↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
[時代]三鏡草紙よろづ奇聞  作者: 地底乃人M


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/33

異しかるもの


「あさひ(、、、)、ほら。挨拶なんていいから、もっと近くで見てちょうだい。すてきな生地(きじ)でしょう。父様が南堂(みなみどう)で購(か)ってくださったの。千(せん)のために、購ってくださったのよ」


 夢のなかの老婦人は、うれしそうに口をすぼめ、皺のある指で生地を畳の上にひろげると、正面に坐った結之丞へ感想を求めた。上質な絹糸で織られた生地の表面には光沢(こうたく)があり、触れなくてもなめらかな質感が見て取れる。結之丞は少し考えてから、「すてきですね」と、こたえた。すると、おせん(、、、)の表情は明るくなり、うんうんと、なんどもうなずいた。離れた位置で見まもるおみつ(、、、)も、ホッと息をつく。


 それからしばらくの間、老婦人は楽しげな時間を過ごしていたが、蕎麦処へ戻る時刻が近づき、おみつが結之丞の肩を、つんと指で軽く押すと、おせんの顔色が変わった。


「なによ、どうしたの。あなたったら、また千を裏切るつもり。いいえ、こんどは許しません。さあ、行きたければ行きなさい。ただし、千も一緒よ。もう二度と、あんな思いはしたくないの。わかるでしょう」


 突如、取り乱す老婦人は、結之丞の胴体にしがみついた。驚いた結之丞は「わあっ」と叫び、とっさに老婦人の腕から逃(のが)れようとしたが、余計に強く引き寄せられた。


「だめよ、許しません。千を残していくなんて、約束がちがうわ。ひとりきりにするなんて、ひどいじゃない。どうして、そんなひどいことをなさるの。あさひったら、どこまで千に恥をかかせる気なの」


 おせんは泣きそうな顔で結之丞をあさひ(、、、)と呼び、あろうことか両手で首を絞めてきた。


「なんてこと、いま助けるからね、結坊っちゃん」


 あわてて美津子(みつこ)が老婦人を引きはがそうとするが、おせんはもてるかぎりの力で結之丞に襲いかかっていた。


「およし、おせんさん。こんな真似、しちゃだめだよ」


 美津子の呼びかけに老婦人が応じるようすはなく、鬼のような形相で結之丞を押し倒すと、馬乗りになって衿をつかんだ。


「さあ、白状しなさい、とおる(、、、)。あの日、どうして裏切ったの。あなたが約束を守らなかったから、千は、ひどい目に遭ったのよ」


 また名前が変わっている。老婦人は途惑う結之丞を見おろし、「一緒に連れていって」と訴えた。いったいなんのことかわからない結之丞は、沈黙を保つしかない。いつのまにか美津子の姿が見あたらないが、その理由はすぐに判明した。


「結坊っちゃん、無事かい」


 蕎麦処で待機する番頭を呼びにいって引き返してきた美津子は、「新右衛門さん、頼むよ」といって、老婦人に馬乗りにされて身動きできない結之丞を指さした。


「どういう状況だ」


 半(なか)ば呆れ顔になる番頭だが、大工(だいく)の筋力を発揮して結之丞を老婦人から引き剥がすと、「邪魔したな」といって外にでた。すぐさま美津子が戸板を閉めて、「ふー、ふー」と呼吸を荒らげるおせんを抱き寄せ、「よしよし」と、なだめる。


「おせんさん、悪夢なら、そろそろ醒めてもいいころだろうに……。さっきの子はね、おせんさんを助けにきたんだよ。ほら、しっかり顔をあげて、あたしを見てごらん。だれか、わかるかい」


「……み、……みつこ……お嬢さま」


「あはは、まだそんなふうに呼んでもらえるとは、うれしいねぇ」


 老婦人は、おみつの腕に支えられて涙をこぼした。遠い記憶に悩まされ、いつまでも嘆(なげ)いてばかりは、いられない。おせんはまだ、生きていく人間なのだから。



〘つづく〙


※今回のタイトルは、誤用ではなく意図的です。前のお話と同じ「けしかるもの」とお読みください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。