新聞係、始動(準備)
結構長いのに話が全然進んでない件。
「ただいまー」
「おかえりー」
さっきまで激しい口……議論を行っていた金沢と、こんなのんきな会話を交わす。別に議論を人間関係にまでひきずるほどバカじゃないし、今後の円滑な関係のためにも親しげに話してきたんだから親しげに返すべきだろう。
「もうそろそろ終われー」
先生の間延びした声が響く。
結局、桜井に疑問をぶつける事はできなかった。あの夢がなんなのか、早くはっきりさせたい。
授業が終わり、皆帰る用意を始める。
「あー明日から六時間かあ」
「だな」
「つらいよう、読書できなくなるよう」
牧原の嘆きの声を半ば無視するように支度を終えた。
「どうせお前授業が何時間だろうと読むだろ、本」
「そうだけどさあ」
「まあだるいのは事実だけど。じゃな」
「バイバイ」
「明日から六時間だなあ……」
岸原も全く同じ事を言う。小6が考える事なんてだいたい似たり寄ったりだ。
「だな。あーだりぃ」
まあ実際面倒ではある。
「ところでさ本田」
「ん? なんだ?」
傘に当たる雨が音を立てる。
「お前のあの夢、やっぱ気になんだよ」
「岸原、お前もか」
少し芝居めかして言った。ブルータスお前もか、のように。
「なんだよそれ」笑いながら言った後、「いやさ、こう……お前みたいに特殊な……超能力? みたいなのがあんなら、もっと別のがあってもおかしくはないな、と思って」
確かにそうだ。俺という存在がいる以上、超能力なんてない、などと言う事はできない。
でも、だからって。
「そんな超能力者? がひとところに集まるなんて虫が良さ過ぎだろ。そんなマンガ、俺はふざけんな、金返せってなるね」
「……ホントお前ってマンガ好きだよな」
「悪いかよ」
「誰が悪いなんて言った?」
「……言ってないな、すまん」
「いや別にいいんだけどよ、そんな事より気にして佐藤の方見てたんだが……」
そう言う彼に鋭くツッコミを入れる。
「いつもじゃん」
雨音が響く。それがいっそう静寂を引き立てた。
「それを言うな、友よ」
「ははは、で?」
友は真顔に戻って言った。
「……特になんもわかんないんだよなあ」
「そうか」
「ま、なんもないんだったら、それで普通なんだけどな」
「まあな。で、お前はどう思うよ、岸原」
「俺? 俺は……ただの気のせいだと思うけどなあ」
「だよな。俺もそう思う。ってか思いたいの間違いかもな」
「いや……ないだろ。んじゃ」
「おう」
岸原と別れ、ボーっとしながら家路を歩く。
靴に入り込んで来る水がただただ不快だった。
「ただいまあ」
返事がない。当然なのだが。それでも言うのは前防犯にいいと聞いたから。気休めでしかないだろうが。
「さてと、宿題片づけるか……」
誰に聞こえる訳でもないが声に出して言う。
幸い、俺は頭は悪くないので宿題もわりとすぐに終わる。
「じゃ、風呂洗って、ごはん炊くか」
母さんが帰って来るのが遅いから少しは手伝わないといけない。
「よし。完了」
雨は降り続いている。だから外に行く訳にもいかない。
……ああ、ヒマだ。
……マンガでも読むか。
「ただいまあ」
「おかえりい」
母さんが帰って来て、マンガから目をあげた。
「じゃ、ごはん作っとくから、耕一は先風呂でも入ってなさい!」
「んー」
同意を示した。
風呂に入って、それでも思考はあの夢の事に舞い戻る。
一番の問題は、妙にリアルな事。
夢というのは、だいたいがファンタジー。それなのにあの夢は光の加減や走った事による息切れなど、やたらと再現度が高いのだ。
「ま、なーんにも問題なんてないんだけどな!」
そう声に出し、無理矢理自分を納得させる。うん。あれはただの夢だ。ただの夢、うん……。
「ああ、もう……」
気になって仕方がない。気になる。
……
よし、決めた!
絶対この謎を解き明かす!
「どうしたの? 耕一。なんかあった?」
「なんも」
「そう……なんかやる気に満ち溢れた顔してるわよ」
「そう?」
空腹を満たしながら他愛もない話をする。
「で、新しいクラスはどう?」
「特に。まあ悪くはないだろうね」
「なら良かった」
「ごちそうさまあ」
部屋に戻って来た。
よし、一回冷静に考えよう。
まず、桜井は、永井の家に向かったんだ。そこに俺も来て、三人で走ったんだ。
そう、永井だ。ただの夢だと思って考えるとそんなディティールはどうでもよかった。
しかし真剣に考えるとなると無視できない。だが一回それは置いとこう。
そして走り出したんだ、永井を先頭に。
……なんであいつに話さなかったんだろ、俺。ま、いっか。
で、ある場所まで行って、佐藤が自殺しようとして、岸原が止めようとして……。
そこで何かが欠けていた事に気が付いた。
音だ。あの夢には、一切音がなかった。
ふう、寝るか。考える事に行き詰まった結果、その考えに至った。
決してめんどくさくなったとかではなく、明らかに情報量が少なすぎる。
もう一度桜井の夢を見れば、少しでも何かわかるのではないか、そう考えたのだ。
俺は夢を覗きたい奴の事を考えているとそいつの夢を見る。
……なんで昨日桜井の夢を?
