新聞係、始動
「はあ……」
ため息をつく俺に隣から話しかけて来る牧原。
「どした?」
「いや……新聞のネタ何にしようかなって」
「まあ……本田君の場合はマンガ好きだし、四コママンガでも書いた……」
「俺の絵の下手さは知ってるだろ」
「まあな」
「うわあっ」
唐突に乱入してきた岸原。って言うか竹原も含めやたら○原って苗字の奴と縁があるな、今年……と言うか今年度は。
「ちょっと! いきなり話に入って来ないでよ!」
「びびったじゃねえか」
「はは、すまんすまん。で、何の話してんだ?」
事情を説明する。三人寄れば文殊の知恵とも言うし、何かいい案が浮かぶかもしれないからな。
「なあるほど。おっと、四時間目が始まるな。じゃな!」
今は三時間目が終わった直後の休み時間だ。正確にはもうだった、かな。
「いただきまあす」
給食。それほどおいしいと言う訳でも、かと言ってまずいと言う訳でもない。
まあ普通な味。
文句を言えた立場じゃないんだけどな。
「早っ」
隣からの声に、「どうでもいいだろ」と返す。
もちろん牧原だ。
「でもよく噛んで食べないと太るらしいよ」
「噛んでるし。気にすんな」
「にしても早いよ、五分って……」
どうも俺は早食いらしい。
「ごちそうさま」
食器を所定の位置に片付けたら、もう部屋の中を自由に移動したり、遊んだりしていい、らしい。もちろん、人に迷惑をかけない事が必須条件だが。
教室にはトランプも何個かある、らしい。たぶん取り合いになるなあと思いつつ、ちゃっかり確保しておく。
「お、ナイス」
岸原がやって来た。正直こいつ、この学年の中の立場は強い方だし、混ざろうと思えばどこでも混ぜてもらえるだろ……。
ま、いいけど。断る理由もない。来るもの拒まずだ。
他の男子もやって来て、始まる物と言えば……。
「ババ抜きとか?」
とりあえず何も考えず言った。正直俺、その手の物にそんな詳しくない。
「大富豪しようぜ」
岸原が言った。
「賛成」
「大富豪か……いいな」
まあ俺はどちらかと言うと日陰者だしな。岸原と仲良いから自分を貫けてるけどそうじゃなかったらもっと演技しないといけなかったかもしらん。
「大富豪って?」
「あ、本田知らない?」
ルール説明が始まる。3が最弱で2が最強(ジョーカーはオールマイティー)か。基本最強はエースだと思ってたから、新しいな。
その他いろいろハウスルールも確認し、いざ開始である。
「負けた……」
「よし、一上がり!」
時間まで遊んで、そのまま切り上げた。
それとなく何か情報を集める、なんて芸当、俺には不可能だった。
掃除タイム。所定の場所を掃除する。それだけ。
出席番号で割り振られるから例によって牧原はいるけれど。
「そうだ」
「ん? どうかしたか?」
「いや、インタビューなんてどうかな?」
「何の話だ?」
「新聞よ」
「ああ……なるほど、インタビューか」
「そう。何か特技がある人にね」
少し考え込む。
確かに悪くない。それにこの案、佐藤にも話聞けるんじゃないか?
あいつの特技、何かわからんけど、そこは心強ーい味方がいる。
「オッケー牧原サンキュー!」
「あ、そう? 気に入ってくれたみたいね」
「佐藤の特技……」
「そう。お前なら詳しく知ってると思ってな、岸原」
そう。佐藤のストーカ……もとい佐藤に恋愛感情を抱いているこいつなら、絶対わかるだろう。
そう判断して放課後に話しかけた。
「佐藤の場合……ピアノかな?」
「ピアノか」
「で、それがどうした?」
興味を持ったのか、食いつくように顔を近づけて来た。近い、近い!
「近いっての! ……いやさ。新聞のネタをインタビューにしようかな、なんて思ったんだけどさ」
「ほう。それでそれで?」
「あの夢に関して何か情報が得られないかなあ、と。ついでに桜井の反応も気になるし」
「なるほど。確かにあの夢について調べるには効率的だな」
「そう言う事」
ちなみにここは俺たち以外誰もいない帰り道。誰かに聞かれる心配も無く話が出来る。通行人に聞かれた所で俺たちは小学生。そうそう気にされる事もないはずだ。別に俺たちが何かのマンガの主人公って訳でもないしな。何か見知らぬ人に聞きとがめられる言われは無い。
「正直その発想は無かったわ。すげえな」
苦笑混じりに言葉を返す。
「俺じゃなくて、提案主は牧原なんだけどな」
「おっと……あ、んじゃな」
「おう」
分かれ道で互いに軽く手を上げる。
「ただいまあ」
もちろん返事はない。誰もいないのはわかってる。でも習慣ってのは恐ろしい物で、言わないと落ち着かないからなあ。
「さてと。宿題でもやるか」
いつも通りの日常。特筆すべきは何もない。
ぼんやり考えてみても何もわからないし。
だから俺は結局。
一日を無為に過ごすのみだ。
食べて、マンガ読んで、寝て、起きて、学校へ。
「ははは……」
苦笑する。俺、なんでこんな事考えてんだろ。
目の前に非日常への扉があるからか?
