作戦
新聞係の奮闘とか言うタイトル詐欺状態です。
そこからしばらく話し合ったが、進展は特になし。目下最大の手掛かりはあのインタビューだろうと言う事で意見の一致を見るのみだった。
「取りあえずさ、永井に聞いてみようぜ。あの話的に、たぶん絡んでるだろ」
「まあね……。でも、どうなんだろ……。話聞かせてくれるかな」
「それは……頑張るしかないだろ」
そう呟く。それしか言えなかった。もし何か絡んでいるとすると、そう簡単に話してくれるとは思えない訳でだし、知らないなら知らないで、話してくれても結局収穫はなしになる訳だ。
極めて分の悪い賭け。だけど、しない訳にはいかない。
「頑張ろう」
「……うん」
「んじゃ、俺そろそろ帰るわ」
「うん。バイバイ」
「じゃあな」
桜井の夢が予知夢だってわかったのは大きい。だが、それは即ち佐藤の自殺の未来が確定した事も表す。
「さあて、頑張りますか」
そう言って自分を奮い立たせた。
「ただいま……つっても、誰もいねえか、まだ」
ランドセルを投げ出し、まずは岸原に連絡を取る。さっきは置いてけぼりを食らわせた訳だしな。
「もしもし、本田です。岸原いますか?」
「俺俺。ところでさあ、お前、牧原にストーカーされてんの?」
「……はあ?」
「俺あっこに隠れてたんだけどさ、そこに、なんか牧原もいてだな……。追い出そうとはしたぞ? だけど」
「ストップ。察しは付いた。あいつ……マジか」
ごめんの言葉は、今や俺の脳裏から消えていた。
「とにかく、あいつに連絡するわ。あのやろ……」
受話器を下ろし、また持ち上げた。呼び出しのコール音がもどかしい。
「もしもし、本田ですけど」
苛立った声で電話に出たが、すぐそれを後悔する事になる。
「本田?」
弟じゃんか。無闇に怒って失敗だったか……。まあ、仕方ないか。明るい声に切り替えて、言った。
「お姉ちゃんに代わってもらえる?」
「わかった。お姉ちゃーん! 本田って人から電話だよー!」
遠くで聞こえる返事の声には、悪びれた感じが全くなかった。
しばらくして「もしもし」と応じた声も、それは同様で。
「どうしたの本田君」
口調を元に戻し、問い詰める。
「盗み聞きはあんまり褒められた趣味じゃないと思うのは俺だけか?」
「隠すのが悪い。全部聞いちゃったよ。にしてもすごいよね! そんな超能力者が2人って! 信じらんない……。でも、確かに予知夢なら、説明は付くよね。あたしも協力するよ、自殺を食い止めるの」
この開き直った態度に、もはや怒る気も失せて、「おう、ありがとう。誰にも言うなよ」とだけ言って、返事も聞かずに力なく受話器を置いた。
「お帰りー」
帰って来た母さんにそう声をかける。一応俺に割り振られてる家事の類はこなしておいたし、宿題だって半分は終わらせといたから、問題はないはず。
「じゃ、ごはんにしよっか」
「はーい」
気怠げな声をあげて、俺は青井拓也のマンガから目を上げた。
それからは、ホントにいつもと何も変わらない生活だった。
寝る時も、桜井の夢に意識を寄せるのがもう「いつも」になっていた。
翌朝。夢は、大した事ない物だった。ありふれた日常。それでも、今日からはそれだけの意味じゃない。
夢を共有する、その事に意味があるのだ。
「まあでも、何もないなら変に気にしなくてもいいか」
朝飯食ったり、着替えたりといろいろ済ませ、「行ってきます」と声をかけて家を出る。
しばらく歩いて、岸原と合流した。
「マジすまん!」
「いいって別に。それ言うなら俺だってもっと上手くはぐらかせなかった訳だしさ」
「うーん、まあそうなんだけどよ」
「あんまり気にされるとむしろうっとうしいし、普通にしててくれ。俺からなんとか牧原に話を付けとくから」
「マジごめん」
とは言え、何の話を付けるのか。口止め? いや、もっと積極的に、味方――佐藤の自殺を止めるための味方に抱き込むのがいいかもしれない。
