発端
母さんが帰って来る頃には、あらかたやるべき事を済ませていた。晩飯を食い……。
「耕一、どうかしたの? なんか真剣な顔しちゃって」
「いや、なんでもない」
「嘘。母さんわかるのよ? あんたの顔見れば」
正直面倒だ。だけど、そうやって突き返す程俺もませてはいない。それに、二人で暮らしていると、その関係が悪くなった時、居心地が悪くなるのは目に見えている。だから、俺も応じる。
「そういうもん? でも心配しなくて大丈夫。大した事は何もないから」
今はまだ、ね。そう心の中で付け加える。何もないように食い止めるのが目的な訳だしな。
「……無理しちゃ駄目よ」
「ああ。ごちそうさま」
「はーい」
それだけ言うと、俺は風呂に入るべく、立ち上がった。
マンガを読む時間もつぎ込み、俺は考えていた。佐藤の自殺を止める方法を。佐藤には、いろいろな問題がある。永井関連もそうだし、母親の過剰な期待も確実にプレッシャーとなって、佐藤を追い詰めている。永井に関しては情報がないからいかんともしがたいが、母親に関しては、だいたいわかっている。対策だって、考え付く。しかし、それを実行に移せるかと言われると、話は別だった。何しろ、これの対策は、佐藤が強くなる事なのだから。親の期待を跳ね飛ばすか、受け入れて乗り越えるか。いずれにせよ、佐藤が変わらないと、俺たちにはどうしようもない。
少しでも俺たちその助けになればいいとは思う。けれど、そのために何が出来るか。人は、そう簡単に変われる物じゃない。それこそ、マンガみたいな事でもないと……マンガみたいな……。
「そうか」
マンガみたいな出来事。まさしく起こってるじゃないか。永井との関係を俺たちが上手く取り持てば、たぶん、佐藤は変われる。場合によっては、より強くなれるんじゃないか? 考えれば考える程、この案は現実味を帯びる。そうだ。俺たちが永井関連の事を上手く終わらせれば、佐藤は変われるんだ。
その案に内心喝采をあげた。これで問題が一つ減る。永井の問題だけに集中してもよくなった。これは大きい。クリアするべき問題点が明確になるだけで、こう言うのはだいぶやりやすくなる物だ。
永井に集中する。それで、母親の方も乗り越えられる。この結論に満足して、俺は布団に潜った。
目覚めてまず、夢を思い出す。
何気ない日常の一コマだ。そこまで気にする物でもない。予知夢だってわかった今となっては、日常の光景も違和感なく受け入れられる。
「さて、行きますか」
リビングに出て行き。
「おはよ、耕一」
「おはよう」
「朝ごはん出来てるから、速く食べちゃいなさい」
「うん」
言われた通りに箸を動かす。ニュースが芸能関連の事を放送していた。それを横目に、俺は朝の用意をこなして行く。
「行ってきます」
学校への道中、岸原と出会い、昨日の案を話す。
「なるほどな」
「とにかく、一本に絞っていいと思った」
「どうだろ。牧原にも聞こうぜ」
「わかってる」
そんな話をしている内に学校に着いた。あっという間だった。
「はぁ……なるほどね」
牧原にもそれを話す。
「一理ある……どころか、そのまま採用だよ、それ」
牧原に認められたのが嬉しく、また、その心の動きが恐ろしかった。俺は、一体牧原をどう思っているのか。
確かに、こいつの思考は群を抜いているが……俺はそこまでこいつと話していたのだろうか。
「一つに集中する事で、もう片方も、ねぇ……。ま、とにかく、その一つを解決しないとどうにもならないんだけどね。で、あたしもいろいろ考えて来たんだけど、結局大した事は思い付かないまま」
「情報待ちだ。頼むぞ」
「うん」
それだけ話すと、チャイムが鳴り響いた。
桜井には、新聞係が終わった後話す事にした。
