↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
[時代]三鏡草紙よろづ奇聞  作者: 地底乃人M


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/33

良薬は口に苦し


 さて、薬種問屋の鹿島屋へ奉公にあがった睦月(むつき)結之丞(ゆいのじょう)は、番頭の慈浪(じろう)に叱られつつ、水汲(く)みや掃除などきりきりと働いてみせ、ひと月が経過した──。



「見知らぬ土地の風にあたり、疲れがたまったのだろう。生活環境が変われば、体調に支障を来(きた)すもの。きみが寝込んでしまうのは当然の頃合(ころあい)だ。……なにも気にすることはないよ。きょうは、このままゆっくりおやすみ」


 朝から熱をだして敷布団に横たわる結之丞の枕もとで、そう云(い)う千幸(かずゆき)は、盥(たらい)の水で手ぬぐいを絞(しぼ)ると、少年の額(ひたい)に乗せた。若旦那の肌は、男にしては妙に白い。地味な薄物を着た手足は、女のように細く見えた。


「……若旦那さま、すみません」


 結之丞は、熱のせいで喉(のど)が渇き、声をだすのもやっとだった。千幸はやさしい表情のまま、静かに首を横へふる。


「待っておいで。今、白湯(さゆ)と薬をもってこよう」


 若旦那は百味簞笥(ひゃくみだんす)に保管してある生薬を調合するため、簾戸をあけて店の間へ向かった。鹿島家では、蔵の先にある六畳間に、奉公人を住まわせている。同室の男どもには、古参もいれば若い者もいた。ちなみに、現在の奉公人のなかで、結之丞は最年少である。


「千幸、具合でも悪いのか」


 必要な生薬を細かく刻んで混ぜ合わせる若旦那のところへ、番頭の青黒い顔をした慈浪(じろう)国光(くにみつ)が姿を見せた。四十代半(なか)ばの彼は、大旦那のころからの使用人で、鹿島屋では幅を利かせる人物である。大工の棟梁(とうりょう)として世渡りをしていたが、千幸が生まれた年に鹿島屋へ引き抜かれ、多忙な主人を支えてきた。幼い千幸のおむつ(、、、)替えや子守(こもり)は、まだ若い慈浪の役目だった。


「おはようございます。これは結之丞くんに煎じるものです」


「あの気負いすぎる小僧か」


「……慈浪さん、あまり無理をさせないでくださいね。先代が雇い入れた奉公人が実によく働くのは、番頭(あなた)の躾が行き届いているからとはいえ、ぼくは完璧など求めてはいません」


「奉公人を、お店(たな)の役に立つ人材に育てるのが、おれの仕事なんだよ。辞めてゆく者がいるならば、早いに越したことはない。無駄骨を折らずにすむ」


 奉公の辛さを理由に逃げだす者は、意外と多い。不満のひとつも云わず尽くす者に、給金をはずむということもない。わざとらしく溜(た)め息を吐(つ)く慈浪の叔母(おば)は、漢方の医術を用いて身体の不調を治療する蘭学者だった。小さいころ手伝いをしていた彼は、少しばかり薬材の知識を備(そな)えている。本人は病気知らずの薬要(い)らずだが、葛根(くず)や大棗(たいそう)などの配合から病人の症状を見抜くと、厠(かわや)へ向かった。


 若旦那は、青銅の薬研(やげん)で粉末になるまで薬材を碾(ひ)き、台所で急須と茶碗をもらい、結之丞のところへ戻った。その廊下の途中(とちゅう)で、ふと、足をとめる。家人ではない誰かが、庭木の向こう側に隠れていた。

 


〘つづく〙

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。