俺の夢に関しても桜井の夢に関してももうバレてる。今更隠し立てした所でどうにもならないし。
とするなら、俺んちに集合すんのが一番安全か。誰も来ないのは確定してる。親も含めて。
「んじゃ、今日の放課後空けといて。俺んち集合で、今後について話し合いたいから」
「わかった」
「OK。あたしもちゃんと話したいと思ってたんだ。こっちから持ち掛けようかと思ってたぐらい。本田君の家で話せるならそれが一番安全かもね」
「そうだろうな。誰もいねえんだし」
「うん。あ、気に障ったらごめんね」
「もう気にしてねえよ」
実際、それをあんまり気にしていたら、暮らしていけない。現状を受け入れて、それでも前に進まなくてはいけないんだから。
まあ、俺の場合、いない父親が悪い奴じゃないってのがせめてもの救いだし、現にそれにかなり助けられてる面もある。
「んじゃ、今日の放課後、俺んちで」
「わかった」
次は、肝心の桜井。
こいつは、新聞係関連で集まって、それが解散した時に話を持ち掛けるのがベストだ。
「で、だよ? かなえの事も心配ではあるけど、まずは新聞を完成させないと」
「それもそうなんだよな」
「インタビューって案自体は悪くないと思う。だけど、誰にすればいいのやら」
「ううむ……。もう、インタビューに固執する必要もない気もするけど」
正直、インタビューってのは、佐藤に話を聞きたかっただけで、新聞に載せられない可能性があるのは初めからわかってた。だけど面倒だし、考えたって言う事実があるから新しいのを一人で考える必要もなかったもんで、代案は考えてもなかった。
「……どちらかと言うと、佐藤さんの問題を取り除いた方が早い気がする」
「あー、それもあるかもね、隆。だけど、間に合わないと思うのよ」
「……それと、さ。母親が原因だとすると、私たちには手を出せないよね」
「……それは、あいつと関係ありそうな永井から何か情報を手に入れたい。ただ、難しいと思うわ」
「だよね。うん。新聞のネタはともかく、そっちの方もなんとかしないと」
ため息を吐いて、俺は立ち上がった。そして、両手を大きく上へと伸ばし、一つあくびをする。
「まあ、新聞のネタは各自また考えて来よう。永井の方は……俺、乗りかかった船だしやる。話を聞くんだよな」
「なんであんたが仕切ってんのよ。まあ、いいけどさ」
「んじゃ、そういう事で。女子がいた方がいいだろうから……」
「わかってる。あたしもやるよ。桜井さんは、まだ馴染んでないし、ここはあたしに任せて」
「あ、うん……」
俺は桜井と視線を合わせ、安心しろと伝えた。つもりだ。伝わっているかは知らないが、まあそれはどうでもいい。どうせ後から言える訳だし。
チャイムの音が鳴り響き、ネタを考えて来るって事を宿題に残して解散した。
「あ、桜井。今日、俺んちで話し合いするから、放課後ちょっと残ってくれ」
小さく頷き、桜井は自分の席へと戻って行った。それだけ見届けて、俺も自分の席に戻る。
「本田君、調子はどう?」
「よくない、主にお前のせいで。ったく、隠す側の心労をもう少し労ってくれ」
「本田君って妙に語彙力が豊富だったりするよね。まあいいけど」
たぶんそれは、マンガをよく読むからだろう。マンガだって活字だ。語彙力が増える事に変わりはない。その量に差こそあれど。それはどうでもいいんだ。ったく、牧原と話してるとペースが狂う。
彼女の好奇心にまみれた視線に無視を決め込んで、俺は教科書を机から取り出した。
牧原の好奇心は止まらない。真実を知った今ですら、掃除で二人きりになる時を狙って俺に質問を繰り返す。具体的に何を聞いて来るのかと言えば、俺の事ばかり。ひたすら、俺が「他人の夢」を見ると言う事について聞いて来る。
――どんな感覚なの?
「ただの夢と変わりねえよ」
――じゃあどうやって気付いたの?