その方が効率的だし。まあ効率を考えるなら、後で集まった時にまとめて言うのがベストなんだけれど、それは仕方ない。出来るだけ早いとこ情報を共有させておくに越した事はないのだから。それに、今日は牧原が七瀬にインタビューをするのだ。結局、今日中に言うためには個人個人に言うしかない。
そんな事より、である。
「あのさ、永井って男子苦手じゃん」
「え、ああまあそうね。それがどうかした? 本田君」
「だから、俺がインタビューに行っても、変な応対されて余計わかり辛くなると思ってさ、昨日改めて考えたんだけど」
「あー、なるほど確かに」
「だから、俺じゃなくて、お前と桜井で行くべきなんじゃないかと思った」
「……まあ、あたしはいいけど、桜井さん、大丈夫?」
「え、あ、いや……でも……だ、大丈夫だよ」
「いや、大丈夫じゃなさそうなんだけど」
「大丈夫だってば!」
不意に語気が強まり、驚いたように目を見開く金沢。勢いに気圧され、「わ、わかった」と頷いた。
「でもさ……」と呟くと竹原は、「どう言う情報を掴むのかぐらいはまとめておいた方がいいよね」
その発言に、佐藤のインタビューを思い出す。確かに、その方がいいに決まっている。
「うん。で、どんな話を聞くかなんだけど」
不意に仕切りだした竹原に、まあ抗う必要も感じず続きを促す。
「一番問題なのは、佐藤さんに関係してる事だから、ピアノの話」
「うん。だからあたし、その辺から聞こうとしてる」
「でも、やめてるんだよね? 素直に答えてくれるとは思えないんだけど……」
「じゃあどうしろってのよ」
「うーん……」
「あ、あの……外堀から少しずつ、まずはクラスの雰囲気から、とか? って言うか、そもそもピアノの件でインタビューに答えてくれるのか、心配なんだけど……」
「じゃあどうしろってのよ! あーもう! 何? 昨日あの流れだったのに、次の日にはもうこんな萎えてる訳?」
荒ぶる金沢。その言い分はもっともだと思う。ただ、永井から聞き出しにくいのは事実。
「ま、ダメ元ぐらいの感覚で行くのが一番だろ。上手く聞き出せればOK。無理だとしても、他の方法を考えるまで」
現に、七瀬と言う他の方法は、既に存在している。出来るだけ多くの情報を集めるに越した事はないが、事情を理解するためには最低一人から聞き出せればいい。
ただし、そいつの情報が正しい、と言う条件がある場合に限るが。
「ってな訳で、金沢、任せたぞ。男子が苦手な女子に俺をぶつけるのはやっぱマズイわ」
「了解。……桜井さん、行ける?」
「だから大丈夫だって」
「よし! じゃあ、取りあえず、約束を取り付けておくよ。ダメ元、当たって砕けろ!」
金沢がそうやって叫んで気合いを入れた時、チャイムが鳴り響く。
「おっと……。まあ、適当に話してみるから」
それだけ言うと、金沢は立ち上がった。それをきっかけに、残りの二人も自らの席に戻るべく立ち上がる。しかし、俺はこっそりと桜井を呼び止めた。
「え、何?」
昨日の思い付きを話し、時間がないからと反応を待たずに席に戻る。横で、牧原がニヤニヤ笑っていた。
「いい感じじゃん。違うってわかった今でもまだ疑わしいよ」
「死ね」
「っと。厳しいなぁ」
その輝かんばかりの笑顔を完全に無視して俺は教科書を取り出した。
そして掃除の時間。牧原が話しかけて来るのを完全に無視した。何しろ、事件に関係ない話――もっと言うなら、恋愛方面の話――ばっかりだったのだから、仕方ない。そもそも掃除と言うのは黙って真面目にやれって言われる物なのに。
そんな俺の内心の呟きも、届かないのだから何かに影響を及ぼしてくれるはずもなかった。
「ま、そうやって恋愛を切り捨ててるけど、もしかしたらそう言うのがなんか関係して来るかもしれないんだよ」
とは言っているが、それと俺の恋愛に関しては一切関係のない話だ。
