第1話「XI月二十八日の朝」
目が覚めた。
テントの天井が見えた。南米の湿った空気が、肌にまとわりついている。外からは、兵士たちが動き回る音が聞こえる。補給物資を運ぶ足音。通信車両のエンジン音。誰かが何かを怒鳴っている声。
マティアス・クロイツァー大佐は、上体を起こした。
時計を見た。午前四時。
いつも通りの時刻だった。
いつも通り、という感覚が、この朝にはあった。何度も見た景色のような、既視感に似た何か。でも、マティアスはそれを夢の残滓だと思った。
コーヒーの匂いがした。
「マティアス、私だ、入っても構わないだろうか」
カイル・フォン・シュトラール中佐が、返事を待たずにテントに入ってきた。赤い軍服。上品な所作。手にはティーカップが二つ。
「早いな」
「眠れなかったか?」
「……気づいたら眠っていた」
カイルはカップを置いた。マティアスはそれを受け取った。コーヒーを一口飲んだ。
うまかった。いつも通りに、うまかった。
「作戦のことだが」
カイルが言った。
「ゴッグ一号機の話か」
「何もお前が乗ることはないと思うのだが」
「他に頼めるものがいない」
同じ会話だった。
マティアスは、その感覚に気づかなかった。ただのデジャヴだと思った。戦場では、似たような会話が繰り返される。それだけのことだと思った。
夜明けが来た。
ベースキャンプが動き始めた。兵士たちが持ち場につく。格納庫でゴッグ一号機の最終確認が行われる。マティアスは現場を歩き回り、各部署の状況を確認した。
途中で、ハル・ノイマン軍曹が声をかけてきた。
「いよいよですね、なんだか寝付けなくて」
「怖いのか」
「怖い、って言っちゃダメなんですかね、やっぱり」
「ダメではない、怖いという感情は兵士には必要な素質だ」
この会話も、既視感があった。
でも、マティアスはまだ気づかなかった。
ハルは胸を叩いて、湖畔の格納庫へ向かった。その背中を見送りながら、マティアスは何かを感じた。何かが引っかかる感覚。でも、何が引っかかっているのかは分からなかった。
作戦開始時刻が近づいていた。
砲撃が来たのは、予定より早かった。
空を裂いた光。静謐な閃光。ベースキャンプが一瞬で白く染まった。
マティアスは、その瞬間に「また」と思った。
また、という言葉が、頭の中に浮かんだ。
でも、それが何を意味するのかを考える間もなく、爆発が来た。地面が揺れた。誰かが叫んだ。マティアスはゴッグ一号機へ走った。
走りながら、後ろを振り返った。
ハルとミナが、湖畔の方へ走っているのが見えた。
格納庫でゴッグ一号機に乗り込んだ。ハッチを閉めた。コックピットに計器の光が溢れた。
その時、通信が入った。カイルの声だった。
「マティアス、俺が行く」
「何?」
「一号機は俺が乗る。お前は——」
「カイル、何を言って——」
「生きて帰れ、マティアス」
通信が切れた。
コックピットの外で、何かが動いた気がした。
そして、光が来た。
全てが白くなった。
目が覚めた。
テントの天井が見えた。南米の湿った空気が、肌にまとわりついている。外からは、兵士たちが動き回る音が聞こえる。
時計を見た。午前四時。
マティアスは、上体を起こした。
頭の中に、何かが残っていた。光の感覚。カイルの声。「生きて帰れ」という言葉。
夢か、と思った。
コーヒーの匂いがした。
「マティアス、私だ、入っても構わないだろうか」
カイルが、テントに入ってきた。赤い軍服。上品な所作。手にはティーカップが二つ。
マティアスは、カイルを見た。
生きている。
当然だった。まだ作戦は始まっていない。カイルが死ぬはずがない。
夢だったのだ、とマティアスは思った。
「早いな」
「眠れなかったか?」
「……少し、変な夢を見た」
「どんな夢だ」
「お前が、俺の代わりに一号機に乗った夢だ」
カイルは、ティーカップをテーブルに置きながら言った。
「それは悪夢だな」
「なぜ」
「俺はパイロットには向いていない。乗せるな」
マティアスは少し笑った。カイルも笑った。
コーヒーを飲んだ。うまかった。
夢の感覚は、少しずつ薄れていった。
【次回 第2話「また同じ朝」へ】




