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一志は、村山の言葉など全く耳に入らないかのようだった。
「それで俺は、順平を洗い場まで連れて行った。これを見ろ」
それは、いつか一志が大事そうに見せてくれたあの不格好な砥石だった。
「何だ、あんなことを言ってたくせに結局使っているのか」
「いや、俺は一度も使っていない。
これをあいつに見せて、どうだ美しいだろうと聞いたんだ。
すると奴め、黙って頷くと、まるで魅入られたようにじっと見つめているんだよ。
それで俺は言ってやった。
いいか、こいつは恐竜が現れた二億年以上も前から、地球の奥深くでこう、ぎゅうぎゅう圧し潰されて――」
また同じ講釈を延々とされてはかなわない。すかさず口を挟んだ。
「そこはいいから、その先の有り難いところだけ、ちょっとやってくれ」
「何だ、お寺の坊主に言うようなことを言いやがって。ふん、まあいいや。
少し勿体ないような気がしたんだけれども、俺は思い切って砥石に水をかけてみたんだ。すると何とも言えないような美しい紋様がさっと現れてだな、
順平のやつ、それを見てまるで金縛りにあったみたいになっちまった」
「金縛りだって? それはまた大げさだな」
思わず笑ってしまった。
一志は怒りもしない。
「それが本当にそうなんだ。
実は俺もその時、何かしらこう、不思議な感覚にとらわれてね」
「ハハハ。今日はお前らしくないことばかり喋る」
「いいから、黙って聞いてろ。
俺自身は最初からそのつもりだったんだが、その時はまるで何かの力に支配されているように、無意識に順平に包丁を渡していた。
やつは相変わらず食い入るように砥石を見つめていたんだがね、
やがてぶるぶると手を震わせながら、包丁の刃をそれに当てたんだ。
すると驚いたの何の、まるで刃の方から砥面にぴたっと吸い付くように、あいつの手が自然に動いているじゃないか。
それを見ていて、俺は背中がぞくぞくっとしたよ。
こんなことって本当にあるんだな」
「ほお、それで」
思わず真剣になって聞く。