牧原の邪気のない笑顔に、俺の内心のイライラは加速していくのだが、それを打ち消すようにチャイムが鳴り響いた。
「そろそろ終わりだね」
もう怒る気も失せて、俺はため息とともにほうきを片付けた。
放課後。金沢が係の四人を集めて言った。その暗く沈んだ表情に、俺は失敗を確信した。
果たして金沢は、
「駄目。ちょっとかなえの話を出したら速攻却下。もう怪しいぐらいに」
とため息と共に言葉を吐き出した。
なんでも、佐藤の事を出した途端に、ランドセルを勢いよく持ち上げて、教室からダッシュで逃げたらしい。
確かに怪しい。そこまで話をしたくないと言う事はつまり、どこかに後ろ暗い事がある、と言う事だろう。それがわかっただけで収穫としなければならない。
「ってな訳で、もうどうにもならないよ。まあ……あんまり部外者が口を出していい話じゃないのかもね」
金沢は、これから先起こる事を知らないからか、諦めも速い。しかし、桜井の方を見やると、その顔は暗く沈んでいた。
「でもさ、心配だよ。何か、凄い違和感と言うか、そんなすぐ逃げるだなんて、自分は後ろ暗い所がありますって宣伝してるようなもんじゃん」
竹原が口を挟む。何か怪しい。それだけで、充分動く理由にはなる。けれど、小学生に出来る調査なんて、限られている。
超能力に頼ればまた別なのだが、それを宣伝する訳にもいかないし。
「ただ、いじめとか、そんな感じではないのよね。あくまでも、ピアノが嫌だってぐらい。なのにやめられない。それが苦しい」
今新聞係の方でわかっている事になっている事を金沢が整理する。そして言った。
「それに加えて、香が何かしら絡んでる、かぁ……。複雑ね。……あたし、どうすりゃいいんだろ」
何をどうすればいいのか。それがわかれば苦労はしない。
牧原は、しっかり七瀬弥生から情報を手に入れられるだろうか。まあ、牧原の事だから、心配するまでもないのかもしれないが。
それでも、どうしようもなくなり係が解散した後も俺は一人、悶々とした時間を過ごす事になった。
今日は情報不足で集まっても意味がないからとの事で、夢の秘密を共有している方の四人は、集合しなくて大丈夫、と牧原は言った。しかし、気が付けば俺たち三人は、例の公園に集まっていた。
何もしないと言うのが、こんなに辛い事だとは思っていなかった。時間が空虚に過ぎて行く。
「なぁ……。もしさ、七瀬が何か秘密を知ってたとして、俺たちがそれを解決しようとする訳じゃん?」
唐突に口を開く岸原。俺は頷く。
「でもさぁ、桜井の夢から考えて、その……その光景は、必ず起きるんだろ?」
「たぶん、ね。今までは、そんな変えないといけないような事、なかったし、変えようとした事、ないし」
「それは何回も言ってる。俺たちは恐らく、その光景に行き付く」
自殺と言う単語を口にしたくなくて、言葉を濁す。
「だけどさ、知ってしまった以上、何もしない訳にもいかないだろ? たぶん、そこに行き付くまでに、俺たちがこうやって調べるってのも初めから入ってんだよ」
「まぁそうかな……」
「にしても変な気分。私が夢に起こる事に巻き込まれるってのがさ。なんか、よくわからないけど」
「あー、それたぶん、自分の意志で変えられると思ってるのに実はそう決められてるからって事じゃね?」
「なんなんだろうね、私たちって。個人の意志で動いてるようで、実は、全部決められてるって言うかさ……」
「やめろよそう言うの。俺そう言うの苦手だからさぁ」
岸原が不意に口を挟む。確かに、俺もこう言う話はぞっとしない。
強引に話題転換を図った。
「そういやさ、お前んち猫いるじゃん。気分転換にそいつについて話してよ」
俺としては、なかなか秀逸なネタだったように思う。しかし、それはあくまで、俺が思っているだけだった。
