新聞係、休息
お待たせしてすいません
「せっかく本田もいるしさ……マンガの紹介とかどう?」
竹原が提案した。
マンガの紹介……いや別に俺はいいけどさ。
「先生がOKするかそれ」
疑問を呈す。
竹原の困惑の表情がありありと見て取れた。
「いやアイデアはいいと思うけどさ、学校ってやたらとマンガに厳しいじゃん。小説はOKなクセに」
絵があるって事を除けば活字メディアである事に変わりはない。
そのはずなのに学校教育と言う物は小説は積極的に読めと勧めて来るがマンガの読み過ぎは良くないと断罪する。
これはおかしいと思うんだけれども、俺だけか?
まあそんな事はおいといて……。
「まあ聞いてみるよ。ダメならダメでまた考えればいいし」
「じゃ、本田任せた」
金沢が背中を叩く。
「いって、何すんだよ!」
「そんな強く叩いてないから」
少し語気を強めた金沢に俺は「いきなりされると痛みって増すんだよ」と不機嫌に言い切った。
「あ……ケンカしないで……」
桜井がか細い声でなだめる。
竹原もそれに便乗し「やめろよ」と。
まあはっきり言ってケンカほどむなしい物もないし、そのまま打ち切った。
むやみやたらに引きずるのはあんまいい事でもないしな。
「で、金沢。お前のアイデアはなんなんだ?」
「あたし? 四コママンガとかかな」
危機感を覚え尋ねた。
「……誰が書くんだ?」
「さあ。一学期って四か月だから四人で一回ずつ?」
「俺描けないんだけど絵」
そんな俺にとっては朗報と言うべきセリフを金沢は口にした。
「絵はあんた以外が描けばいいじゃん。あたしが言ってるのは話の方」
「あ、よかった……」
心の底から安堵のため息を漏らした。
そこで業間の終了を告げるチャイムの音が鳴り響いた。
「そうだ、桜井にインタビューの許可誰か取っといて」
誰からともなくそんな言葉が発せられた。
「へえ、インタビュー、採用されたんだ」
隣の席からの声に「ああ。サンキュ」と返す。
「でもどっから聞いたんだ?」
「聞こえてきたの。近くを通った時に。それで次は国語だっけ」
「え、算数じゃねえの?」
「ウソ」
「いや俺も自信ないんだけど」
なんて話しているうちに先生が入ってきた。
授業は、結局国語だった。
「ほら」
「いやなんでそんな自慢気な顔してんだよ」
さっきまで自信なさげだったくせに。
そんなこんなで淡々と授業は進み、昨日と同じように給食の後はトランプをして遊んだ。
この間、岸原と何か話せる訳でもなく、先生にマンガの件を話せる訳でもなく、牧原も自分の友達と話すうえに何も話す事もなかったから実質桜井についても佐藤についても新聞についても何の進展もなかった。
いや、一つあるな。月曜、佐藤にインタビューをする許可を取れたってのを、金沢が伝えて来た。
まあ、それだけだ。
そして掃除が始まる。
「ところでなんでかなえに?」
え? 一瞬何の事だかわからなかったけど、「かなえ」が佐藤の下の名前だと言う事に思い至り気付く。
「インタビュー? ああ、ピアノが上手いじゃん……」
「それはそうだけどさ。なんでそんな理由見付けてきてまでかなえを選んだの?」
「う……」
それを突かれると弱い。あの夢の事をこいつに話す訳にもいかんしな。
でもどうやってごまかそうか……。
そう思案していると牧原が冗談めかして笑った。
「やっぱり本田君、かなえの事……」
「殺すぞ」
「ごめんごめん」
まあ、そういう事にしとくのが一番楽か? いやでも。そう誤解されるぐらいなら、いっそ俺の超能力ぐらいばれたっていい。
問題は、桜井の夢が超能力絡みだった場合に、不用意にあたりに言いふらすと面倒な事になりそうなのだ。
あの気弱そうな桜井が興味本位の視線に耐えられるとはとうてい思えない。
俺だってそんな鉄のメンタルは持ち合わせていないだろうし。
