包囲殲滅陣
長駆ゼルガの森へと進軍してきた王国軍が目の当たりにしたのは、森の周囲の平野を侵食するかのように拡大している農地と、その前に布陣するモンスターとアンデッドの混成部隊だった。
その数、四千。
見事なまでの魚鱗の陣形に、兵士達は息を飲む。
支配者たる真祖吸血鬼に使役されているアンデッドはともかく、知能において人間より劣るとされるゴブリンやオーク達に統率の取れた陣形を形成できると予想できた者は、王国軍には居なかった。
緊張する兵士達とは対照的に、軍師リュートはサディスティックに笑う。
願ってもない陣形だった。
彼の『必殺の布陣』に、おあつらえ向きの状況だ。
師である勇者ロイシュが、舌舐めずりする弟子に確認する。
「いつもの陣形で良さそうだな」
「ええ、師匠は左翼をお願いします。アーヴァインは右翼を」
「承りました」
アーヴァインと呼ばれた純白の全身甲冑の騎士が、一礼して馬を切り返す。
王国軍はリュート擁する中央に重装歩兵700、魔術師団300。
左翼に勇者ロイシュ率いる騎兵500、軽装歩兵1000、弓兵500。
右翼に聖騎士アーヴァイン率いる騎兵500、軽装歩兵1000、弓兵500。
手薄に見える中央軍がリュートらの魔法の援護によって敵の突撃を受け止め、左右から挟撃して包囲、最終的には全方向から攻め立てて殲滅するというリュートの得意陣形『包囲殲滅陣』の形に絡め取るべく動き出した。
「包囲殲滅陣?」
厨二病めいたネーミングに耳を疑った浩一が、セルトロスで情報収集してきたナナミに思わず聞き返したのは、森の前で王国軍と対峙する三日前だった。
シャルロットとルカミラは露骨に顔をしかめ、ロザリンドとオリアナは鼻で笑い、ギディアは目を輝かせる。
「なんかカッコいい名前だな!」
「命名者は子供かえ?幼稚な名付けをする者がいたものよの」
「『殲滅』は不要だな。『包囲陣』で事足りる」
ギディアの感性には刺さったのだろうが、浩一としてはシャルロットとルカミラの意見に全面的に賛成だった。
「酒場でね、僕は軍師なんだ〜って威張ってた人が、『この戦法なら十倍の敵にも九割がた勝てるね』って自慢してたんだって」
ナナミの声真似付きの報告に、浩一は頭痛を覚えてこめかみに手を当てた。
「俺が昔読んだSF小説では、包囲作戦に拘った結果、敵の各個撃破の餌食になってボロ負けしてたけどね」
「なんじゃその『えすえふしょうせつ』というのは?」
「空想の物語だよ。確か……敵の二倍の戦力を三つに分けて三方から囲もうとする自軍に対して……」
アニメ化された際のうろ覚えの映像を元に、宇宙艦隊戦の様子を語る浩一。
二倍の数の相手を翻弄する敵指揮官と、崩壊する自軍を立て直すべく奔走する主人公の戦いは、皆を大いに沸かせた。
「その物語、空想の産物とはいえ使えそうだね」
「そうよの。多少のアレンジを加えて、な」
ロザリンドとシャルロットが底意地の悪そうな笑みで頷き合う。
簡単な打ち合わせの結果、中央に浩一を、左翼にルカミラを、先頭にギディアを配した魚鱗の陣形で迎え撃つ事となった。
王国軍は当然昼間の決戦を望むであろうことを考慮して、シャルロットは城にて待機。
ロザリンドとオリアナは遊撃兵として動くという算段になった。
「酒場でペラペラ喋るような戦術を実際に使ってくるかねぇ?」
「ネーミングセンスからして自己顕示欲の塊みたいな奴じゃないか。九分九厘、『過去の栄光よもう一度』とばかりに繰り返して来るね」
王国が誇るほどの軍師であれば、酒場で流した情報こそがブラフで、それを鵜呑みにしたこちらの裏をかいてくるのではないかと心配する浩一を、ロザリンドが確信を込めて断言する。
――――三日後
本当に想定通りに動く王国軍を前に、呆れを通り越して感心する浩一が戦場に居た。