途端に桜井の表情が笑みを貼り付けたまま凍り付く。その沈黙が、不気味なまでに俺たちを覆った。
「ん? ちょっと待てなんかまずかったか?」
「え、ああいや、なんでもないよ」
「はぁ……」
そうやって呟く。一瞬の沈黙の後、桜井は、意を決したかのように顔をあげ、決然とした表情で言った。
「実は私、いじめられてた」
「そうか……はぁ?!」
唐突な告白。俺たちは、思わず桜井の事を見詰めた。
「……それで、お父さんが拾って来てくれたんだ。アムをね。私、ホントに、どれだけアムに助けられたかわからない」
桜井はそれきり口をつぐんだ。だが、その後に続くはずの展開は、想像に難くなかった。目と目があって、慌てて目を逸らした。
俺は強引に思考を例のあの夢の方に移す。何も考え付かないのはわかっていたが、それでも考えずにはいられなかった。無闇に追及するのも違うし、かと言って陳腐な慰めが役立つとは思えない。しかし、何も言わないでいるのも、沈黙が気まずくて耐え切れなかった。だから、俺は、思考の世界に逃げ込んだ。
案の定時間を空費するだけに終わる。岸原が「うー」とあくびをかましつつ唸ると、桜井は立ち上がった。
「そろそろ帰らなきゃ。ね、二人とも」
「ま、そうだな」
同調する岸原に、俺も頷きを返す。
「それじゃ、また明日」
「おうよ」
「またな」
別れを告げて、俺は歩き始めた。桜井とは別れ、けれど岸原は家の方角が同じだからしばらくは一緒に歩く事になる。
「にしてもさ……」
どちらからともなく話し始める。しかし、続くセリフを告げたのは、間違いなく岸原だった。
「桜井、いじめられてたのか……」
「まあ、あの閉じこもった感じ、そう言われたら納得はするけどな。にしても、アムってんだ、あの猫」
「うー、猫って聞くだけで寒気するからやめてくれ」
「……アレルギー、そんなきついのかよ」
「例えだよ例え」
「ま、それはいいんだ。いじめ、あんまり無闇に詮索すんなよ?」
「わかってるってのそんぐらい。んじゃ、また明日な」
俺はおうと適当に頷き、振り向いてまっすぐ歩き始めた。どうせ何も出て来ない思考を弄びながら……。
当然そんな思考がまとまるはずもなく、千々に乱れたままの俺の心は、気付けば桜井の過去に、ひいては、俺と岸原の過去に向かって行った。俺と岸原の過去。つまり、俺の夢の事を岸原が知るきっかけになった事件。
あれは小ニの時の話だった。
俺の家は母子家庭。今ではその事も市民権を得ていて、俺は学校生活においてなんら不便を感じずに生活出来る。
しかし、当時はそうでもなかった。幼さが持つ無邪気さは、時に残酷なまでに誰かに対して牙を向ける。その頃はたまたま、残酷なまでの無邪気さが俺に牙をむいた。ただ、それだけの事だ。
もっとも、今ではそう割り切れるが、当時の俺にそんな事を言っても恐らく無駄に終わる。いや、恐らくなんて曖昧さは、そこにはない。はっきりと断言出来る。当時の俺に、今の俺の未来を示してみても、それで何が変わる訳でもない。その頃の俺は、世界から目を背け、耳を覆い、心の扉を堅く閉ざしていたのだから。もし、地球が逆回転するよりもあり得ない話だが、俺の話に当時の俺が耳を傾け、全てを理解したならば、その時は、俺のこの能力も消えていただろう。
いじめの理由は、シンプル極まりない。俺の家が母子家庭だから、だ。普通の子どもは、父親と母親、少なくともこの二人を家族として持っている。しかし、それが俺には欠けていた。そして、誰かと違うと言う事はそのまま、その対象を叩く理由になり得る。その標的が、俺だった。
いじめの主犯格は、何を隠そう岸原だ。今では俺との関係は良好。親友と言う言葉を使っても、過剰形容にはならないだろう。こっぱずかしいが、それでも俺たちの関係は、そのぐらい言っても問題はない。
