決着
やられた。完全に流れが向こうにいってしまった。
メルが最後に黒のジョーカーを取り、場がまたシャッフルされた状態で回ってきたカケルの番なのだがこうなるともうどうすることもできない。
頼みの綱であった赤いジョーカーもメルに取られ挙げ句の果てには戻したカードを全て取られるなんて。ここまでやってカケルは自分が油断していたのだと実感してしまう。
それなりにこの神経衰弱の勝算だってあった。アマトが無闇に場をかきみだしこっちが有利になるものだとも思っていたが実際は違った。
何故こうなってしまったのかはおおよその検討はつく。それはカケルがメルのことを頭だけの魔法使いだと勝手に思ってしまったことだ。
おそらくだがメルは目がというよりは動体視力がかなりいいのだろう。先程赤いジョーカーを取った後のシャッフルをするときメルはずっとカードを見ていた。それに最初のトランプを見せたときからシャッフルをするときまでメルは一度もトランプから目を逸らしていなかった気がする。
もし本当にメルの動体視力がよく、シャッフルした後のカードの位置をある程度覚えていたのだとしたら赤いジョーカーを狙って取ったことにも説明がつく。
そしてアマトに順にめくらせるように指示したのは何処にどの数字があるのかの確認ではなくきっと自分が記憶した数字が何処まで合っているのかの確認だったに違いない。
――くそっ! ようやくメルの手口が分かったって言うのに……
そう今になってメルの作戦について知ったところでもう時既に遅し。黒のジョーカーを最後に取ったのだってきっとカケルとリーナに一組も取らせないための作戦に違いない。
あきらめムードの中、カケルは右端上下の角をめくるも十とQであっというまに自分の番が終わってしまった。
――あーあ、ここで終わりか。リーナには悪いがこの勝負は俺らの敗けだ
チラッとリーナの方を見ると、先程のメルに言われたことを気にしているのか深く沈んでいた。
――リーナもダメそうだな。はぁ~、俺は一体どうなるんだろな
この気分を例えるならこの世の終わりだろうか、分かりきった結末のせいで足掻く気にもならない。
――結局俺は何も出来ずに終わるのかよ
絶望的な状況のなかアマトは既にカードをめくり、神経衰弱を進めていた。
「ちっ、ハズレか……だが別にこれでいいんだろ?」
今まで通り左上から順番にめくるアマトはJと四で揃わなかったのだがアマトは格段悔しがる様子もなくメルの方を見る。
「ええ、後は私が全部取れるからもうアマトの番はこないわ」
それはカケルの番もこないという意味を含んで言っているのだろうか。まぁ今のメルを見るとハッタリでもなんでもなくただ単に全部取れるという確信を持っているのだろう。
「ここまでかな……」
出た情報も少なく、リーナが上手くやれても取れるのはせいぜい二組だけだろう。
二組だけでは追い付くことも出来ず、そのままメルの番がき、全部取られて敗けるという展開だろう。
「すまないなリーナ。俺が不甲斐ないばかりにリーナにまで迷惑かけることになって……」
リーナに言葉ばかりの謝罪をするも、返事が返ってこなかった。
今までならカケルが言ったことに対してリーナはすぐさま返事をしてくれるため、返事が返ってこないのに疑問を持ちリーナの方を見ると、リーナはじっとトランプを見つめていた。
「リーナ……?」
呼び掛けても無視をするリーナ。これはいわゆる何かしらのスイッチが入って極限の集中状態になっているということなのだろうか。
でもこの神経衰弱は運と記憶力の勝負。いくら集中したところでこの勝負に勝てるだけの量を揃えれるとは思えない。
「……」
リーナの沈黙が伝染したかのように周りも静かになる。
皆の視線がリーナに集まるなか、それを意に介さずリーナは左端の三行目と四行目をめくる。
「……」
「嘘だろ……」
「何も知らない状態で九を揃えるなんて」
メルの言う通りだ。この状況で躊躇せずめくり、さらには揃えるなんて。
カケルはリーナにナイスと声をかけようとしたがリーナは揃えた九をすぐに手元に置くと続けて三列目の三行目と五列目の一行目をめくると両方とも二でまたもや揃える。
「なっ……またかよ」
リーナはこれにも無反応に揃えた二を手元に置き、二列目の上下をめくり、今度は四を揃えた。上はアマトがめくったお陰で四だと分かっていたのだがリーナはまるで下も四だと最初から分かっていたかのようだった。
