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それぞれのやるべきこと

 次の日の朝、天候にも恵まれ雲なき快晴の空。朝特有の冷気がひんやりと肌に触れる。

 朝から半袖なのがいけないのだが数時間もすれば気温も上がり、暖かくなってくるので一時のガマンガマン。


 目の前には寒さなんて気にならないと言いたげに堂々としているリュオを含めた三頭の馬達。そして同じ半袖で薄着なのに寒さを気にしないでリュオ達と戯れるリーナと、隣で少し寒そうにしている男性村人が一人。隣を見ればヘソだし服装の魔族が眠そうに浮いてと、この世界の女性は寒さになんらかの耐性があるのかと考えてしまう。


 「……なぁ、そんな格好で寒くないのか?」


 「え? 全然寒くないよ。むしろ(ぬく)いぐらいよ」


 「温いって……」


 これを温いと言い放つあたりこれが種族の差かと実感してしまう。けど魔族であるフェルはともかく自分と同じ種族のリーナが寒そうにしていないのが不思議だが考えても答えが出そうにないため興味本意で聞いてみることにした。


 「リーナも平気そうだが……寒くはないのか?」


 「んー、寒いと言われれば寒いのかもしれないけど……こうみえて私、寒いのは平気だから全然寒くはないよ」


 いつも通り朝から元気であるため本当に寒いのは平気なのだな。逆にこれだけ寒さを感じてない様を見せつけられたらこちらの寒さも少しだけ和らいだような気がした。


 「さ、寒さが平気だなんてう、羨ましいですよ……僕なんて寒いのに、苦手だから朝から辛いですよ」


 寒いのが苦手という男性村人だが格好はモロ半袖半ズボンで馬鹿としか言いようがないがそれもこの村に衣類が充実していないのが原因だ。そろそろ夏にはいるから良いものの冬がくればまともに行動できなくなる。それまでには衣類の方も発展させなければならない。


 「悪いないつもこんな役目ばかりで……」


 「いいんですよ……こ、こんな僕でも村の発展に貢献できるなら体の一つや二つ凍えたって構いません」


 「いや、凍えるほど寒くはないだろ」


 彼――ルービスはこの村で最も若い成人男性だ。アマトとメルが初めて来たときも息を切らせながら知らせてくれたりと常に全力なのだが、ヒョロッとしたもやし体型のせいか体力が無く簡単に息を切らしている。その上、寒さにも弱いときたものだからまだまだ弱点はありそうだ。

 そんな彼がカケルの代わりにリーナと一緒に王都へタオル販売に行くことになったのは単純に「お前が一番若いからお前が行けや」という理由で決まったらしい。村人達には念のため確認はしたが決して厄介払いではない。

 

 「さぁ、頑張りますよ! カケルさんみたいにタオルを完売さしてみせます!」


 「おお、その意気だぞルービスッ!」


 闘魂注入の意味でルービスの背中をバシンッと叩くと前屈みによろめくとゴホゴホと咳をしていた。そんなに強く叩いたわけではないのに……先が思いやられそうだ。


 「それじゃあ……そろそろ出発しようか」


 リュオ達を移動式屋台に取り付け終えたリーナの合図のもと各々がそれぞれの屋台に向かっていく。リュオの引っ張るタオル屋台にはリーナとルービスが。先日買った毛並みが白く額に星マークのある馬と茶色い毛並みをした馬が引っ張る屋台にカケルとフェルが乗る。

 昨日は帰ってからひたすら馬に乗り、練習をしたためカケルもなんとか御者台で手綱を握って操れるレベルまで達している。


 「よーしやるぞやるぞ……村のためにも僕はやるぞ……」


 一人ブツブツと自分に言い聞かせるように同じことを言っているが気合いは充分だと受け取れるが、気合いの入れすぎで空回りしないか不安である。

 逆に隣で座るフェルは「ふぁ~」と緊張感のない大きめのあくびをしておりとても眠そう。


 カケルとリーナ、それぞれが初めて接客業をする人を抱えているがやり始める前から不安だらけだ。特にこちらは魔族の首都である魔都で販売をするから命の保証があるのかが疑わしい。フェル曰く、魔都にいる魔族は滅多な事じゃ人を襲わないと言ってたが……絶対にないとは言い切ってくれなかったので冗談抜きで本日が命日となるパターンだってある。