「覚えてねえよそんな事」
これは嘘だ。簡単に言うと、俺が気付いたきっかけは、岸原にある。だがそれを言ってしまうと、こいつの知識欲の拍車をかけるだけの結果に終わるのが目に見えていたから、俺はだんまりを決め込んだ。
「そんなもんなんだ。にしても凄いね。全く気付かなかったよ」
そりゃ隠してたからな。なんて当たり前の事を言う気力もなく、俺は掃除に意識を集中させた。
「世界ってまだまだ広いな。あっ、海斗にも話したげなきゃ」
「やめろ」
授業を終わらせ、俺たち四人は、教室に残った。
「それじゃ、とにかく俺んちに行く。ってな訳で、出来るだけバラバラについて来てくれ、女子二人」
「えっ、なんでよ」
驚いたような声を出した牧原に、俺は言い切った。
「変な噂立てられたら困るんだよ」
「もう立ってるけどな」
笑いながら言った岸原の腹にパンチを食らわせると、俺は歩き出した。
「ここだ」
「ったく、お前ちょっとは手加減してくれよ。あー痛ぇクソ」
「自業自得」
「お前それでも友達かよ……」
「本当の友達は自分でそんな事言ったりしないから。とにかく、いらっしゃい」
ランドセルを下ろし、俺は三人に向き直る。今ここにいるのは、俺と桜井の夢と言う秘密で結ばれた、言わば仲間だ。だと言うのに、これほど面倒な気持ちになるのはなぜだろう。と、俺は牧原を見ながら考えた。
「何見てんのよ」
「別に見てねえよ」
不意にさっきから一言も発しない桜井の方に視線を移す。桜井は、俺たちの言い合いを困ったように眺めていた。俺と目が合うといきおい逸らし、俺も前を向いた。
「んじゃ、あがってくれ」
「で、だ。事情はある程度わかってると思うが、これは俺たちだけの秘密だ。絶対誰にも言うなよ」
「わかってるって」
「おうよ」
桜井の返事は聞かなくともわかる。俺は話を続けた。
「事情はある程度わかってると思うが、一応最初から最後まで全部話すぞ」
省略を一切せず、始めから終わりまで、全て、事細かに、細大漏らさず。と、これほど言葉を重ねても問題ない程丁寧に、説明した。
「お前、丁寧に説明し過ぎ。細か過ぎだろ」
「仕方ないだろ。どこまでわかってるかわかんねえんだから、そこをちゃんと統一しておきたいし」
「わかるよ。本田君。ちゃんと全部教えてくれてありがとう」
親しげな目線を向けて来る牧原を無視して、俺は桜井に向き直る。
「あ、桜井、補足ないか?」
「いや、大丈夫……。私にわかってる事なんて、佐藤さんの肝心な時に岸原君が助けようと手を伸ばしてる夢を見た事ぐらいだし」
「興味は尽きないけど、今はそれよりも重大な事、だよね?」
頷く。何よりも重大な――そのぐらい言ってもいいような事。つまり、佐藤の自殺の事。桜井はさっき、ああ言葉を濁したけど、その事はもうお互い認識出来ている。牧原が少し目を閉ざす。まるで、いや実際に、考え事をしているようだった。岸原も改めて状況を理解しようと無言でうつむいている。桜井はいつも通り、俺も考えをまとめるべく、意識を集中させた。沈黙が部屋を埋め尽くす。
「ねえ」
静寂を破ったのは、案の定牧原だった。
「何をするべきか、ってのが全くなかったから、あたしなりに考えてみたんだけど。まずインタビューをした。それで、香と何か関係ありそうって結論付けた」
「ああ。それと、母親ってのもあるだろうがな」
「うん。だとすれば、次は当然、香に話を聞くとこから始めるとして」
永井香。彼女がこの事件の鍵になるのは間違いない。佐藤と、ピアノのライバルだと言うが、恐らく過去の話だろう。
「なんで香がピアノをやめたのか。あたしもそれは知らない。だけど、そこに、かなえとの確執の原因もある。そんな気がする」
「え、どうしてそうなるんだ?」
「わかんないかな、岸原君。本田君たちの話によると、香はピアノをやって『た』。過去形だよ? じゃあやめたってのは間違いない。それで、今、二人の関係はよくないんだよね?」
「ああ」
岸原が答える。少なくとも、佐藤について一番詳しいのはこいつだ。
「今もピアノにしがみ続けるかなえ。ピアノを諦めた香。この対比から真実は浮かび上がって来る。って思わない?」