「どういうことよ。なんでこんなにポンポンと揃えられるのよ」
「リーナ……」
気づけばリーナは既に四列目の一行目とカケルのめくった右の上角をめくり十を揃えていた。
「並ばれた……」
三連続揃えるのに成功したリーナの勢いは止まることをしらず、一行目の三列目と四行目の四列目のJと五列目の三行目とアマトのめくった左の上角をめくり、二連続でJを、計五回連続で揃えメル達を逆転した。
「なんで……一体何が起こってるのよ」
「おいどうしたんだよリーナ。急にこんなにも連続で揃えるなんて」
いくら声をかけても反応しないリーナにやはり何かおかしいと思ったカケルは横から邪魔にならない程度にリーナ顔を見ると、リーナの目はいつもと違う目付きをしており、集中しているだけでは説明がつかない。何て言うのだろうか、これは何かがリーナに憑依しているようにしか見えないのだ。
カケルがリーナの顔を見ている間に五列目の二、四行目の八を揃えていた。これで六連続。
「なんなの……なんなのよ!」
メルの嘆きもリーナには届いておらず二行目左端とカケルのめくった右の下角をめくりQを揃え、七連続を達成した。
「……ん? おいメルこれ次取られたら俺らの敗けじゃねーか?」
「ええそうよ。分かっているのよそんなことは! 分かってはいるのよ……」
いくらメルが何処に何の数字があるか分かっていた所で自分の番が来なければなにもすることができない。残りのトランプの枚数は後八枚。つまり後四組分しかない。カケル達とメル達の今の差は四組分。ここでリーナが揃えればその場でカケル達の勝ちが決まり、揃えられなければメルの番になり残りの四組を取られ同点になる。
同点だった場合の事を決めておらず、同点になれば別の手段、もしくは奇数になるようトランプを並べ直しての延長戦しか方法がない。
延長戦になればこちらの勝てる可能性が低くなる。だから今、この勝てる瞬間を逃すわけにはいかない。
「頼むリーナ」
両手を合わせ、意味があるか分からないが必死にリーナに勝利の念を送る。
「……」
長い思考の末リーナがめくったのは六列目の四行目。数字はK。次の瞬間、この神経衰弱の勝敗が決まる。
みんなが息を呑みリーナを見つめるなかリーナが選んだのは三列目の一番下。
そのカードを手に取り、一瞬なにか躊躇するように迷いを見せると意を決したようにめくる。
「嘘だろ……」
「……なんでなのよ」
リーナがめくった場所から現れたのは王冠をかぶり髭の生やしたおじさんの絵。つまりKだ。そして、Kを揃えたカケル達の取った組数は十四組。向こうの組数は九組。残った組数は三組。つまりこの瞬間、カケル達の勝ちが決まったのだ。
「勝った……勝ったんだ。ん~よっしゃっあ!」
カケルは嬉しさのあまり拳を天に突き上げながら立ち上がるとそれに反応するようにサザンと男性村人も声を上げながら喜んでいた。
「リーナ、リーナ、俺ら勝ったんだぞ」
横でぼんやりと座っているリーナの肩を揺らすと、リーナは目を二、三秒閉じる。
「……え? 勝ったって……?」
目を開けポカーンとしていたリーナは辺りをキョロキョロしていた。まるで今自分が何処にいるのかを確認しているかのように。
「あっ、ホントだ勝ってる」
「勝ってるって……さっきまであんなに揃えていたのに……」
「揃えた? 私が?」
まだリーナは今の状況が掴めていないようで話が噛み合わない。やはりあれは極限の集中状態だったのではなく本当に何かがリーナに憑依していたのでは……。いや今はそんなことを考える必要はない。逆に考えるのが怖いからな。
「まぁリーナのおかげで勝てたんだってことだけ分かってくれたらいいから」
「そう……なんだ。ならもう終わったってことでいいの?」
「あぁそうだよ。これも全部リーナおかげだよ」
「そう……ならやっとカケルに言いたいことが言えるよ」
少し俯き妙な間を開けるリーナに一体何を言うんだろとドキドキが止まらない。
「……なんで私の事を婚約者って言ったのに私を巻き込んだの」
「……へっ?」
「普通婚約者を決闘に参加させる? しかもアマトを釣るためにだし、今回は勝てたからいいけどカケル、私より先に諦めていたよね。それってどういうこと!」
次々と出てくるリーナの不満にカケルはよろけ椅子が足に当たる。
「自分で言うのもあれだけど私、今かなり怒っているからね!」
「わ、悪かった。それに関してはホントに悪かった」