俺の夢について岸原に話したのだって結構複雑な事情があった訳だし。だからこそあいつはこの事を知っても俺と変わらず接してくれるんだけど。
「でもなんでだろ……」
「掃除すんぞ」
冷たく言い放ち、会話を中断させた。
さあて、これからどうごまかそうか……。
今は切り抜けたけど、今後はぐらかせる保証はどこにもない。
出来る事なら早いとこはっきりさせておかないとな。事情を知らないまま隠し続けるなんて芸当、俺には出来そうもないし。
幸いな事にこれ以上の追及はなく、そのまま掃除の時間は終わった。
掃除の時の事などなかったかのように五、六時間目の授業を受け、今日一日が終了する。
ただし、こと俺に関して言えば、まだ仕事は残っているのだが。
「さあて、先生んとこ行くか」
「え? なんで?」
「新聞にマンガ紹介載せていいか聞くんだよ」
「へえ」
牧原に答えるとそのまま先生の机に歩を進めた。
教室にはもうだいぶ人が少なくなっている。
「お、どうした本田?」
「あの、一つ聞きたい事があるんですが」
「なんだ?」
「新聞にマンガの紹介載せていいですか?」
しばしの沈黙の後、先生が口を開く。
「ダメだ」
「そうですか」
特に粘着する様子も見せず振り返ろうとすると先生がいきなり「ちょ、ちょっと待て」と言って来た。
「はい? なんでですか?」
「そこはこう……なんでダメかとかの理由を聞くもんだろ普通」
「生徒に普通を押し付けないでください」
「う……すまん」
完全に論破した形だな。
「で、何を言いたいんですか?」
「いや教師ならダメと言うべきなんだろうが、先生だってマンガが好きだし、マンガだって活字の一部だし、それだけで批判するのも違うかなあとな」
しどろもどろになりつつある先生に助け舟を出した。
「ああ、つまりOKって事ですか」
「そういう事だ」
「へえ、先生も好きなんだ。例えばどんなの読むんですか?」
純粋な好奇心から出た質問だった。しかし先生は少し戸惑う。大方どの本を紹介するのか迷ってるんだろうけど。
「例えば……アオイ」
「へ?」
間の抜けた声が漏れる。なんでこんなとこでいきなり桜井の下の名前が?
「どうかしたか? 青井拓也って言おうとしたんだが」
あ、なるほど。とは言ってみたけれど、聞いた事ないな。
「へえ、どんな作風なんですか?」
「基本的にはミステリーだな。それ以上は自分で読んでみた方がいいよ」
それもそうだ。こんなとこでネタバレしたところで全く意味がない。
「それもそうですね。今度また読んでみます」
実はこの裏に先生のある思惑があろうなんて、全く思いもよらなかった。
「どうだったよ」
どうにも俺を待っていてくれたらしい岸原が聞いてくる。
「OKらしいよ。先生もマンガ読んでるし、だってさ」
「え、マジかよ」
「おお、マジマジ。青井拓也ってマンガ家おすすめされたし」
「マジかあ。ってかここでもアオイか。アオイつながりってか、なんか縁があるな」
「よな? ひょっとして桜井となんか関係してたりしてな」
はははと笑う。さすがに冗談だろうなとお互いわかっていたから。
「よっしゃ、帰るぞ」
そう言う岸原に「おう」と返した。
その後、とりとめもない事を話しながら家路を歩いた。
やれあのゲームが面白いだの、やれマンガの方がゲームより面白いだの。
いつも通りの日常だった。
「今日一回帰ってからおまえんち行っていいか?」
「ああ……いいんじゃね?」
お互いに家を行き来して遊ぶなんて事も日常茶飯事だ。誰かの家でゲームしたりゲームしたりゲームしたり……。
ま、要はゲームして遊ぶって事で。
俺自身ゲームは友達と話を合わせる程度に軽くしているぐらいだがまあ円滑なコミュニケーションを取るためには必須レベルな訳で。
だからやめる事は出来ない。
さてと。
炊飯器のスイッチ入れたし風呂も洗ったし。
