偽妹と義妹
謁見の間から出た二人は待機していた客間で反省会……ではなくその道中である廊下で反省会というよりは口喧嘩をしていた。
声のボリュームはかなり大きく、近くにいた兵士達が距離をおいて遠くからその様子を見ている。
「なんで言わなくていいことを言ってるのよ!」
力任せに杖を叩きつけるが、アマトは近くに飾られている盾で身を守っている。木質と金属では木質である杖が傷むに決まっているのにメルはそんなことも気にせずに叩き続ける。それほどまでにアマトの言ったことはダメだったのだ。
「だから昨日言っただろうが! ハンデル村について話してやるって!」
「確かに言ってたけどそれは村の状況の打開のことを言うと思っていたからよ! それを言わずにペラペラと余計な事を言ったから怒ってるのよ!」
あの王様にカケルがハンデル村を発展させようとしている事について知られた。これであの王様はいつでもハンデル村とカケルに何かしらの手を打つはずだ。いや、ハンデル村の存在は魔族を倒そうとする王様にとって重要な存在。それなら王様が手を打つとするとるならば発展させようとしているカケルしかいない。それに神様から喚ばれた異世界人だということも知られてしまっている。
「どうするのよこれから! このままだとカケルの命が危ないのかもしれないんだよ!」
もしかしたら既に手を打たれた場合もある。部屋を出るときに感じたあの背筋の凍るような気配。きっと王様はあの気配を出している人物に暗殺とかを頼んで気にくわなかった人達を排除していたに違いない。
「まだあいつの命が危ないわけないだろ! 少なくとも一週間は猶予があるはずだ」
「結局、危ないのには変わりないじゃない!」
叩く場所を頭から腹に変えて杖を横に振るも、しっかりとその攻撃を見切り盾でガードされる。ついに杖からミシッと嫌な音が聞こえてしまい、これ以上叩けば杖が折れてしまう。
「いいから一旦落ち着けって。こういうときこそ冷静に頭を使って打開策を考えるのがお前の役目だろ」
なんとも都合のいい考えだ。でもこうなってしまったんだアマトの言う通り、叩くのを止めて冷静に今後について考えるべきだろう。これも全部アマトのせいだけど。
「……分かった。これからどうするのか考えてみる。まだカケルが始末されると決まったわけじゃないし」
「それでこそメルだ。俺様のためにも頑張れよ」
いちいち癇に障る言い方をする。これもアマトらしいと言えばらしい。それにアマトに対して今さらこの程度でキレるのもバカらしくて仕方ない。
「じゃあ早く部屋に戻ろ。立って考えるよりも座って色々と考えたいから」
返事を待たずに移動しようとすると向かいから一人の女性が近付いてくる。普通なら無視して素通りするとこだが、彼女にはそれができない。むしろやろうとしても絶対に突っ掛かってくる。
「フッ、この辺がうるさいと思って来てみれば魔女がいるじゃないですか。やはり魔女は野蛮で下品な種族ですね」
やはり突っ掛かってきた。しかも背中まで伸びる金髪の前髪を触れながら罵倒までしてきた。
他の兵士同様、鎧で身を守っているが青を基調とした服の上に胸当てに肩、腰と一部にしか装着しておらず、腰に差してある細く長い剣はいつも手入れしているのか銀色に輝いている。
腰まである青色のマントに青い花の髪飾りを付けと、見るだけで青が好きなのが分かる。
「相変わらずここの騎士団長様は剣の腕だけでなく、口も達者なようですね」
彼女は野蛮な輩からこの街を護る月光騎士団の団長だ。基本的に護るのは月光騎士団の団員で彼女は普段からこの城で兵士達と共にこの城を護っている。
「まぁその辺の野蛮な魔女なんかと比べればね」
メルが城に行きたくないのは王様に会うからではなく彼女と会うのが一番嫌だからという理由が大きい。彼女は魔女を毛嫌いしているため、こちらの顔を見る度にこうして突っ掛かってくるのだから。
「そんなに魔女が嫌いならわざわざ声を掛けずに無視をすればいいじゃないですか」
「私はただ魔女がこの城で暴れないよう忠告しているだけですよ。この城を護るのが私の任務だからね」
