安の色を帯びている。
「不安にさせていたか」
問いかけるように、殿下は言った。
「二年間。何も言わずにいて、不安にさせていたと、考えた」
「……」
「違うなら、いい。だが、もしそうなら——」
「不安でした」
ロレーヌは静かに、しかしはっきりと答えた。
殿下の瞳が揺れる。
「殿下が何を考えているのか、わたくしをどう思っているのか、ずっとわかりませんでした。嫌われているわけではないとは思っていましたが、それ以上は……」
「すまない」
「でも」
ロレーヌは、胸に抱いていたノートを少し持ち上げた。
「これを読んで、わかりました。殿下は言葉が少ないのではなくて、言葉にできないくらい、いろいろと感じていらっしゃるのだと」
「……」
「わたくしの指のことも、声のことも、眉のことも。ちゃんと、見ていてくださっていたのですね」
殿下は答えなかった。
しかし、その耳の先が、微かに赤くなっていた。
ロレーヌは生まれて初めて、王太子殿下が照れているところを見た。
おかしかった。
愛しかった。
こらえきれず、ロレーヌは小さく笑った。
「なんだ」
「いいえ。殿下が、可愛らしいと思っただけですわ」
「可愛い……俺が?」
「はい」
「それは、違う」
「違いませんわ」
低く言い張る殿下の言葉を、ロレーヌはやんわりとさえぎった。
そして、胸に抱いていたノートをテーブルの上に置き、ゆっくりと殿下の手に触れた。
殿下の指が、ぴくりと震える。
ロレーヌはその反応さえ、たまらなく愛おしかった。
「殿下」
「なんだ」
「最後のページに書いてあったこと」
「……」
「直接、言っていただけますか」
殿下が黙った。
長い沈黙だった。
ロレーヌは待った。
窓の外で、秋の風が木の葉を鳴らす。
殿下の喉が、かすかに動いた。
灰青の瞳がロレーヌを見つめる。
やがて殿下は、静かに息を吸い込んだ。
「……愛している、ロレーヌ」
ぶっきらぼうで、抑揚がなくて、それでも。
世界でいちばん真摯な声だった。
ロレーヌは、今度こそ目の奥が熱くなるのを感じた。
「……ありがとうございます」
「礼を言うところじゃないだろう」
「では」
ロレーヌは、殿下の手をそっと握り返した。
「わたくしも、愛しています。エーヴェハルト殿下」
名前を呼ぶと、殿下の指がまた震えた。
それから、彼の腕が伸びてくる。
今度は後ろからではなく、まっすぐに。
ロレーヌを引き寄せて、胸の中に閉じ込めるように抱きしめた。
ロレーヌは目を閉じて、その温もりに身を委ねる。
「ロレーヌ」
「はい」
「これからは、できるだけ言う」
「はい」
「だが、うまく言えない日もある」
「そのときは、また書いてくださる?」
ロレーヌがそう尋ねると、殿下は少し黙った。
「……読んでくれるのか」
「はい。今度は、堂々と目の前で」
「それは、少し恥ずかしいな」
笑いながらそう答えると、殿下の腕に力がこもった。
「だが、書く」
「はい」
「そして、直接言う努力もする」
「楽しみにしておりますわ」
ロレーヌが微笑むと、殿下は困ったように目を伏せた。
「お前は、ずるい」
「まあ。殿下にだけは言われたくありません」
「そうだな」
短い言葉のあと、殿下がロレーヌの髪にそっと頬を寄せた。
その仕草があまりにも自然で、ロレーヌは胸の奥が甘く痛むのを感じた。
テーブルの上には、革張りのノートが置かれたまま。
最後のページの次は、まだ白紙。
けれど、もう怖くない。
きっとこれからは、二人で埋めていける。
言葉で。
文字で。
あるいは、言葉にならない何かで。
ゆっくりと、確かに。
ロレーヌは殿下の胸の中で、そっと目を閉じた。
二年間わからなかった愛は、最初からそこにあった。
ただ、不器用な文字の中に隠れていただけで。
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