そんな考えもなんか恥ずかしくて、風呂洗って、米研いで、マンガを手に取った。
これじゃただの中二病だな。
「ただいまあ」
母さんの声にふっと目を上げた夜七時。
もうこんな時間だったのか。少しだけ驚きつつも、「お帰りい」と返した。
「いただきます」
母さんと俺の声が重なる。
なんと言うかこれも、母さんが夜勤の時を除いていつもやってるから、習慣なんだよなあ……。
やらないと落ち着かない。それが理由で惰性でいただきますと言う。
生きるって、こういうルーチンワーク。
なんてぼんやり考えてしまう。
人間、やる事がなくてヒマな時は誰でも哲学めいた事を考えてしまうものなのだろう。
結局その謎の感傷は寝るまで続いた。
正確には寝る直前なんだが。
「桜井……」
そう。桜井の夢を見るために集中してするからだ。
少しずつ、眠りの世界は俺の精神を侵攻し始める。暗転していく視界に桜井の顔が浮かんだ……。
不意に意識が戻る。
開くまぶたに光が差し込む。と言ってもカーテン越しのだけれども。
「ふああ……」
一つあくびをする。まだ眠い……。
リビングに出ながら今日の夢について整理する。とは言え、たいした事ない、なんてことないとは言えないけれども、つまり日常の何気ない一瞬って感じ。
「おはよう……」
声に眠気が混ざってる事は自覚している。
「おはよ、耕一」
それとは対照的に母さんの声はかなり元気だ。朝からいろいろする事があるもんなあ。
改めてシングルマザーって大変だな、と思う。
「行ってきまあす」
「行ってらっしゃあい」
これも習慣だな。
それにしてもだ。
夢がここまで日常を辿る事も、普通はない。もっとこう……突拍子もない感じ。
普通の夢ってのは、そう言う物だ。
ってかそもそも桜井の夢を普通の夢と区別して考えてる時点でもう普通の夢じゃないって認めてる事になるのか。
「いよっす本田」
例によって岸原が声をかけてくる。その明るい声が俺を現実に引き戻した。
とは言えどうせ話す事は桜井の夢についてだったりするんだけど。
「おうよ」
「で、今日もか?」
やっぱりこいつは話が速い。
「まあな。特段なんかって訳じゃないけどむしろ日常過ぎてやばい」
「……は?」
「お前だって夢見るだろ? それがファンタジーっぽいのが多くないか? 少なくとも、現実にはありえない感じ」
数秒の間隔をおいて岸原は「まあな」と答える。
「それが全くないんだ。桜井の夢にはな。どこまでも、音声のない現実」
「音声のない?」
「ああ。だからなんだって話だけどさ」
「ふうん」
しばしの沈黙が続く。岸原も考え込んでる様子だ。
足元の桜の絨毯をぼんやり眺めていた。俺はもう考え尽した。それで何もわからないんだからどうしようもない。
「確かに謎だよなあ。ってかお前は怪しいって感じで考えてるけど、一回ノーマルに戻って考えたら?」
ノーマルって日本語おかしい気がする。そもそも日本語じゃないか。
まあ考えに予断を持つなって事だろう。
退屈だったり、ごくまれに面白かったりする授業の時をぼんやりと過ごしながら、佐藤の方に意識は向けていた。
自分をあまり出さないみたいだなあいつ。今まであんま見なかったから気付かなかった。
世に言う、影が薄いって奴。
それが、どうにかなるのだろうか……。
影が薄いと言えば、桜井も自己主張は弱い方だよな。まあどうでもいいけど。
「で、何か考えて来た?」
業間休み。新聞係に時間を拘束される。
「あ、俺考えて来たぞ」
「え、何?」
「インタビューとかどうだ?」
「え? どういう事?」
「何か特技がある人。例えば……」
言葉を切る。桜井に意識を向けながら続けた。
「ピアノが得意な……佐藤とか」
桜井の表情が軽い驚きに満たされる。もちろんそれがそのまま桜井が予知夢を見る証拠にはならない。
誰だっていきなりあんな夢見たら気になるだろうから。でも、気にしている名前を不意打ちで出されると誰しも驚く物だ。
それは俺だって、もちろん桜井だって。
「なるほど。インタビューね。ありかも。他にはなんかある?」




