表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

ボトル半分のワイン




 火を落としたオーブンとかまどは、名残の熱を留めながらも、秋の空気に少しずつ冷めていく。

 コフィアの厨房で片付けを終えたイェルドは、マグに注いだワインを片手に、デルフィーナから渡されたレシピへ改めて目を通していた。


「やあ、君だけかい?」


 店内の最終確認を終えたリベリオが、外階段からの扉を開けて顔を出す。

 タツィオとフィルミーノは、今しがた帰ったところだ。


「ああ。……飲むか?」


 イェルドは手元を覗き込んできたリベリオにワインのボトルを示す。

 白ワインケーキに使った残りである。

 一度封を切ると酸化してしまうため、ワインはその日に使い切るようにしている。余った場合には持ち越さず、翌日は新しいボトルを開けるように、とデルフィーナから指示されていた。


 ワインケーキの人気は高く、特に紳士が好んでいるようだ。

 どこかの紳士サロンで話題になったらしく、持ち帰りの売り切れが続いていた。そのため増産することとなり、今日は多めに焼いた結果、半端にワインが残ってしまった。


 ボトル半分あるかどうかという量なので、一人でも飲みきれるが、興味がある素振りを見せられては、声をかけないわけにはいかない。

 だがイェルドの反応に対して、リベリオは苦笑した。


「ああ、失礼。見たかったのはワインではなくレシピの方だ」


 覗き込んだのはマグではなかったらしい。


「でもせっかくだから、相伴にあずかろうかな。つまみはないのかい?」


 自らマグを取り出してきて、となりへ椅子を並べたリベリオは、テーブル代わりにしていた作業台の上を見る。


「キッシュに入れたベーコンの切れ端だが」


 イェルドは、角切りにされたベーコンの乗った皿をリベリオの方へ押し出す。

 そもそも、こうして“余り”が出ること自体がイェルドには馴染みが薄かった。今までの料理店では、材料は端まで全部使う。多少バランスが悪くなっても余さず使い切る。そういった店や料理が多かった。


 レシピを見ながら、改めて思う。

 デルフィーナの書くレシピは、詳細に過ぎる、と。

 だが嫌ではない。

 ここまで細かく決まっているからこそ、常に同じ味にできて、味の改良も容易いのだ。


 これまでイェルドが見てきた料理のレシピは、もっとずっと単純なものばかりだった。

 材料と、調理の順番、ポイントとなるところに少し言及があるだけ。

 見たことも食べたこともない人間には再現できない。

 弟子やそれに準ずる従業員が同じく作れるものとして登録されているものがほとんどで、アレンジは自由にできる。

 各店、各屋敷での味となる、そんなレシピばかりだった。


 デルフィーナのレシピを初めて見た商業協同組合の連中は、たまげたことだろう。

 そして引き出したレシピを目にした料理人も。


 なにせ、見たことも食べたこともない人間でも、再現可能なほどの詳細さなのだ。

 材料はグラム単位で書かれている。それだけでなく、手順が細かく決められ、次の作業へ移るのに適した状態まで記されている。ときには絵さえ添えられていた。


 実際にデルフィーナの説明を受けながら菓子を作ったイェルドは、その工程を知ってから再度レシピを読んで、衝撃を受けたものだ。

 デルフィーナとの顔合わせの方が驚愕度合いが強く、レシピも、そんなものかとあの時は受け入れてしまったが。

 よくよく考えれば、これひとつとっても、とんでもないと思う。


「このレシピを見ていると、料理をしたことのない私でも、作れそうだと思うよ」


 イェルドと同じ事を考えていたらしく、リベリオがレシピの文字を指先で辿りながら、微かに笑った。


「……ああ」


 見習いでしかなかったフィルミーノは、他所から回ってくるレシピを見る機会があまりなかったのか、デルフィーナのやり方に違和感を覚えている様子はない。

 だが新しい料理に出会うために生きていると豪語するリベリオは、その元となるレシピにも目を通してきたのだろう。イェルドと似たような感想を抱いていた。


「画期的な料理にも衝撃を受けたけれど、このレシピからして、オーナーは色々と異質だね」

「…………」

「恩恵を預かっている身では、それを含めてありがたい話ではあるけれど」


 コフィアで扱うものは、全てが新しい。

 提供する飲食物だけでなく、食器類、調理器具、店内展示用品のほとんども、これまでになかったものばかり。

 この地下の厨房も、実のところ、世間に対して明かせない秘密で満ちていた。


 エスポスティ家の人々は、二つの商会を使ってそれを徐々に世間へと広める算段をつけているようだが、秘密を守る片棒を担いでいる身としては、早めに広めてほしいと思う。

 なにせデルフィーナは、次から次に思いついている様子なのだから。


「コフィアを辞める気はさらさらないけれど、この先、ちょっぴり気苦労はありそうだよね」


 同意を求めるようにウインクをしたリベリオに、イェルドは肩をすくめる。


「気苦労よりも、身の危険ではないのか?」

「あはは、そうかも」


 楽観的に笑うリベリオも、子爵令息として、貴族が通う学院を卒業している。一通り武器の扱いは習い、本職にはなれずとも剣術は修めている。

 だからこのように笑っていられるのかもしれないが。


 デルフィーナが何故、元傭兵だという点にあれほど食いついたのか。今ならよく分かる。

 コフィアに勤める以上、身体が鈍ることのないように、修練もさぼらずおこなったほうがよさそうだ。


「ま、この先も色んな料理は楽しめそうだ。よろしく頼むよ、()()()


 ワインの入ったマグを掲げてくるリベリオに、一つ嘆息したイェルドは自分のマグをぶつけた。

 開店から間もないのに順調に業績を伸ばしているコフィアだ。

 ずっと就職先に困っていたイェルドも、ここ以上の職場はないと思っている。

 デルフィーナの“知識”があれば、先々もきっと困ることはない。


 共にコフィア運営の中心を担う()()()とは、長い付き合いになるだろう。

 ボトル半分の白ワインを分け合いながら、二人は無言で連帯感を深めていた。






本日『とにかく珈琲が飲みたいのです』の書籍2巻が発売されました。

これもひとえに、応援くださる皆様のおかげです!

いつもありがとうございます!


2巻発売に合わせて、御礼としてSSを用意いたしました。

2巻を読んでからお読みになると、より味わいがあるかも……? です。

web連載版、書籍版、共に今後とも応援いただけますと幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします!


(SS内容は書籍版特典SSとは別になります)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【7/10発売】とにかく珈琲が飲みたいのです!3
~転生少女は至福の一杯のため、大商人に成り上がります~
予約受付中!
191325367.jpg?cmsp_timestamp=20260413122401


SNSはこちら→X(旧twitter) bluesky

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