 分からない先の未来を色々と考え込んでしまいネガティブになっていくのは悪い癖だ。もうちょっと明るい未来を考えてポジティブな気分にもなれるようにならないと――。


 「カケルー!」


 「うわぁぁ! ってなんだリーナか」


 人が考え込んでる最中にいつも何の前触れもなく大声で声を掛けるのは止めてほしい。まとまった考え事が飛んでしまうかもしれないがそれ以上に心臓に悪すぎる。


 「さっきから呼んでるのになんで無視するのよ」


 「……悪かったって。考え事してたから気が付かなかっただけだよ」


 「そうなの? 邪魔してごめんね」


 事情を理解すればすぐに謝るのはいいが、だいぶ長い間過ごしているんだそろそろ学習して声の掛けるタイミングを把握してほしいもんだ。


 「別に謝る必要はねーけど……それで何の用なんだ」


 この場合のリーナの用件はたいていどうでもいいことばかりだが、今回はどうだろうか。見た感じ照れるように頬を染めているがどうしたのだろうか。


 「えっと……実は……今日タオルを完売できたら褒賞というか……ご褒美というか……」


 煮え切らない言い方をしているが要は子供が親によくやる《これできたらこれ頂戴》というヤツなのだろうか。普段からそういったお願い事をしたことがないリーナが自分から言うのは珍しい。


 「つまりあれか、今日リーナがタオルを完売できたら俺がリーナに何かあげればいいということか?」


 「う、うん」


 「いいぜ、タオルを完売できたらリーナ求めるものをあげるぜ。……ちなみに何が欲しいんだ?」


 もし等価交換で出せないものを言われたら困るため事前に聞かなければと思い聞いたのだが、他の人に聞かれたくないのかリーナは周りを気にするように辺りを見回していた。カケルもつられて見回すとルービスはまだ自分を鼓舞しており、フェルは半分ぐらい目を瞑りウトウトしている。それ以外に人はおらず、言うなら今しかない。リーナもそう判断したのか意を決したように胸の前で両手を握る。


 「私の……私の頭を撫でてくれませんか!」


 「…………えっ? 欲しいのってもしかしてそれ!?」


 何かの聞き間違いかと思い聞き返すと頬どころか顔全体を真っ赤にしながら頷いた。

 その程度ならこの場ですぐにやれる。だがわざわざリーナが頑張ったご褒美にやってほしいと言っているのだ、今やるのは不粋な真似だろう。それに頭を撫でるだけなら金も掛かることがないからこちらとしては喜ばしい事だ。


 「オーケー、タオルを完売させたら目一杯、頭を撫でてやるよ」


 「ホントに! 嘘じゃないよね、嘘だったら……」


 最後まで言わずに無言で睨んでくる。睨まれることに恐怖を感じるカケルにとっては睨む行為は誰もができる最強の攻撃方だ。


 「嘘じゃないから絶対……絶対にするから睨まないでくれ」


 チンピラに絡まれた気分にも陥り、すっかり心身ともに逃げ腰になってしまっているが当の本人が睨んでいた自覚が無かったのかキョトンと首をかしげ、

 

