22
あれから一週間が経った竜騎士団・執務室。
ギン・ボルガーはいつものように書類と格闘していた。
いつものように。
「はぁ……」
などとため息が出てしまうのは、体の疲れもあるのだろう。
全身に纏う《ドラグーン》はかなりの生命力を消耗する。ギンがサラに向かって「お前さんの寿命は後五分だ」と言ったのは、五分以上使えばそれだけ生命が危険になるという意味もあった。
そして、最後に放った『絶喰』。あの一撃の反動も一週間経った今でもまだ抜ききれていない。
「けどまぁ、奇跡ってのは本当にあるもんだな」
奇跡、とはサラの事である。
実を言うと、森をも削るような威力を持った『絶喰』を食らっていてもサラは生きていたのだ。恐らくはドラゴンとしての力が彼女を生かしたのだろうが、それにしても凄まじい生命力である。
まぁ、そんなこんなで事件もようやくほとぼりが冷め始め、穏やかな日々を過ごす今日この頃であったのだが。
「お邪魔するわよ、ギン」
どうやら、それも今日までらしい。
ギンはイラつかせた顔でユーラに一言申す。
「邪魔するんだったら帰れ」
「そうやって邪険にしないでよー。こうやって様子見に来てあげる友達なんて、ワタシぐらいしかいないでしょう?」
忌々しい。
何が忌々しいかというと、ユーラのこの発言を否定できない自分が、である。
「それにしても、災難だったわよねー。殺し屋共を捕まえることはできたのに、帰ってくるなりいきなり白騎士団の連中が『そいつらの身柄をよこせ』だなんてこと言ってきて、結局今回の手柄は一切なしでしょう? ドラゴンの件だって曖昧に誤魔化されちゃったし。もう、ホント、嫌になっちゃう」
「仕方ねぇだろ。そもそもにして、これは白騎士団の連中からもらった仕事だ。最初からこんな事になるんじゃないかっていう予想はしていた。それに、アルミスの賠償金に加え、今回は別として謝礼を貰っているんだ。これ以上、何の文句がある?」
「あらら。今回の件でかなりご立腹だと予想していたけど、そうでもなさそうね」
「そりゃあまぁ、確かに怒ってはいる。何せ、俺達は確実に騙されていた……いや、操られていたと言った方がいいか? 誰かの策略に知らないまま行動した。その思惑が成功したか、失敗したかは知らないがな」
「それが分かっているのなら、どうして?」
「怒っても無駄だろうが。どうせ根幹にいるのはあの団長達かそれ以上の立場にいる人間。でなきゃ、嘘っぱちの依頼が騎士団に通るわけがない。そんな人間に、俺のような立場の人間が、どうやって歯向かうってんだ?」
ギンは竜騎士団団長という地位にいる。
だが、それだけだ。
以前はどうかは知らないが、今の竜騎士団に他の団長達と駆け引きができる力はない。ならば、それ以上の立場にいる人間とどうやって戦うのか。
下手に動けば、潰されるのは必至だ。
「それに」
「? それに?」
「俺が怒っているのは、それだけじゃあないからな」
ジロリッ、ときっつい眼でユーラを睨む。
ギンが何を言いたいのか理解しているユーラは両手を挙げて降参のポーズを取る。
「はいはい、分かっているわよ。ちゃんと話すからそんな怖い顔しないで……って言っても、話の内容を聞いたら、どうせ同じになるから意味ないか」
「……それだけ、やばい案件ってことか」
「そうよ? やっぱり聞くのやめる?」
「冗談。俺の部下の事だぞ。俺が知ってなくてどうする」
「そういうと思った」
そう言うと、ユーラは今回の事件について語り出す。
「事の発端は、ギン自身が以前に口にしているわ。ほら、ワタシがこの前ここに来ていた時に言っていたでしょう? 王様が倒れて継承者で揉めていたって」
ああ、確かに言った。もし、王様が亡くなったら次はアーロット王子が次の王様になり、それを気に食わない保守派の貴族達が反対していると。そのせいで、騎士団内でも少々ゴタゴタがあった。
しかし……それがこの件とどう関係があるんだ?