あいつが来る前に宿題でも片付けるか。明日は土曜日だけどな。
宿題はとっとと終わらせるに限る。これが小学校六年間の間で俺が学んだ鉄則だ。おっと、まだ五年と数日か。
早く終わらせとくとその後の時間を宿題に気を取られる事なく有意義にもとい楽しく過ごせるのだ。
……
……よし、出来た。
ふと時計に目をやると帰ってきてから三十分たっていた。そろそろあいつが来る頃だな……と思っているところにちょうどインターフォンの音が鳴り響いた。
応答するために受話器もどきを手に取る。
「はい」
「おー本田、来たぞ」
「おう、あがれよ」
一応万が一他人だった可能性も考えて丁寧に応答したが一切意味を為さなかったらしい。
「それでよう」
「おう、なんだ岸原」
手には携帯型ゲーム機。家は母子家庭だけど別れたと言うかなんと言うかな父親が金持ちらしく、幸いな事に母さんにちゃんと慰謝料と言うか手切れ金? は支払ってくれている。らしい。
だからなのか、小さな頃の俺が「お金大丈夫?」と子どもらしからぬ発言をした時も母さんは「ええ、大丈夫よ」と答えた。らしい。
どうにもそんな小さい頃の記憶は忘却の彼方に飛び去ってしまっている。
岸原は俺のそんな回想にもお構いなく――もっとも外に出していないのに構ってもらえるなんてちっとも思ってはいないが――話し始めた。
「桜井ってさ……やっぱ予知夢見んのかね?」
やっぱりか、と苦笑する。今こいつが俺に向かって改まって話すような事なんて、このネタぐらいしか思いつかなかった。
「さあ。現在絶賛調査中だからなあ……」
「いやさ、あれからいろいろ考えてみたんだけどさ」
ゲームをポーズして、俺に目を向けると、きっぱり言い切った。
「さっぱりわかんねえ」
……だろうな。そんな改まって言う事じゃないとは思うが。
「いやこっちも全然わからん。インタビューにしてもまだ出来てないし」
「で、だ。いくらなんでも手掛かりが無さ過ぎると思うんだけどさ……」
「えっと、お前あの夢についてどこまで知ってんだ? 永井が絡んでる事とか言ったっけ?」
「え、永井?」
茫然とした表情を浮かべ聞き返して来た。
「あっちゃあ、そういや言いそびれてたな俺」
大げさに頭を抱えてみせると、そのまま件の夢についてディテールまで詳しく教えた。自分でも意外なほどに、何日か時が経ってもあの夢の光景は全く色あせていなかった。
「永井がいたんかよ。なんで教えてくれなかったんだよ」
視線が痛い。いや悪かったって、だからそんなにらむな。
「すまんすまん。ただあん時はただの夢かと思ってたじゃん?」
正直に言うと、あの時から違和感はあった。だけど、それを無理に封殺していたのだ。
そんな細かい部分を説明するのも面倒だし、口にはしないけど。
「まあなあ。今だって俺も信じ切ってる訳じゃねえしなあ」
「それは俺もだよ。どちらかと言うと俺はあれが予知夢だって考えてはいるけどな、もう」
「マジか。ううむ……」
沈黙が一瞬訪れたが、すぐに岸原が言葉を発する。
「……って事は、佐藤が……」
ものすごく今更な現実を今更自覚したのだろう。
「もしそうなら、だけどな。ただ、俺がそう思う根拠は上手く説明出来ないんだよ。ただ普通の夢と明らかに違うって感じなんだが……」
言葉で説明しようとしても言葉の隙間から感覚がこぼれ落ちていく気がして、結局具体的な説明はほとんど出来ないままに終わった。
「まあ直接見た奴にしかわからないみたいな?」
「そういう事にしといてくれ」
「で、結局今出来る事は?」
そう尋ねてくるこいつに俺は自信満々に断言した。
「ない」
もっとも、自信を持つ事じゃないと言われればそれまでなんだけど……。
その後は普通にゲームしたりゲームしたりで六時まで過ごし、いつも通り別れた。
……ヒマだ。
ただただヒマだ。