毎度同じ言い訳をしてきて腹が立つ。なんで彼女がこういう風に突っ掛かってくるのか魔女という理由以外、思い当たらなかった。
単に魔女だからという理由でこんな難癖をつけられているなら堪ったもんじゃない。
「そこまでにしとけアーシア。俺様がいる以上、メルがこの城で意味なく暴れるわけないだろ」
「……ッ! 魔女を庇うのですか義兄様、それにいくら義兄様がいるからといって魔女がこの城にいるのは問題が……」
「だから何の問題があるんだよ。メルは魔女である前に勇者である俺様の仲間なんだ。だから俺様が城にいるのなら仲間であるメルがここにいるのは問題じゃないだろ」
肩を掴んで体を引き寄せてくる。本来なら無闇に体を近付けられるのは不本意だが、この場合は別だ。散々罵倒されたのだからアマトの義妹であるアーシア・ベルネリアに見せつけるようにメルもアマトに体を委ね、舌を出して小馬鹿にする。
「なっ……!」
イラつきが目に見えるほどアーシアは体を震わしている。アーシアは義兄であるアマトには強く反抗できないためこうなってしまえばこっちのもの。仮に向こうが剣を抜いてもアマトが剣で負けるわけないし、なによりアマトは絶対に守ってくれるという信頼と安心感がある。
「なぜ義兄様はいつもいつも魔女の味方ばかりするのですか!」
「そんなの決まってんだろ。こいつが俺様の仲間だからだ」
魔女にとって嬉しい言葉だがせめて『こいつ』ではなく『メル』と名前で呼んでほしかった感はある。
「では私は……私は義兄様の仲間ではないということですか」
今日はやけに粘ってくる。いつもならアマトが抱き寄せた場面で去るのだが……何を考えているんだ。
「何を言っているんだ。俺様の義妹であるアーシアも仲間に決まってるだろ」
「それならなぜ、私ではなくそっちの魔女を優先するんですか!」
だいぶアーシアの狙いが分かってきた。おそらくアーシアは自分より優しくしているメルに嫉妬してメルのポジションを奪おうと遠回しにアマトに訴えているに違いない。
「それはメルが俺様と同じ志を持っているからだ」
「同じ志……。それなら私も持っています。打倒魔族という志を!」
「違う。俺様達の今の志は打倒魔族じゃない」
打倒魔族が志じゃなくてメルと同じ。つまりアマトはカケルの目指す人と魔族が共存できる村を目指していることを認めている。考えてみれば王様に人と魔族が共存できる村にしていることだけは言っていない。それならカケル達が上手く魔王と話を着ければまだなんとかなるかもしれない。
「打倒魔族ではないなら今の義兄様の志はなんなんですか!」
思考している最中にアーシアの感情的な声が邪魔して上手くまとまらない。早く部屋に戻ろうと下手な事は言うなという気持ちを含め、アマトの裾を引っ張り合図を送る。
「悪い、今は言えない。けどいつかお前にもちゃんと喋るから待っていてくれ。それじゃあ俺様達は作戦会議のため部屋に戻るわ」
一方的にそれだけを告げるとアマトとメルは早々とその場から立ち去っていく。振り返ると一人取り残されたアーシアが手を伸ばしたままその場で立ち尽くしている。
日頃から突っ掛かってくる罰だと思うが少し可哀想な気もするが、あくまでも気がするだけで魔女だとバカにしたのは覆らない事実。しばらく反省していろと念を送り、アマトの隣まで走っていく。
「アマトにしては上出来な嘘だけど……最後の作戦会議は言わない方がよかったよ」
先程のアーシアに侮辱された憂さ晴らしとアマトに八つ当たり発言をする。
「うるせー。困っているのを助けたんだから少しは感謝しろや」
八つ当たりしてなんだが、こういうアマトの態度は嫌いだが本音しか言わない部分はなんだかんだ言って好きだ。きっとアーシアも義妹だけどアマトのそういう所が好きだから側にいるメルにいつも突っ掛かってくるのだろう。もしこの仮説があっているならメルもアマトの偽妹としてのこのポジションを奪われたくないと無意識に思ってしまう。
いつか発展が上手く言ったときアマトは話すのだろうか。そのとき自分はどうなるのだろうか。考えると不安な気持ちで頭がおかしくなりそうだが今はそんな考えをしているわけにはいかない。