 「睨む……別に睨んだ覚えはないんだけど……」


 無自覚で睨んでいたならマジ止めてほしい。この調子で定期的に睨まれたら周囲に自分の弱点がバレてしまう。


 「えっと……それで約束は守ってくれるんだよね?」


 「あー守るよ。神に誓って」


 神に誓ったところで神様があれなため自分の中で約束を守るという確固たる意志が低いと感じたため、小指を立ててリーナの前まで持っていく。


 「それと指切りをしようぜ」


 「指切り! ダメだよそんな……私がカケルの指を……指を切るだなんて」


 見事に指切りの意味を勘違いしている。予想はしていたが。


 「違う、指切りはそんな血なまぐさいもんじゃないの。ほら、リーナも俺と同じように小指を立てて」


 戸惑いつつもカケルの言われた通り小指を立てたのでカケルはその小指に自分の小指を絡め上下に揺らしながら、


 「ゆ~び切り~げんまん、嘘ついたら~針千本の~ます。指切った」


 絡めていた小指を解放するとリーナは何があったのか理解しておらず、「今のは何?」と聞き返してくる。


 「これは俺の世界でやる約束を守ることを誓う儀式なんだ。歌の通り、約束を破ったら針を千本呑まなきゃいけないからこれをやると絶対に守るしかないんだぜ」


 「へぇ~そうなんだ。……でも針を千本呑むのもかなり血なまぐさくなるんじゃないの?」


 「はっ、確かにそうだな。最終的に血なまぐさいことには変わりねーよな」


 指切りが結果的にリーナの言う通り血なまぐさいもんだったことに笑ってしまう。リーナも笑みを浮かべている。


 「まぁーあれだな。約束さえ守れば血なまぐさくならないんだからよしとしようぜ」


 「そうよね、そうだよね。針千本は約束を破ったら呑むんだから守れば全然血なまぐさくないね」


 ひとしきり笑い終えるとリーナは「またね」と手を振りながら屋台の御者台に戻り手綱を握り強く弾いた。それが合図となりリュオは緩やかに走り出す。


 「それじゃあ行ってきまーす! 約束破らないでよー!」


 「分かってるって。そっちもがんばれよー!」


 「はい! 頑張ります!」


 後ろを見ながら手を振るリーナが見えなくなるまでカケルはずっと手を振り続けた。

 芯はしっかりとしているが割りと情に流されやすくトラブル事に遭遇しやすいリーナに、人一倍の気合いはあるがそれが空回りしそうなルービスのコンビで不安はあるが、マイナスとマイナスをかけてプラスになる感じで案外上手くいきそうな気もしてきた。足してしまえば終わりだけども。


 「さてと……俺らも行くか」

  

 と言ってもフェルは寝ているため誰も返事を返してくれるはずもないのだが、


 「よーし! 魔都に向かって出発~!」


 「おー! って起きてるぅ!?」


 数分前は確実に寝ていたはずなのにいつのまに目を覚ましていたのだろうか。


 「いつから起きてたんだ」


 「いつからって……最初からだよ」


 そんなわけない。フェルが寝ているところをカケルとリーナの二人は見ていたはずだ。なのに最初から起きていたということは、


 「さてはお前……寝たフリをしてたな」


 「アハハ……バレたか」


 苦笑いで頭を擦りながら申し訳ないという顔で見てくる。寝たフリをした理由はいくらでも思い付く。最も高い可能性は空気を読んで寝たフリをしていたのだがフェルがそんなことをするとは思えない。


 「なんで寝たフリをしたんだ」


 「いやー、アタシが起きてたらきっと気まずいと思ってね……でもでもお陰でリーナとあま~い時間を過ごせたからよかったし、アタシも見ていてごちそうさまでした」


 「ごちそうさまって……前も言っていたけど何に対してごちそうさまなんだよ」


 あの話の内容だったら他人に聞かれるのは恥ずかしいだろうから寝たフリをしていたのはありがたかったのだが、最後のごちそうさまの方が気になってしまう。


 「そんなのカケルとリーナの純愛バカップル的なやり取りに決まってるでしょ! そのやり取りはサキュバスのアタシとってはこれ以上ないご馳走だからもうお腹一杯だよ」


 「……はっ? ちょっとまて、今サキュバスって言ったか?」


 「え? あ、うん言ったけど……あれ? 言ってなかったっけ、アタシがサキュバスだって」


 言ってないし初めて聞いたし驚きだしと軽いプチパニック状態だ。言われてみれば露出の多いその格好はまさにサキュバスだが、


 「サキュバスてあれだろ……寝ている男性に淫らな夢を見させて精を奪うっていう悪魔だろ?」


 暇潰し程度に読む『世界の悪魔大全集』に書かれていたサキュバスについての一文を思い出しながらたずねると、


 「やだな~、それはごく一部の少数派のサキュバスがやることだよ。ア・タ・シみたいな純情なサキュバスは人の愛欲を糧にして生きているのよ」


 純情ならそんな露出の多い服を着るなとツッコミたかったが、あれがサキュバスの正装だとしたら失礼な事を言うことになる。


 「だからカケルやリーナ……あとメルとかの愛欲はとても美味だからつい食べ過ぎてしまうときがあるのよね~」


 「へ~そっすか……」


 これは全部聞いていたら長くなりそうなため適当に返しておく。とりあえず頭のメモ帳に『サキュバスのほとんどが人にとって無害な存在である』と記録しておく。


 「だから私を愛で飢えさせないためにもみんなには一杯、ラブラブしてもらわないとね」


 「ラブラブねぇ~」


 生まれてこのかた自覚のある恋をしたのは彼女しかいないためラブラブするという行為はカケルにはできそうにない。せいぜい友達みたいな感覚のスキンシップができればいい方だ。


