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村山が去って、しばらくあとのことだった。
向こうから、四、五人の連れがやってきた。まだ暑いというのに、皆スーツ姿である。 先頭の男が笑顔で声をかけてきた。
「やあ大将、そんな所でいったいどうしたんだい。約束通り来たよ」
もう古希を過ぎたぐらいの年齢に見えるが、背筋がまっすくで矍鑠としている。
「へえ、これは社長さん。いつも御贔屓に有り難うございます。たった今、くそ忌々しい客を追っ払ったところでさあ」
男は、ハハハとさもおかしそうに笑った。
「相変わらずだなあ大将は。どうだいみんな、僕の言ったとおりだろう、これでも腕は確かだからね」
「へえ、誠にお恥ずかしい限りで…。さあ、どうぞ皆さん、よくお越し下さいました」
男は暖簾をくぐった瞬間、不思議そうな顔をして一志を振り返った。
「あれ、みっちゃんは? それにこの前の若い人もいないが……。さては大将」
「へえ、面目ないことで。二人とも追っ払ちまいました」
「これだから困るよ。僕はみっちゃんと話すのも、一つの楽しみだったんだがね。
大将の仏頂面ばかり見てたんじゃあ、折角の寿司もまずくなるんだもの。まあいいや、今日は仕方ないか。大将、この若い人たちが、我が社の将来を担う精鋭たちなんだ。ひとつ頼むよ」
すでに老人と言ってもいいこの男、物腰は非常に穏やかであるが、若い頃はかなりの暴れん坊だったらしく、会社を一代で興し、中堅企業にまで発展させたという立志伝中の人物である。
どういうわけだか一志のことを気に入ってくれて贔屓にしてくれているので、さすがの彼も頭が上がらない。
「どうも相済みません。その代わり、今日は腕によりをかけて大いに奮発させていただきますからね」
「そりゃ、楽しみだ。今日は畳の部屋で良かったかな」
「へい。その奥のほうで」
「じゃあ君たち、先に上がっててくれ」
社長はそう言うと、一志のほうにまた顔を向けた。まだ話があるらしい。
「また、若いのに逃げられちまったか。なかなかあんたの言う原石が見つからないみたいだね」
「へえ、こればっかりはどうもしようがありません」と頭をかく。
「大将がそんな時に悪いけど、僕のほうは今度逸材を見つけたよ。
なんでも学生の時から、ある会社との共同研究で頭角を現していたらしくてね、卒業してすぐにその会社で採用されたんだが、そこでも大きな業績を上げたというんだ。こんな優秀な人材はそう現れるもんじゃない」
「社長のお眼鏡にかなうようなら、さぞ立派なお人なんでしょう」
「そうなんだよ。ただ……」
しばらく言いよどんだあと、
「今度連れてくるから」と言うなり、片手をあげてその場を離れた。
向こうでは一行はがやがや言いながら、靴を脱いでいる。
「社長、おごってくれるんですよね」
一人がそう言うと、
「馬鹿言っちゃいけないよ」と笑いながら応える。
「ここはね、僕にとっては誰にも教えたくなかった穴場なんだ。でも、今回君たちが本当に良く頑張ってくれたから特別に連れてきてあげたんだ。だから、ほかの人間に教えちゃ駄目だよ」
「へえ、そうなんですか」
そう言う会話を聞きながら、一志はこみ上げてくるものを必死で我慢していた。
こういうお客さんがあればこそだ。あいつなんかに言われなくったって、分かってるさ。
それを俺はどうしていつも、同じ失敗をやっちまうんだろう。
何とかしなければ、何とか……。