宿題を早めに終わらせた代償ともとれる退屈な時間。
明日になればマンガでも買いに行けるんだが、あいにくこんな時間から外出する趣味は俺にはない。
ってな訳で、ぼーっとテレビを見ながら時間をつぶす。
無為に流れゆくニュースはむしろ俺を思考の深淵へと促す。
取りあえず、仮に桜井が予知夢を見ると仮定して考えよう。
そうすると佐藤は自ら命を絶つ事が――正確にはそうしようと試みると言う事が――確定的になる。
その原因は……インタビューの時を待たないと手掛かりすら掴めない。
そもそも掴める保証なんてどこにもないんだが。
「あーもう!」
行き詰まった思考は言葉と言う形をとって口からこぼれ落ちる。
もっとも、その言葉は意味を為さない物だったが。
何もする気が起きないままに、ふてくされたようにうつぶせになるしか残されていなかった。
「ただいまあ」
母さんの声が聞こえふっと我に返る。
俺、寝ちゃってたみたいだ。
「ん、お帰り」
「じゃ、料理作っちゃうから、ちょっと待っててね」
その後は今までとなんら変わる所のないままに眠りまでの一直線を辿った。
今日の夢は、と言うより今日の夢もおかしい所が不自然なまでに存在しなかった。
翌日。土日の朝食は母さんが昼まで寝るせいで、適当にパンをトーストしてそれに目玉焼きを併せるぐらいの物になる。
野菜不足なきらいがあるからそれを補うためにフルーツがあれば食べるし無ければ野菜ジュースをそこに併せて必要最低限の栄養はとれる。はず。
さあて、と。
飯も食った事だし。
早速青井拓也のマンガを買いに行って来ますか。
図書館は近所にないけど、幸いな事に古本屋がある。
先生のあの口ぶりからして青井拓也は最近のマンガ家って訳でも無さそうだし、たぶん置いてるだろうと見込んでの事だった。
果たしてちゃんと置いてあった物だから思わず安堵のため息をつくはめになったけれど。
「あ、これお願いします……」
「……円になります」
レジにお金を置くと、「あ、レシートと袋要りません」と断ってお釣りを受け取り、そのまま店を出た。
読書の醍醐味って、買ってから読むまでの時間もあると思う。
どんな話なのかをあれこれ妄想するのも楽しい。
はやる心すら楽しめるし。ま、それは俺だけかもしれないけど。
「ただいま……まだ寝てるのか」
さあて、と。
マンガを開いた。
……何これ。
すげえ好み。
いやまあ人によって評価は分かれそうではあるけど、俺の好みにはジャストフィットしてる。
なんで今まで読まなかったんだろ……とまあ、そんな事まで考えてしまうぐらい。
こう言う今まで知らなかった面白いマンガを開拓していくのってものすごい嬉しい物だと思う。
「おはよ……」
母さんが起き出して来た。で、ふっと時計を見ると、もう昼十一時。いつのまにそんなに時間が経っていたんだと若干驚いた。
「あ、おはよう」
「何? 新しいマンガ?」
めざとく俺の手に持つ物を発見したらしい。
「ああうん」
「ほどほどにしときなさいよ」
「でももう宿題終わってんだけど」
「そうじゃなくて、マンガを買うのにお金使いすぎたら駄目って事」
「わかってるよそんぐらい」
不満気に言い返してみせると再読すべくマンガに視線を落とした。
「お昼出来たよー」
間延びした声に振り向いた。
「いただきまあす」
特にする事もない土曜の午後。
マンガも結構読み返したし、やる事が尽きた。
ま、いいや、ゲームでもするか。
気が付けば夜だった。
やるべき事は終わらせてるし、自分に文句をつける必要はない。
目がまだいいからそれが悪くならないかだけが心配だけどさ。
「お休み」
「ん、お休みー」
布団に潜り込んだ。
数少ない手掛かりは、今はあいつの夢からしか得られない。だから、桜井の顔を思い浮かべながら睡眠と覚醒の狭間をぼんやりと漂っていた。
……