ソフト&チューイーなクッキー
焼き上がった刻みチョコクッキーが、目の前でざらざらと天板から移される。
ケーキクーラーの上に広げられるのを眺めながら、デルフィーナは小さく呟いた。
「アメリカンクッキーが食べたいわ」
同じように隣で作業を見守っていたリベリオが、すかさず食いつく。
「初めて聞く料理名ですね!」
デルフィーナは、数日後に控えた、チョコレートのお披露目会に出す刻みチョコクッキーの最終確認をするため、コフィアの厨房に待機していた。
営業時間が過ぎ、コフィアは既に閉店している。
片付けも済ませたリベリオは仕事を終えているのだが、試食にありつこうと、帰らず厨房に残っていた。
同様にタツィオも残っている。新加入のスタッフと少年達は帰ったが、それでも中々に人口密度が高い。
「初めて聞く料理ですと!?」
リベリオの声が大きかったため、途端にオノフリオが反応する。
「アメリカンクッキーだそうですよ」
「確かに、アメリカンとは聞いたことがないな」
作業の手は止めないながら、それぞれがそれぞれの場所から興味津々だと視線を投げてくる。
注目を集めたデルフィーナは、ちょっとタイミングを誤ったな、と思いながら、肩をすくめた。
「ええと、アメリカンは料理名ではなくて、国の名前ね」
「ふむふむ。アメリカン国のクッキーということですか」
「アメリカンが、アメリカの、という意味なのよ」
デルフィーナがここで想定しているクッキーは、ソフトクッキーだ。
正確には、ソフト&チューイーといわれているタイプ。
外はカリッと、中はしっとりねっちりとした食感のクッキーである。
コフィアで販売している菓子は、フランスやイギリスベースのものが多い。
デルフィーナ発のレシピ通りに作っている菓子もあれば、バルビエリ風にアレンジしているものもあるが、その中にアメリカ発祥の菓子は、カップケーキとブラウニーくらいしかない。
スモアやウーピーパイもデルフィーナは好きなのだが、どちらも手掴みで食べるタイプの菓子で、一口では食べきれない点から、店へ出すのは躊躇われた。
テイクアウトで出すのは可能なので、チョコレートが定着したら「片手で食べられる軽食」的な位置づけで販売するのもありかとは考えている。
同様にアメリカンクッキーも、かなり大判のクッキーとなるため、コフィアで出すには不向きだと、お披露目会のメニューからは外した。
ゴロッとしたチョコレートが入っているので、クッキー生地との絶妙さが美味しい一品なのだが、やはり手掴みで齧り付くのは貴族向けではない。
しかもあの食感は、下手をすると「生焼けだ!」と文句を言われる可能性がある。
定着しつつある「クッキー」の食感からはほど遠く、かといってケーキともパンとも違う。
食べた客がどう判断するかを考えると、躊躇せざるを得ない。
食中毒は貴族ほど恐れるところなので、苦情に繋がる可能性を考えると、アメリカンクッキーはコフィアのメニューに加えるのが難しかった。
しかし食べたいものは食べたい。
このところパリッとしたクッキーばかり試作試食で食べているので、豪快でゴロッとしつつ味わい深いソフトタイプのクッキーが食べたくなってしまった。
「お店には出せないけれど、まかないってことでどうかしら?」
最近、コフィアの会計も含め、ロイスフィーナ商会の経理はネリオがまとめている。
店に出せない商品だと、試作品の材料費には入れられない。だがまかない飯の材料費なら通るはずだ。
どのみち使う材料はコフィアにあるものばかり。不在のネリオにバレなければ、余計なものを作ったと叱られることもない。
「では、この場で食べきってしまいましょう!」
ノリノリのタツィオが、居合わせた一同を共犯に仕立て上げる。
少し遅い時間帯だ。
残っていたのは、イェルド、オノフリオ、リベリオ、タツィオの四人。そこにデルフィーナとエレナ、アデリーナの三人がいる。