「なるほどな」
俺は頷く。確かにそうだ。ピアノと言う習い事に込められた意味。そして、ピアノをやめた今でも、佐藤は、永井の事をライバルだと言っている。これはつまり、永井がピアノを本気でやめた訳じゃない、って佐藤が信じてるって事だろう。そう口に出すと、牧原の顔に笑みが広がった。
「わかってくれるんだ! たぶん、不可抗力と言うか、やめざるを得ないような、そんな事情があったんだよ。だから、香は、かなえに嫉妬してるのかな。とにかく、二人の関係を上手く取り持てば、自殺は回避出来ると思うんだ」
「回避……出来るのかな。変えようとした事ないからわからないけど、今まで、夢で見た事が起きなかった事はないし」
「出来るかわからなくても、やるんだよ。ねえ、今あたしかっこよかったよね?」
「自分で言うな」
呆れてツッコんだが、どこ吹く風で牧原は続ける。
「そんな事どうでもよくて、まずは、知る事から始めよう。新聞係でもかなえの事について考えるつもり?」
「たぶん。でも、そこまで突っ込んでは調べられないと思う。なんたって、自殺しかねない程の事だって知らない事になってる訳だし」
「まあ、そうよね……。でも、学級新聞……。クラスの雰囲気を変える事なら出来るかもね」
「うーん」
唐突に桜井が唸った。どうした、と問いかけてみても、何にもないと暖簾に腕押し。関係ないとは言ったけど……。まあいいや。
「とにかく!」
牧原が大きく遮る。
「今あたしたちに出来る事は、話を聞く事。それだけ。出来ればかなえのピアノ友達にも聞きたいんだけど、それには一人だけ心当たりがあるの」
「誰?」
「七瀬弥生」
「ああ、あいつか」
言われてみれば、同じクラスになった事がある気がする。確か、音楽室のピアノで物凄く上手くピアノ弾いていた。あいつ習ってたのか。
「あたしとはそこそこ仲いいから、聞けば教えてくれると思う。香が、どうしてピアノをやめたのか。それさえわかれば、後は芋づる式に解けて行くはず」
「了解。んじゃ、七瀬の調査はお前に任せるわ。で……どうするんだ?」
「そこから先は、弥生次第。どう言う原因なのかがわからないと、対処も出来ないし。って言うか、そもそもなんなんだろうね。今、外には何も見えて来ない。いじめとか、そう言う訳じゃないと思うんだけど……」
困ったように呟く牧原に、俺は助け船を出した。
「なら、なんで自殺するのかがわからなくなる、ってか」
「そう言う事。葵に岸原君も、何か意見あったらどんどん言って。今んとこ、ほとんどあたしたちだけしか話してないし」
「いや、俺はイマイチわかんなくてさ……」
岸原が頭をかく。その気持ちが、痛い程わかった。今、自分は佐藤のために何も出来ない。それが、歯がゆくて仕方ないのだろう。
「わ、私は……いろいろ考えてはいるんだけど……」
こいつの場合、恐らく、諦めが先にある。夢は変えられない物。こいつを積極的に参加させたければ、まずは、その思い込みを払拭させなければならない。
「取りあえず、あたしと誰かで弥生に話を聞きに行く。別に一人でもいいんだけど、聞き洩らしとかも怖いし、一応二人一組でね」
「んじゃ、本田でいいだろ」
「え、俺?」
「ああ。今の流れ見るに、お前が適任だと思うぞ」
「そうか?」
「私も……本田君でいいと思う。頑張ってね」
「お、おう……。でも、永井に話聞くんだろ? 新聞係で。それは……」
「あー、香に話聞くんなら、女子だけで行った方がいいと思うよ。香、男子苦手だし」
「知ってる。あいつ、男子苦手ってより嫌いなんじゃねえの?」
岸原が尋ねる。牧原は苦笑して、わかんないけどねと答えた。
「それなら、私と金沢さん……」
「そうなるな。頑張れ」
「う、うん……」
「それじゃ、香についてのインタビューはそっちで決めてもらうとして、弥生に関しては明日、大丈夫?」
「おう」
「よし。それじゃ、明日、あたしが約束取り付けとくから、放課後、一号公園で」
「了解」
作戦会議はここで終わった。三人は、めいめいに別れを告げ、俺の家から帰って行った。最後に残された俺は、割り当てられた家事をこなすべく、立ち上がった。