脳裏に牧原のニヤニヤ笑いが浮かんで来て、慌てて追い出す。
……まさか……な。
……ふああ……。
「……」
目が覚めてまず思った事。
俺、桜井とどういう事になるんだ?
完全なる静寂の中、桜井の家に俺がやって来る。
うん。なんか、おかしい。何かが違う。絶対普通の夢じゃない。
これを、ただの夢とは思えなかった。いや、ただの夢ならこんな事も起きない……。
駄目だ。日常の雰囲気が、逆に俺を追い詰める。
考えれば考えるほどその不思議なリアリティが俺の認識を変えようと迫って来る。
桜井は……何を夢見る?
「どうしたのよ耕一。浮かない顔して」
「いや、なんでも。ごちそうさま」
まさか他人が超自然的な夢でも見てるんじゃないかと思ってるなんて言えるはずもないしな。
「ホント?」
「大丈夫だって。歯、磨いてくるから」
「……どうしたのかしら」
物憂げな声音に少々申し訳なさを感じるが、これは黙っておこう。
「行ってきまあす」
「行ってらっしゃーい」
家を出て、思考を整理する。しかし、考えれば考えるほど堂々巡りに陥り、訳がわからなくなる。
「よっす、本田」
「ああ、岸原」
「いつにも増して暗ーい顔してんじゃん」
「また桜井の夢見てよ、訳がわかんなくなってる。なんか、ただの夢じゃないような、そんな気がすんだ」
「またかよ。お前、桜井の事、好きなんじゃねえの?」
「ぶっ、何言ってんだよ。今朝のはワザとだよ!」
思いっきり反論する。しかしこう、頭に血がのぼった時に嘘を付けなくなるのは人間の共通仕様なのだろうか。それとも俺だけ?
「じゃあ昨日は?」
「う……」
「まーさかお前……」
「そんな事より」
「話題そらした」
「そんな事より気にならないか?」
「お前の恋愛のが気になる」
「……死ね」
「おお、怖い怖い」
恋愛脳の事は放っておいて、教室に入った。
と言っても同じクラスなのだが。まあ要するに早足で歩いて置いてけぼりを食らわせた、と言う事だ。
「おはよ、本田君」
「おう」
牧原は社交辞令的に挨拶だけしたが目は一瞬たりとも本からあげなかった。
「そういやさ」
本を読みながら彼女が言った。
「冷静に考えて、昨日なんで葵の事見てたの?」
こいつもう桜井を下の名前で呼び捨てにしてるし。
「一回本読むのやめろよ、人に聞くんなら」
「ああ、ごめんごめん。今めっちゃいいとこでさ。だって、事件の解決シーンだよ?」
こいつは港川の影響で読書が大好きになったらしい。それはともかくとして。
「なんで見てたか、って言ってもなあ……転校生って気になるじゃん」
「嘘。本田君って海斗と同類な雰囲気じゃん。そんなのが、転校生に興味持つとも思えないよ」
謎理論。ってか仮にも自分の彼氏の事を人でなしみたいに言うのやめろこの人でなし。
「いや、俺だって人間だからそりゃ気になるぞ?」
「ま、そっか。海斗よかましってか」
「だから港川ってマジでお前の彼氏なのか?」
「まあね。気まぐれで付き合おって言ったら別にいいけどって」
……それ、付き合ってるとは言わないと思うんだ。ただの、友人の延長線上。
まあ、人それぞれか……。
なんて考え事をしてたら、横から急に話しかけてくる声が。
「お前二股かよ」
「死ね、岸原」
「厳しいねえ」
岸原が嘆くように言う。
「ちょっと言い方きつすぎると思うよ? 本田君」
「こいつにはこのぐらいでいいんだよ。ってか第一俺二股どころか一股もかけてない」
「聞いてくれや牧原。こいつ桜井にも」
「ガチで帰れ」
面倒な授業も二時間は終わり、業間休み。
「へえ、ここって二時間目と三時間目の間に休みがあるんだ」
「え? それが普通じゃねえの? 桜井」
桜井の唐突な発言に思わず聞き返してしまった。
「前いたところだと給食の後に昼休みがあったけどこんな時間にはなかったよ」
「へえー、そうなんだ」
金沢も納得したように頷く。
「ここは昼休みはないからなあ」
竹原が嘆くように言ったのを聞いたからか、桜井はこう聞いた。
「そうなんだ。じゃ、給食の後は何するの?」
「そのままダイレクトに掃除だな」
その疑問に答えると、俺はそのまま「そんな事より新聞の内容決めんじゃねえの?」と尋ねた。そもそもがそのための集まりなのだ。
「そうね。よし、とっとと決めちゃおう!」
「で、誰も案なし……と」
ため息まじりに呟いた俺の言葉に、皆の表情が暗くなる。
「あーもう! みんな、明日までに何か一つ考えて来る事!」
リーダーが大声で言い、新聞係は解散した。
そろそろ話を進めて行きたいですが、どうなる事やら……