フィルミーノとリーノ、マリーザとミレッラがいないのは、少年と女性ということで、早めに帰されたからだ。ウベルトは、護衛にはならないもののいないよりは、と共に帰されていた。
甘味を好まないアデリーナ以外の六人で食べきれるか。
大判のクッキーは、一度に作れるのは八枚前後。小さめに作れば十枚程度になるが、今デルフィーナが食べたいのはしっかりがっつり大きいものだから、大きく作ってもらうとして、七枚か八枚になるはず。
それならこの場で食べきるか、アロイスへの賄賂として一、二枚確保したら終わりにできる。
にんまりと笑ったデルフィーナは、素早く必要素材を羅列して、イェルドとオノフリオを働かせた。
結果。
「あぁぁ~なんですかこれ、クッキーなんですよね? なんでこんなに見た目が違うのです!」
作るところを見ていたというのに、焼き上がったアメリカンクッキーにリベリオは感心しつつ文句を垂れる。
材料と匂いから、美味しさは推察できる。
だが同じ「クッキー」なのに、コフィアで提供するものと姿が全然違う。先ほど焼き上がった刻みチョコクッキーと並べれば、一目瞭然。
ごつごつしており、割れ目もあって、大きさだけでなく厚みもある。
焼き立てはさらにしっとりだ。
そこからは、味の予想がつかなかった。
「これこれ。これよ、食べたかったのは」
ミルクを用意してもらったデルフィーナは、うきうきとスツールによじ登る。
作業台を臨時テーブルに変えて、一同は各自、皿に載ったクッキーを前にしていた。
「いただきます!」
デルフィーナの声にひとつ遅れて、アデリーナ以外の五人も唱和する。
その後、一斉にアメリカンクッキーに齧り付いた。
「おぉ……!」
「わぁ、しっとり……しっとり?」
「これはまた、クッキーとは思えない食感ですな」
「タルト生地とも少し違うが、パウンドケーキとも違うな?」
「不思議な味わいですね……」
味わいながら首を傾げたり、考え込む大人達をそっちのけで、デルフィーナは半分ほど味わったクッキーを、今度はミルクに漬けた。
「えっ」
それを見た誰かが声を上げるが、デルフィーナは反応せず、浸した部分をぱくりと食べた。
「んん~!」
冷やした牛乳に漬けて食べると二度美味しいのがこのクッキーの良さだ。
満面の笑みでもぐもぐするデルフィーナに、すかさずタツィオとリベリオがコップを出してきて、ミルクを注いだ。
イェルドとオノフリオも味が気になって、二人に続く。
あまり品の良くない食べ方のため、エレナはどうすべきか悩んでいるようだったが、この場ではマナーは問われないと思い直したのか、最終的にはコップを出していた。
「これは……!」
「へぇ、また味わいが変わりますね」
「食感がだいぶ変わるな」
「これはこれで美味しい!」
真似て食べた男性陣の感想に笑いつつ、デルフィーナは最後の一口をぱくりと口に放り込む。
今回焼けたのは全部で八枚。
余った二枚は持ち帰ることにして、パラフィン紙に包む。
これは部屋でこっそり一人で食べるか――アロイスにお裾分けをするか。
彼に食べさせたら、また作ってほしいといいそうだが、さて、どうだろう。
残ったミルクを飲み干しながら、デルフィーナはほうっと満足の息を吐く。
相伴に預かった面々も、今度は刻みチョコクッキーに手を伸ばしながら、食べ比べてああでもないこうでもないと感想を言い合っている。
そんな一同の様子を、一人だけポテトチップスを出してもらっていたアデリーナが、パリパリと食べながら面白そうに眺めていた。
後に、デルフィーナの思惑とは別に、混ぜる具材をチョコレートから別のものに変えた料理人達により、また別のアメリカンクッキーが生み出されるのだが。
それはまた、別のお話。
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