開戦
メルゼブルク城、玉座の間――――
留守を預かったシャルロットは、肘掛けにもたれながらロザリンドが置いて行った水晶玉で戦況を俯瞰していた。
そう、彼女はただの留守番ではなかった。
戦場を第三者の視点で見守り、支配下のアンデッド達を動かすことで迅速な陣形の移行を実現するという、重要な役回りを担っているのだった。
モンスター軍が魚鱗の陣形で王国軍中央に進むその側方を、王国軍の両翼が回り込む。
騎兵の移動速度を考慮し、早目に――――シャルロットは指を弾いた。
遠く離れた主の意思を感じたアンデッド達が進軍方向を変え、森のモンスター達もその様子に呼応する。
敵の軍列が突如として一斉に左方に流れて右翼軍に向かったのを見て、王国軍の軍師リュートは思わず叫んだ。
「なんで一番手薄な中央に来ない!?魚鱗の陣だろ?中央突破の形だろ?敵の指揮官は兵法のイロハも知らない馬鹿なのか?!」
そんな罵詈雑言が届くはずもなく、届いたとて考え直すはずもなく。
モンスター軍は王国軍右翼に襲い掛かった。
「何故、我々は敵と正面から向かい合っているんだ?」
中央に向かっていたはずの敵がこちらに向かっていると悟って、聖騎士アーヴァインは当初の予定を変えた。
このまま進んでいては、側面を突かれてしまう。
アーヴァインは騎兵達を伴ってモンスター軍と対峙した。
モンスター軍の先頭に立つのは――――
「ふむ。重要人物の配置まで自慢話の通りか……哀れ過ぎて同情の念さえ湧いてきそうだな」
アンデッドナイトを率いる首なし騎士、ルカミラだ。
アーヴァインは馬上槍を構えると、職業能力で聖なる力を纏わせる。
「邪悪な魔物め!この聖騎士アーヴァインが成敗してくれる!」
「邪悪?邪悪か……お前達の目にはそう映るのか?我等にはお前達こそが『平和な暮らしを脅かす邪悪』なのだがな」
「抜かせ!」
一気に間合いを詰め、突き掛かるアーヴァイン。
その槍の穂先にルカミラの剣の先が触れると、流れるように槍の軌道が変わった。
長剣で、重く長大なランスの一撃を受け流す。
ルカミラの剣の冴えに、アーヴァインは怖気を感じた。
咄嗟にランスを手放し、馬を回頭させる。
その脇腹を剣閃が抜けたのを見て、聖騎士は戦慄した。
「ほう、今のを避けるか。見事だな。一合でケリをつけるつもりだったのだが」
「ほざけ化け物!」
アーヴァインは腰の剣を抜き、背負っていた盾を構えた。
対するルカミラは小脇に頭を抱えた状態だ。
両者の剣が火花を散らす。
傍目には圧倒的な優位にあるように見える聖騎士だったが、二合、三合と切り結ぶ内に、趨勢は徐々にデュラハンに傾いていた。
「どうした聖騎士。勇者様に稽古の一つもつけてもらわなかったのか?それともその稽古が特殊すぎて、普通の剣術を忘れたか?」
「っ!くっそぉっ!」
アーヴァインは必死に剣を振るう中で、昔を思い出していた。
まだ駆け出しの新米騎士だった頃を。
ベテランの騎士団長に軽くあしらわれ、悔しさと無力感に苛まれながら剣を振っていた日々を。
自分はあの頃より強くなった、巧くなった。
なのにこの差はなんだ?
これまでの修練の成果を嘲笑うかのような目の前の化け物は、一体どれほどの研鑽を積んできたというのか。
雑念で動きの鈍ったアーヴァインの腕を、激痛が走った。
たかがかすり傷!と己を鼓舞した次の瞬間、猛烈な目眩と吐き気が聖騎士を襲う。
「我等は“邪悪な魔物”だそうだからな。お前のように小綺麗には戦ってやらんぞ?我が瘴気毒、存分に味わうがいい」
毒と聞いて辺りを見回すアーヴァイン。
しかし、周囲に居るのは騎兵のみ。
回復役の神官は歩兵と共に行動しており、先行していた騎兵部隊とは離れてしまっていた。
舌打ちして自らの魔法で解毒を試みるが、そのような隙をルカミラが見逃すはずもなかった。
解毒の魔法に意識を向けると同時に、今度は足に灼熱感。
「詰み、だな。切り刻まれて死ぬか、毒で悶え死ぬか、好きな方を選ぶがいい」
もはや言い返す気力もなく、アーヴァインは自身の未来が閉ざされる音を聞いた。




