七夕飾り
七夕編スタートです!
一年に一度しか好きな人と会えないのは、長い時間を生きるからこそできる縛りなんだ、と陽菜は思う。
しかも、互いが一途に想い合い、気持ちが離れることがない、という前提条件が必須だ。
他の誰かに目移りすることなく、相手のことだけを想う。
三百六十五日か三百六十六日に一日しか会えない恋人。一日と言っても、会えるのは二十四時間ではなく、ほんの数時間。
その恋人のことを想いながら過ごす一年は、どんな気持ちなんだろう。
紙縒りを通した七夕飾りの短冊を細い笹の枝に結びつけ、陽菜は書いた願い事を読み上げる。
「また会えますように」
家族の目があるから、誰に、とはあえて書かなかった。
陽菜の密かな願い事。
端午の節句のときには、せっかく向こうに行けたのに、会いに行くチャンスを逃してしまった。
夜空に浮かぶ月を眺めて、想いを馳せることはできても、やはり会いたいのだ。
「陽菜ちゃん、全部飾れた?」
玄関から祖母が顔を出す。手にする盆には、切ったスイカ。そういえば、冷蔵庫の野菜室に何日も前から入っていたな、と思い出す。
七夕である今日の日のために、祖母が用意してくれていた陽菜の好物だ。
「あと少しで終わる!」
折り紙で作った織姫と彦星、網飾り、吹き流し、天の川、提灯にスイカと、星を連ねた星飾り。あとは、陽菜の願い事を書いた短冊を全て結びつけたらおしまいだ。
「どんな願い事にしたの?」
「ん〜? これだよ」
祖母に見せた短冊には、勉強ができますように、と書いてある。
陽菜の住む地域では、昔からの行事は月遅れですることが多い。だから七夕も、七月七日ではなく、八月七日に行うのだ。
八月と言えば、夏休みの真っ只中。夏休み中に、こなさなければならない宿題が山ほどある。要領が悪いのか、配分が悪いのか、毎日四苦八苦していた。
国語や算数のドリルだけではなく、読書感想文に工作、それから自由研究。なにをどう手をつければいいのか悩んでいる間に、七月は過ぎ去ってしまった。
一年生の授業には、かろうじてついて行けているけれど、余裕は無い。
通信教材をすれば誰でも勉強にやる気が出て、成績もよくなる! みたいなイメージ戦略になびきそうにもなるけれど、塾にも通わず自力で頑張っていた。
桃の節句の頃に天神人形が語っていたような喜びは、まだ全然実感できない。けれど、まだ基本のキなんだと、自分に言い聞かせていた。
「陽菜ちゃんは、勉強が苦手なの?」
「う〜ん……得意ではないかなぁ」
勉強が始まったばかりのころは、序の口だよと百点を連発していたけれど、一度つまずいてしまってから、惜しい点数ばかりになってしまっている。
満点が取れないのは悔しい。悔しいから、勉強する。勉強するのに満点が取れない。そんなループの中に居た。
「おばあちゃんもね、勉強は苦手だったわぁ。だけど、興味のあることには、とても集中できたのよ」
「おばあちゃんの興味って、どれ?」
祖母の興味があることは、今も行っている趣味だろう。
祖母の部屋には、陶芸教室で作った作品があり、和紙で作った花を盛っている籠もある。自作の絵葉書も額に入れて飾ってあるし、着物を着させた人形も作っていた。長続きしなくて趣味がコロコロ変わるのではなく、それに取り組みたい衝動の波が、定期的にやってくるみたいだ。
「一番長く続いているのは、和裁ね。ほら、人形に着せてるお着物とか、陽菜ちゃんに作ってきた浴衣や甚平! フリフリつけたり、アレンジが豊かになったから、より楽しいのよ」
「そうだね。たしかに、おばあちゃんの一番の趣味で、興味があるものってなったら、それだよね」
和裁と洋裁で生地の断ち方が違うというのは、祖母が浴衣を作っているのを眺めていたときに初めて知った。
人の体に着る物を合わせる洋裁では、生地の端切れが多く出る。けれど、一枚の反物から各部位を長方形に切り取っていく和裁では、着る物に人の体を合わせているから、生地の端切れはほとんど出ない。縫った着物を解いて並べたら、また一枚の反物に戻せるという驚き。とてもエコだ。
そして人形に着せる和装も、人間が着る着物と同じ作り方だった。
浴衣や甚平を容易く縫ってしまえる祖母だから、人形に着させる着物もお手の物だ。
「でも、最初からできてたわけじゃないのよ。なかなか上達しなくて、七夕のジンクスに頼っちゃったもの」
「七夕の……ジンクス?」
陽菜が興味を示すと、祖母は肩をすくめ、恥ずかしそうにフフフと笑う。
「ジンクスって言うか、迷信? おまじないみたいなもんなんだけどね」
「えへ〜……どんな?」
おまじないや占い、心理テストの類は、一年生の女子達の間でも人気だ。そういう本を学校に一冊持って行けば、たちまち人気者になれる。本を持っていなくても、そういう系のネタを知っていれば、尊敬の眼差しを向けられるのだ。
