-7(最終回)-
「この砥石は、順平の現れるのをじっと待ってたんだ。地球が誕生した時からな。
それで俺は、はっと気付いて言った。こいつはお前にくれてやる。
お前の心に魔物がいるのかどうか、それが分かるまで、こいつでずっと包丁を研いでいるがいい、ってな」
「なるほど、そんなことがあったのか」
2億年前からだったはずが、いつの間にか地球誕生の時からに代わっているが、あえてそのことには触れなかった。
一志は興奮気味に言った。
「あいつは本物だ。きっといい寿司職人になれる」
村山は心から言った。
「お前が探し求めていた原石が、やっと見つかったな」
相手は黙って頷く。
コップ酒を飲み干すと、お代わりを注文した。
「ああ、今夜は実に爽快だ。これでお前とも気持ちよく別れられる」
「何だって」
一志が片方の眉をぴくりと上げる。
「実は俺の方から申し出て、今度の異動で故郷へ帰ることになった。
もうあさってのことだけどね」
「何だって」
あっけにとられたように、また同じことを繰り返す。
「それはまた急な。何でそれを早く俺に言わなかったんだ。水臭いじゃないか。
それにそんなことをして、出世の方は大丈夫なのか」
「ハハハ。いつもお前が悪態をつくように、所詮小役人さ。俺が出世したところで、たかが知れてるよ。
実は女房の奴が身体をこわしてね。長く連れ添ってきたんだ。大事にしてやらないとな。
それに娘が地元の国立大学に進学することにしていてね。だから帰ることにした」
「そうか、まだ高校生の娘がいたんだよな。お前は結婚が遅かったからなあ。
お前、ひょっとして、美紀子のことが原因で……」
「馬鹿、違うよ。俺も若かった。遊び過ぎたんだよ」
そう答えたものの、一志の言ったことは図星だった。
一志はしばらく黙っていたが、やがて店の外に出ると、暖簾を中にしまい込んだ。
「おい、今日はもう閉店だ。あの二人と一緒にお前の送別会をしてやろう。
俺がこれまでで最高の腕をふるってやるからな」
「それも悪くない」
村山は、これから訪れるであろう家族三人での平穏な生活に思いを馳せながら、一志の差し出したコップ酒を、静かにうまそうに飲んだ。
(了)
有難うございました。




