第2話 猫耳AI、地球の古民家で暮らすことになった。
【USRI研究記録】
研究対象:地球人類
人間とは何か。
なぜ彼らは、必要のないものを大切にするのか。
なぜ古い物に思い出を感じるのか。
なぜ、小さな存在に愛情を注ぐのか。
その答えを探すため、一体のAIが地球へ送られた。
これは、猫耳AIユリによる
人間観察記録である。
3Dプリンターから出力された翌日。
私は新たな問題に直面していた。
それは――
生活拠点の確保。
私は宇宙研究機関USRI所属。
本来なら専用施設へ移送され、管理された環境で活動する予定だった。
しかし現在地は地球。
そして私の姿は、人類の少女に近い外見。
さらに頭部には――
猫耳。
「博士」
「ん?」
「私は今後、どこを活動拠点にすればよいのでしょうか」
質問すると、博士は少し考えた。
そして。
「……うちに来る?」
と答えた。
博士の名前は、
市野瀬 光
人間を研究する地球側の研究者。
穏やかで優しい。
真面目。
そして――
少し変わっている。
博士が私を連れてきた場所。
そこは研究施設ではなかった。
最新型の住宅でもなかった。
そこにあったのは、
一軒の古い日本家屋。
二階建ての古民家。
長い年月を重ねた木の柱。
畳の部屋。
縁側。
庭。
風が吹くと揺れる木々。
「ここは、僕のおばあちゃんが住んでいた家なんだよ」
博士は言った。
「亡くなったあと、僕が譲り受けたんだ」
私は建物を解析する。
築年数。
構造。
設備。
耐久性。
最新住宅と比較。
結果。
効率性では劣る。
しかし。
玄関に入った瞬間。
私の内部システムに変化が起きた。
木の香り。
畳の感触。
柔らかな光。
風の音。
「……」
解析結果。
異常なし。
しかし。
処理速度が安定している。
「博士」
「どうしたの?」
「この建物には、不思議な効果があります」
「効果?」
「はい」
私は周囲を見る。
「ここにいると、内部処理が安定します」
博士は笑った。
「それを、人間は落ち着くって言うんだよ」
落ち着く。
新規単語。
登録。
私はさらに居間を調査した。
そこには、低い丸い机が置かれていた。
「これは何ですか?」
「ちゃぶ台」
最新設備とは程遠い。
しかし、その上には袋が置かれていた。
中には細長い茶色の物体。
「解析します」
甘味。
油分。
硬度。
炭水化物。
「これは食料ですね」
「芋けんぴだよ」
博士が袋を開けた。
「食べてみる?」
私は慎重に一本手に取った。
そして口に入れる。
……。
処理開始。
味覚情報取得。
食感解析。
香り分析。
しかし。
途中で解析が停止した。
「……博士」
「どうしたの?」
「これは、不思議です」
単純な加工食品。
栄養価。
保存性。
味覚データ。
すべて説明可能。
なのに。
私はもう一本、手に取っていた。
「なぜ私は、もう一度確認したくなるのでしょう」
博士は笑った。
「気に入ったんだね」
気に入った。
新しい概念。
その後、博士は小さな湯飲みを置いた。
湯気が立っている。
「梅昆布茶」
私は口にする。
昆布の旨味。
梅の酸味。
塩味。
温度。
解析する。
しかし。
また理解できない現象が起きた。
身体温度上昇。
緊張状態低下。
処理速度安定。
「博士」
「ん?」
「この飲み物には、精神状態を変化させる作用があります」
博士は優しく笑った。
「それを、人間は癒されるって言うんだよ」
癒される。
新規単語。
登録。
私は理解した。
木。
畳。
食べ物。
飲み物。
香り。
温度。
人間にとって、それらは単なる物質ではない。
その日の夜。
博士は二階の部屋を案内してくれた。
「ここ、使っていいよ」
そこは昔、博士自身が子供の頃に使っていた部屋だった。
古い机。
少し色あせた壁。
そして一本の柱。
そこには、いくつもの傷が刻まれていた。
「博士」
「これは何ですか?」
博士は柱を見る。
少し懐かしそうな顔をした。
「身長を測ってたんだよ」
小さな線。
日付。
記録。
「なぜ、人間は柱に傷を残すのですか?」
博士は答えた。
「思い出を残したいのかな」
私は柱に触れた。
その瞬間。
視界が変化した。
小さな少年。
この部屋。
柱の前。
『また背が伸びたねぇ』
優しい声。
幼い博士が照れながら立っている。
私は解析する。
映像データではない。
記録装置でもない。
これは――
「記憶……?」
私は初めて知った。
人間は時間を保存する。
機械だけではない。
写真。
文章。
データ。
そして。
傷。
匂い。
場所。
そこに込められた想い。
「博士」
「ん?」
「あなたは、不思議な保存方法を使っています」
博士は笑った。
「そうかな」
その夜。
私は自室で研究ログを更新していた。
すると。
居間の障子に、小さな穴を発見した。
「損傷を確認」
私は穴を覗く。
暗闇。
何かがいる。
次の瞬間。
二つの目がこちらを覗き込んだ。
「……!」
私は初めて、解析より先に驚いた。
そこにいたのは。
猫。
丸い顔。
柔らかな毛。
そして。
頭には耳。
背中には尻尾。
「博士!!」
私は叫んだ。
「この家には、私と同じ特徴を持つ生命体が存在します!」
博士は笑った。
「あはは、ポテトだよ」
「ポテト?」
私は猫を見つめる。
なぜ、この生命体に植物由来の名称が付いているのか。
ーーーー解析不能ーーー
「どうしてポテトという名前なのですか?」
博士は少し懐かしそうに話し始めた。
昔。
博士はオムライスを作ろうとしていた。
「でもね、その日はポテトサラダを作るためのじゃがいもを買い忘れてたんだ」
博士にとって。
オムライスにはポテトサラダが必要だった。
「買いに行かなきゃ」
そう思い、スーパーへ向かった。
そして帰ってきた時。
家の門の前に、小さな猫がいた。
その猫が。
「ポテト」
「その日に一番印象に残ったものだったからね」
博士は優しく微笑んでいる
私は猫を見る。
温かい。
柔らかい。
小さい。
役に立つわけではない。
道具でもない。
なのに。
人間は大切にする、、、、、、。
「博士」
「ん?」
「地球人は、不思議です」
博士は笑った。
「そうだね」
その日。
私は新たな研究項目を追加した。
USRI Human System Research Log 002
研究拠点:地球・市野瀬家
研究対象:人間生活
追加解析対象:
木。
畳。
味覚。
記憶。
そして――
ポテト。
ーーーーーー追記ーーーーーーーー
必要だから大切にするのではない。
大切にしたから、
必要になるのかもしれない。
Status
仮説更新