凄いと賞賛されれば、ちょっとした優越感を得られる。クラスの人気者になれた気分に浸れるのだ。
陽菜も、少しでいいから注目を浴びたい。
承認欲求を満たしたくて、祖母にギュッと抱きついた。
「ねぇ、おばあちゃ〜ん。教えてほしいな〜」
「いいけど、迷信みたいなもんよ? やったからって、必ず叶うわけじゃないからね」
「うん!」
分かってる! と、祖母から離れた陽菜は、小躍りするようにクルリと回る。
祖母はスイカが乗っている盆を足元に置き、よっこらしょ〜っと、腰を下ろした。
「織姫様って、機織りが上手なのよ。だから、織姫様にあやかって、縫い物が上手になりますようにってね。七夕の夜に、星明かりと月明かりの中、針穴に糸を通せたら願いが叶う……とか」
「星明かりと、月明かり」
暗い中、針穴に糸を通す……難易度のレベルは、どれくらいなのだろう。
老眼が入ってきた、と言う祖母から、針穴に糸を通してほしいと頼まれることがたまにあるから、あの小さい穴に糸の先を通す難しさは承知しているつもりだ。
針穴に糸を通すには、目の焦点がシッカリ合っていて、糸の先と針穴までの距離や空間認識ができていなければうまくいかないと、陽菜は思っている。
昔から伝わっているおまじないということは、電気が普及する前からだろうか。
光源がロウソクの灯りだけしか無ければ、ほぼ暗闇だ。そんな中で、星明かりと月明かりのみで針穴に糸を通せたら、それは感動するだろう。それだけの集中力があるなら、針仕事も上達していくはずだ。
「ねぇ、おばあちゃん。とか、ってことは、他にもあるの? おまじない」
恋に効果があるおまじないがあれば、試してみたい。
ツクヨミの顔が、ポンッと頭の中に浮かぶ。
(いやいやいやいや……!)
慌てて否定して頭を振ると、思考の中からツクヨミを追い出す。
(ツクヨミ様は神様だもの。初恋だけど、数に入れちゃダメ。ただ恋しくて……そう、会いたい。会いたいだけなんだから!)
自分の中で言い訳をするけれど、どうにも説得力に欠ける。
ツクヨミに恋をしても、報われないことは明白だ。だから人間の、年齢が近い人で好きな人を見つけなければとアンテナは張っている。けれど、ツクヨミと会ったときみたいなときめきは、誰にも感じない。
祖母は、そんな陽菜の葛藤に気づきもせず、記憶の糸を辿りながらおまじないを思い出そうとしてくれていた。
「あぁ、思い出したよ」
「ホント? やったぁ」
喜ぶ陽菜にスイカを手渡すと、祖母もスイカを手にしてひと口かじる。
シャクッと、美味しそうな音がした。
「里芋の葉に溜まる朝露を集めて、そのお水で墨をすったら、梶の葉に筆で願い事を書く方法。あとは、七日の日に……朝から寝るまでの間に願い事をしながら同じ行動を七回繰り返すと願いが叶う、というのもあったね。それから、願い事を思い浮かべながら素麺を食べるっておまじないもあったし、短冊に書く願い事を断定するように書いたら叶うってのもあったわよ」
「断定?」
そうなのよ〜と、口の中にある種を出しながら祖母は答える。
「勉強ができますように、じゃなくて、勉強ができた! って書くといいみたいなの」
「えっ……」
なんということだ。
ならば、『会えますように』ではなく、『会えた』と書かなければならない。
短冊は全部使い切ってしまった。血の気がサーッと引いていく気がする。
「あぁ、大変。書き直さなきゃいけないのに……」
「まぁ、もう今日はいいじゃない。また来年やってごらんなさい」
「でも……」
どうせなら、今がいい。夜になる前に知ってしまったのだから。
おろおろする陽菜の手に、祖母の手が重なった。陽菜を安心させるように、笑顔を浮かべている。ほらほら、と言いながら、陽菜の頭を撫でた。
「陽菜ちゃん、まずはスイカを食べましょ。冷蔵庫から出したばっかりだったのに、ぬるくなっちゃうわ」
冷蔵庫から出されたスイカの皮には、外気の影響でか、いくつもの水滴が浮かび上がっている。
陽菜の指先の温度も伝わって、常温に戻りつつあるかもしれない。
「はぁい、いただきま〜す」
大きな口を開けて、パクリと真ん中にかぶりつく。咀嚼をすればシャクッシャクッと、新鮮さが食感で伝わる。口の中には瑞々しい果汁が溢れ、舌の上には甘さが広がていった。
「美味し〜ぃ」
やはり、夏にはスイカだ。
黙々と食べ続けていると、スイカの皮を盆に戻した祖母が話しかけてくる。
「夜ご飯は、チラシ寿司と素麺にしましょうね。ニンジンやジャガイモを星型でくり抜こうと思ってるんだけど、どう思う? 七夕っぽいじゃない?」
「そうだね。いいと思うよ!」
陽菜が同意すると、祖母は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「よかった。じゃあ、一緒に作りましょ」
うん、と頷き、口の中いっぱいにスイカを頬張る。
今の天気は晴れ。夜には、星がキレイに見えそうだ。