アマトが口をすべらせたせいで訪れるカケルの危機を救うためにも今は完璧な打開策を考えなければならい。
――そのためにもアマトの偽妹として、アマトの頭脳として頑張らないと。
そう決意すると足がもつれてしまい派手に転んでしまう。
恥ずかしいという気持ちと急いで立ち上がらないとまたアマトに何か言われてしまうという気持ちが迫るなか立ち上がろうとするとアマトが腕をを掴んで持ち上げるとそのままおんぶして走り出す。
「ったく、お前はめんどいやつだな」
乱暴なおんぶの仕方だったが背中越しからアマトの温もりが伝わってくる。こんな子供扱いされるのも嫌だが、アマトのこういう優しい行動は素直に喜んでおくべきだ。
「それはこっちの台詞だよ……でもありがと」
アマトには聞こえない声で囁くとメルはそのまま部屋まで軽く寝てしまった。
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コツン、コツンと誰も配備されていない廊下を一人アーシアは歩いていた。いつもなら見張りがいないことに腹をたて、兵士達に文句の一つや二つを言うところだが今はそんな事を言う気力すらなかった。
それは数分前に義兄であるアマトと話した内容が原因だった。十年前の幼き頃に自分の身を危険にさらすと分かった上で打倒魔族の志を持ったはずなのに、今は別の志を抱いていると言われた事がショックでおぼつかない足取りで何処に行くわけでもないのにただこうして廊下を歩いているのだ。
「きっとこうなったのも全部魔女であるあの女が原因だわ。あの魔女は頭がいいから義兄様に何か吹き込んだに違いないわ」
魔女がいけないんだ。全て魔女が悪いんだ。全ての元凶であるあの魔女を排除しない限りこの問題は解決されないはずだ。はずなのにどうしても魔女に手を出すことが出来なかった。義兄のアマトが側にいるせいで。
魔女はいつも義兄の側から離れることはなく常に一緒だったため始末しようにも始末できなかった。だからといって魔女が一人になったところを襲撃して始末することもできなかった。義兄があの魔女を信頼し大切に……自分よりも大切にしているからもしあの魔女を始末しようなら確実に義兄は犯人を突き止めて復讐するはずだ。それだけは嫌だ。自分の為にではなく、魔女の為に剣を振るう義兄を見るのだけは嫌だ。
だから魔女に手を出すことができずにちまちまとした嫌がらせをして自ら離れるようにしてきたのだが今回でそれが無意味だと分かってしまった。これでもう二度と魔女の手から義兄を解放することはできない。隣で戦うことも笑うことも話し合うことも一緒にいることも……。
そろそろ日課である剣術の訓練の時間だがメンタルブレイクしている今、剣術の訓練をしたところで絶対に身の入らない訓練にしかならないし、不注意で怪我をする可能性だってある。だからといって剣術をサボるわけにもいかなかった。サボってしまえば兵士や騎士達の示しにならない。
味わったことのない葛藤に頭を抱えながら歩いていると廊下の角から人の話し声が聞こえてきた。
おそらくこの辺りを担当している兵士なのだろう。声の数からして間違いなく二人はいるはずだ。二人もいるのに警備がなってない事を言ってやろうとふらつく足をシャキッとさせ廊下の角まで近付いていくと――。
「なぁ、さっき謁見の間にいた奴から聞いたんだけどよ……なんでも勇者アマトが魔族討伐をすっぽかして村の発展をしてるらしいぜー」
話題にアマトの名前が出てきた。それだけでアーシアは兵士の元に行くのを止め、隠れるように角近くの壁にぴったりと引っ付き話に耳を傾けていた。
「あぁ、それ俺も知ってるぜ。あれだろ異世界から来た人間との勝負に負けて仕方なくやってることなんだろ?」
話を聞いて信じられなかった。義兄が負けるなんて。アーシアにとってアマトは誰にも負けない完璧で最高で最強の勇者な義兄なのだ。それが異世界から来た人間に負けたなんてとても信じられなかった。