俺たちがここまで上手くやって行けているのは、根っこにこの事件の存在がある。
当時の俺は、いじめに耐えかねて、不登校になっていた。母さんも、当時は忙しい仕事の合間を縫って俺に話しかけてくれた。今思えば、本当に迷惑だったと思う。先生だって、必死に連絡を取ろうとしてくれた。その行為は、鬱陶しくもあったが、嬉しくもあった。だが、俺の心は、いつもある事が占めていた。
なんで岸原は、俺をいじめるんだ? と言う疑問。これが脳内をエンドレスでリピートしていた。
その原因は、さっき言った母子家庭うんぬんの件もそうだが、むしろ岸原サイドに問題があった。
今の岸原の母親は、岸原本人と血がつながっていない。要するに、再婚なのだ。もちろん、そのためには、岸原を産んだ血のつながった母親が存在しているはずである。彼女が病床に臥せり、命を落とそうとしている時に、親子二人暮らしをしている俺を見付け、将来の自分に思いを寄せてしまい、俺をいじめた。俺を引きこもりに追いやるまでの執拗さで。これが、いじめの理由だ。
今ではそれに気付いている。そして、当時の俺も、それに気付いた。
それこそが、俺のこの特殊能力の開花の瞬間だった。
夢と言うのは、誰かが考えてる事が発露した物だとかテレビで聞いた事がある。と言う事はつまり、他人の夢を覗ける俺のこの能力は、誰かに異様なまでに共感もとい同調しているのだろうと自己分析している。そして、同調するためには、相手の考えている事をしっかり、いや、完全に理解しなければならない。恐らく俺の能力は、それが派生して夢に出て来ているのだろう。だから、俺の説を正確に用いると、俺の能力は他人の夢を覗けるではなく、他人の心を無意識のうちに読み取ってしまうと言う物なのだろう。
そして、そうやって他人の心を完璧に読もうとするこの無意識な心がけは、この事件のせいに違いなかった。
結局、俺は岸原の夢を覗き込み、そして家庭の事情を読み取った。そして、放課後の校庭で、それをぶつけた。そこからどうしてか、気付けば殴り合いのケンカに発展していた。もちろん、小学生が、放課後の校庭で、だ。先生が慌てて飛んで来るのは当然だった。
けれど、俺たちは口を割らなかった。何も言わなかった。庇ったのか、庇われたのか。それはわからなかったが、なぜか言う気になれなかった。
そこからだ。俺たちの関係が良くなって来たのは。そして、その時以来、俺たち二人はずっと、二人だけで夢の秘密を共有して来た。つい一昨日までは。
今、秘密を知っている人数は、倍に増えている。佐藤の自殺を止めるため、と言う同じ目的を――約一名それが直接の理由ではない奴がいるが――抱えて、俺たちは今、作戦を練って、情報を収集しようと励んでいる、と言う訳だ。
気付けば、部屋に寝転んでいた。家事を済ませたか、と確認してみると、少なくとも割り当てられた範囲の事は終わっている。考え事をしながら、無意識のうちに炊飯器のスイッチを押し、風呂を洗っていたらしい。宿題も終わっていないかと期待したが、さすがにそれは別の事を考えながらでは出来なかったようで、ノートは白紙のままだった。
軽く舌打ちを打つと、そのままドリルを開き、宿題を片付けにかかった。
もうそろそろで終わる、そんな時に、母さんが帰って来た。俺を呼んで、二人で食卓を囲んだ。
「耕一、どうしたの? 何か疲れた顔してるけど」
「あー、ちょっと考え事しててさ」
「へぇ。何考えてたの?」
「別に」
困った時のマジックワード、別に。これを言えば、取りあえず話は切り上げられる。もっとも、それがいい事なのかはわからないけど。
「そ。まあ、速くご飯食べちゃいなさいよ」
「んー」