リーナの言っていることはどれも否定できないもので改めて自分の行った行為が相手の気持ちをどれだけ傷付けたのかを教えられた。
「……ホントに悪いと思ってるの?」
「あぁ思っているよ。俺の勝手な行動でリーナをひどく傷付けてしまったって。だから本当にスマン!」
腰が直角九十度になるよう深く頭を下げカケルがどれだけ反省しているのかを形で示す。
「……ん~まぁ今回は特別に許してあげるわ」
「ホ、ホントか!?」
思わず頭を上げ、笑みがこぼれてしまう。
「カケルには色々助けてもらってるからね」
「……リーナ」
「でも次はないからね」
ホッと一息、椅子に座ろうとしたカケルに冷たい眼差しで釘を指すように言ってきた。
「お、おう」
これは今度やったら確実に殺されるなという感覚が身体全体に走りわたる。
「なんで……なんで……」
「ん?」
声が聞こえ、そちらを向くとメルが俯きながらスカートの裾を握りしめワナワナと肩を震わしていた。
「なんで私が敗けるの。こんなまぐれ当たりの奴に。なんで……」
「メル……」
メルの言いたいことは分かるがさすがに言い過ぎというか往生際が悪いというか。
「私は勝たなきゃいけないのに……敗けたらダメなのに……敗けたら私の生きる意味が……」
キラリとメルの目元から一粒の涙が流れ落ち、地面に落ちる。
「おいメル……」
「ッ!……アマト……」
ビクッと肩を震わせ恐る恐るメルは顔を上げ、アマトを見る。
「ア、アマト。ごめん自信満々に勝つって言ったのにあんな敗けかたして……」
メルの言葉が聞こえていないのかアマトは一言も喋らずただじっとメルを見ている。
「ごめん。謝っても許されないことは分かってる……」
ずっと謝り続けるメルにアマトは右手を上げていた。
「おいアマト何するつもりだよ」
この緊迫した場面に涙目で謝るメル。この状況でアマトが右手を上げたってことはやることは一つしかない。
「……ッ!」
メルも察したのか目をキュッと瞑り、アマトの攻撃に耐えようとしていた。
「アマト止めろッ!」
そう言ったのと同時にアマトは右手を下ろしたがパチンッ! という皮膚と皮膚が弾く音は聞こえてこなかった。それもそのはずアマトの右手はメルの頭の上に置かれていたからだ。
「……えっ?」
「俺様だってそこまで馬鹿じゃねーからな。メルが俺様のために頑張って勝とーとしてくれたのは分かるぜ」
きっとメルもアマトがこんなに優しくしてくれるとは思っておらず動揺を隠せないでいた。
「アマト……でも私は勝たないと……私の生きる意味が……」
「生きる意味? そんなのかんけーねよ。人が生きるのに意味なんていらねーんだよ。頭良いのにそんなのもわからねーのか?」
「生きることに意味はいらない……で、でもアマトが私に勝つことが全てだって……それで私は……」
「はぁ!? お前、それは俺の人生論でお前を仲間に引き入れようとしただけで別にお前の生きる意味を与えるために言ったんじゃねーんだぞ」
「えっ!? そんな……それなら私の生きる意味は一体……」
余程ショックだったのかメルはまた俯き何度同じ言葉を繰り返していた。
「はぁ~ったく世話のかかる奴だなホントお前は。なら自分がやって楽しいと思うことを探せよ。そうすればそれが生きる意味になるはずだぜ」
かなり無茶苦茶な事を言っている気がするが妙に説得力があるのはアマトが勇者ならなのだろうか。
「自分がやって楽しいと思うこと……分かった。私探してみるよ。自分がやって楽しいと思うことを」
やっとニコッと笑ってくれたメルにアマトも何処か嬉しそうだ。
「それでいいんだよ。お前は泣き顔なんかよりも笑った顔か無表情な顔が似合うんだからな」
「それってどういうことよ」
アマトの言ったことが冗談なのかどうかは分からないが今のおかげでメルもいつもの調子を取り戻せたような気がする。
「さてと、メルも元気になったことだし、早く俺らに命令しろよ」
「あぁもちろんそのつもりだよ」
この決闘に敗け方が勝った方の命令を何でもきくという条件でカケル達はやっていたんだ。ここで命令しなければ必死に戦った意味がない。
「じゃあ俺から命令するけど……いいか」
「私は後でいいよ」
後でということはリーナもアマトらに命令したいことがあるということなのだろうか。気になるが今はそんな詮索をしている時ではない。
「では言うぞ。俺がアマトとメルに命令することは……」