「そうみたいなんだけど……どうやら仕方なくやってるって感じじゃなくて割りと乗り気でやってるみたいらしいんだよ」
「マジで? 発展させる村ってたしかハンデル村だったよな?」
「そうだぜ。あの無法地帯の場所にある村だよ」
無法地帯に存在するハンデル村に乗り気でやってる発展作業……もしかしてあのとき義兄が言っていた別の志とはこの事ではと考えてしまう。
もう少し情報がほしいがこれ以上は盗み聞きしてはいけないという心の中の良心が訴えかけてくるが、今から出ていって話を聞くなんて事は立場的にも自身のプライドも傷付けるため自らの良心を裏切り耳を傾け続ける。
「そうかー。にしても勇者も落ちたもんだよなー」
「だよなー。このままずっと王様の言う通りに裏で魔族と戦っていれば金も名誉も女も手に入るのにな」
情報がほしいから盗み聞きしているのに悪口ばかり言い始めたのに腹が立つ。今すぐその場で斬り伏せたいがそんな事をすれば盗み聞きがバレてしまう。苛立つ心を落ち着かせ二、三回深呼吸するとそのまま話を聞き続ける。
「なに言ってんだよ。女ならとっくにいるじゃないか」
「そう言えばそうだな。小さくて可愛らしい女がいたな。アハハハ」
絶対にあの魔女の事を言っているに違いない。この様子からして他の兵士達は魔女に関しては勇者がいるから大丈夫という認識になっているんだ。これはいずれ正しておかなければ後で魔女に痛い目をあってしまう。
「もしかしたらあれじゃね? ハンデル村に女ができたから乗り気でやってるじゃないか?」
「なるほどな。もしかしてその女が異世界から来た人間じゃねーのか」
「ありえるな。それなら負けたことにも納得いくよな」
ありえない。たとえ女だろうと義兄が手加減するわけないし負けるわけがない。それに義兄に女ができたなんて断じて信じたくない。そもそもこいつらの話てる内容がだいぶズレてきているのに今更ながら気づいてしまった。
「これ以上は聞いても無駄だわ。それにこれ以上いれば手が出てしまいそうだし……」
ため息をつき、壁から離れ足音を立てないよう元来た道を引き返そうとすると話していた兵士二人組がこちらに近付いてくる足音が聞こえてきた。
盗み聞きしていたことをバレたくがないために咄嗟に近くで置物として立てられている甲冑の陰に隠れてしまった。二人が真っ直ぐに進まず、曲がるかもしれないのに即行でバレそうな所に隠れてしまった自分の軽率な行動を後悔してしまう。もうこの場から動けないためこちらに来ないことだけを祈りながらただじっとするしかなかった。
「はぁ~、本当にハンデル村に可愛い女がいるなら俺も行ってみたいもんだよ」
「たしかに勇者が夢中になるほどの女がいるならたとえ無法地帯でも行く価値がありそうだよな」
「だよな~」
離れていく声と足音。どうやら曲がらずに真っ直ぐ行ってくれたようで何とか助かったようだ。
ゆっくりと甲冑の陰から出ていき、角まで行くと顔を覗かし左右を見渡し誰も居ないことを確認するとそそくさと兵士達の言った反対側である左側へと歩いていく。
「盗み聞き一つでここまで危険な思いをするなんて……二度と盗み聞きなんてしたくないわ」
思い出すと恥ずかしさのあまり、頬が紅くなっていくのを感じながら歩く速度を上げる。少し遠回りだが城で借りている自分の部屋まで戻っていく。それは恥ずかしい気持ちを抑え込むためにベッドの中に入り込んで一人になりたいためではない。
明日……いや明日は色々と予定があるため明後日にハンデル村に行くための準備をするためだ。
「今後の事を考えると一度、義兄様がなんのためにあの村を発展させようとしているのか調査しておかないと……決して女がいるかどうかをか、確認するためじゃありませんよ」
別に誰かが聞いているわけでもないのに、ブツブツと一人で呟きながら言い訳をして部屋まで戻る。この事は誰にも知られたりしてはいけない。やるなら気づかれずにひっそりと行動しなければならない。
頭の中で念入りに計画をたてながらアーシアは密かに"義兄様に女ながいませんよう"にと心から祈っていた。