 「ちなみに誰もラブラブしてなくて愛欲を得れなかったらどうなるんだ? 死ぬのか?」


 「失礼ね~。その程度で死ぬわけないでしょ! まぁ死ぬほどの空腹は感じるかもだけど……」


 「そうか……それならよかった」


 これで全くラブラブしなくてもフェルが死ぬことがないのに安心し手綱を握ると、


 「ちょっとー、何がよかったのよー。誰かがラブラブしていないとアタシが死ぬ思いをするのよ」


 「本当に死ぬわけじゃないんだろ。俺にとってはよかったなんだよ」


 「うわー! さらっと酷いことを言った! この悪魔!」


 悪魔に悪魔と言われ変な気分だが、隣でわーわーと騒ぎながらポカポカと肩を殴ってくる本物の悪魔を見ると悪魔って何なんだろうと考えてしまう。


 「はいはい俺が悪かったから魔都までの道案内を頼むよ」


 「いや! あと五分は叩く」


 こんなときに我儘を言われるとは、だが全然痛くはないしたかが五分程度の時間なら素直に叩かれ続けようと抵抗することなくきっちりと五分間叩き続けた。


 「もう満足か? なら早く魔都までの道案内をしてくれ」

 

 「……イ・ヤ・だ!」


 一文字、一文字はっきりと言葉を区切り断ってきた。苛つく顔をしながらだ。


 「嫌だって……魔都の場所はお前しか知らないんだから――」


 「嫌なもんは嫌でーす。気分を損ねたアタシはふて寝しまーす」


 「あ、おい!」


 御者台の上で横になるとスースーと可愛らしい寝息が聞こえてきた。体を揺するが起きる気配はない。


 「寝るのはやっ! てか寝るな起きろ!」


 「スースー……」


 もはやこれが寝たフリなのかも分からないが起きてくれないと魔都に行くことができない。


 「起きろ! 起きろって!」


 全然起きない。このままでは今日中に魔都に行って商売を始めるなんて無理だ。それだけは阻止しなければならない。かくなる上は、


 「おーいフェル、今すぐ起きないとお前を荒野のど真ん中に置いてくぞー。お前みたいな美女がそんなところに置いていかれたら極夜の盗賊団の野郎共に体を好き放題にやられるかもな」


 「え、それは嫌だ!」


 起き上がったフェルはニヨニヨと笑っているカケルの顔を見てしまったと目を見開き驚いていた。


 「フェルも起きたことだし魔都まで道案内をよろしくな」


 「ムムム~、アタシを騙すなんてやっぱりカケルは悪魔なんじゃ……」


 「俺の世界では人を騙す奴なんてごまんといるんだから俺レベルで悪魔なら俺の世界は悪魔だらけってことになるな」


 ホントこの世界の悪魔は悪魔らしくない。魔都に行けばフェルのような悪魔らしくない悪魔や魔族がいるのだろうか。


 「師匠の世界が悪魔だらけか……だから師匠は王都じゃなくて魔都に住んでるのかな……」


 「なにブツブツ言ってるんだよ。早く道案内をしてくれ」


 「あー分かった分かったって。なら適当に荒野を走っといて道がそれそうになったらアタシが注意するってことで」


 最初から丁寧に道案内してくれないことに残念な気持ちになるが時間も時間なためそのやり方で進むことにする。


 「……じゃあ行くか」


 手綱を握り弾くと、待ちくたびれていた二頭の馬はヒヒ~ンといななくと足並みを揃えて歩き始め、加速していく。

 練習した甲斐もあって昨日みたいに予想外の動きをすることなく指示通りの場所を走ってくれる。


 ゴトゴトと石だらけの道を走るせいで上下に激しく揺れる。フェルは少し宙に浮いて器用に並行しているので関係ないようだ。

 数時間後、特にフェルからの指示もなく真っ直ぐ進んでいくと鉄のような金属や岩でできた大きな街が見えてきたのだった。

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