「現国王、カロル王には一人の正妻、エレナ王妃様がいた。けれども、エレナ王妃は病弱で結婚をして三年後、今から言うと十六年程前に亡くなってしまった」
それは、この国の誰でも知っている。
エレナ王妃。大貴族の出身のお嬢様であり、その美貌は現国王、カロル王が一目惚れした程の美しさだったという。その愛は深く、一夫多妻制であるにも関わらず、カロル王はエレナ王妃しか妻とはせず、今に至るまで、側室を持とうとはしていないのだ。
ギンがエレナ王妃をその目で見たのは数回、しかも遠くからだったので、あまり覚えていない。
けれども、多くの人に親しまれていたのは記憶に残っている。
「けれど、エレナ様の死には一つの噂があった。病死ではなく、誰かの暗殺ではなかったのか、と」
「それなら俺も知っている。確か、王妃様は保守派の人間でそれを快く思わなかった改革派の人間が暗殺を企てだって奴だな? だが、あれは騎士団が隅から隅まで探しても何も出てこなかったんだろう?」
そう。暗殺の可能性が出てきて、騎士団が調査をしたのだ。
しかし、その結果は全くなし。快く思わないから殺す、などという動機もあまりに曖昧だったために、これ以上の捜査は不要になったのだ。
「ええ。結局調査は中断。真相は闇の中ってわけ」
ユーラは首を左右に振りながら苦笑する。
「けど、ギン? 王妃様にはもう一つの噂があったの知ってる?」
「もう一つ?」
はて、何かあっただろうか? などと考えながら思い出そうとするギンに、ユーラは告げる。
「実は王妃様は死の直前に子供を産んでいたって話よ」
「そんな噂は初めて聞いたが……?」
「あらヤダ。ギンったらホントそういうのに疎いのね。これも結構噂になったのよ?」
「知るか。っていうか、そんなもん、今回の件に全然関係ないだろうが」
もったいぶらすような言い方にいい加減腹を立てたギンはユーラにイラついた口調で言う。さっさと事実を知りたいギンには、遠まわしの言い方がイラっとくるのだ。
しかし、今回に限ってはユーラの話の手順は間違っていなかった。
「じゃあ、その子供が今では騎士団内で騎士になっているって言っても、関係ない話かしら?」
言われた瞬間、ギンはハッとなる。
「おい、ちょっと待て。確か、王妃様が死んだのって十六年前のことだよな」
「ええ、そうよ」
「だとしたら……」
十六年前の子供。今では騎士団内で騎士になっている。そして、今回の事件。それらを組み合わせ、ギンは一つの事を思い出す。
確か……あの三人の年齢は十六ではなかっただろうか。
「……ユーラ。お前まさか……あの三人の中に、その子供がいるっていうのか?」
「正解」
ユーラの言葉に、ギンは呆気に取られていた。
おいおい……嘘だろう?
ギンが疑いたくなるのも当然の話だ。何せ、自分の部下の一人がこの国の王子、または王女だと言われているのだ。それを聞いてはいそうですか、と信じる方がどうかしている。
けれども、と思いながらこれまでのことを思い出す。
確かエイミーは今の両親に拾われたと言っていた。ディストにしても母親が誰か知らないとも言っていた。アルミスに関しては出自が不明。
皆、疑うに足る理由を持っていた。
「……冗談、じゃないんだな?」
「流石のワタシでも、王様までダシにして冗談なんて言えないわよ」
「ってことは、今回の事件は……」
「そう。王様の子供を狙った暗殺計画だったのよ。そして、その背後にいるのは……次の王位継承者となっているアーロット王子よ」
「……、」
言葉がでなかった。
ユーラの話をまとめると、つまり……自分達はこの国の現王子に狙われていたということになる。いや、実際はその計画が失敗したので現在も狙われ続けているのだろう。
「マジかよ……」
「大マジ。アーロット王子は王様が養子にして王子という役所をもらっているけど、もしここで王様と血の繋がった子供が出てくれば、そちらに継承権が強くなるでしょうね。何せ、この国の王は世襲制で決めていくものだから」
「それを恐れたアーロット王子が暗殺を企てた、と」
「前々から動きがあったそうよ。けど、現王様が倒れた一件でさらに動きが活発になってきてね。どうしても不安要素を潰しておきたかったようね。後から『自分は王様の子供だ!!』って奴が現れたらたまらないから」
アーロット王子はこのままいけば、国王になるのは間違いない。それだけの功績をあげているのだ。しかし、そんな時に王様には子供がいてその人物が王位を継ぐ、となったら確かにたまったものではないだろう。
「けどよ、王様の子供がいるにしたって、それを証明する手立てはあるのかよ?」
「ないわね。っというより、証明することなんて不可能でしょう」
「何?」
「だって、本人は自分が王様の子供だって知らないんだから」
何だって?
不可解な事に眉を顰めるギンに、ユーラは説明していく。
「王妃様が殺されて、赤ん坊の命も危ないと思った王様は極秘に別の誰かに子供を託した。しかも、その誰かさんも、それが王様の子供だとは知らないようなの。だから子供はその事実を聞かされないまま育っていったとワタシは聞いているわ」
「なるほど……つまり、王様の子供が誰なのか知っているのは王様とごくわずかな人間だけ、ということか」
「ええ。もはや、知っているのはあの団長三人と王様ぐらいじゃないのかしら? 子供を極秘に隠す時にあの三人が手助けしたって話を聞いたわ」
あの三人ならそれくらいの事知っていそうな気がする。
「けどよ、それだったらアーロット王子は別に暗殺なんてしなくても良いんじゃないか? 本人が自分の正体を知っていないんなら、自分が王様の子供だと言い出すこともないだろうに」
「ええ、その通りなんだけど……アーロット王子は完璧主義者。さっきも言ったように一つでも不安があるのならそれを取り除く事に全力を注ぐ方だからねぇ」
故に、自分の障害となりうる可能性がある者なら、その確率が低くても潰す。暗殺という汚い手を使ってまでも。
「まぁ、そんなアーロット王子が相手だから、中々暗殺の証拠を見つけられなくてね。団長の三人は王子の尻尾を掴むためにちょっとしたアクションを起こした。それが……」
「各騎士団から一人、竜騎士団への入団、か」
ここで今回の話に繋がってくる
「前もってアーロット王子に三人の誰かが王様の子供である事をわざと情報を流し暗殺が出来る状況を作り出した」
「そして、暗殺者どもを捕まえて、アーロット王子が暗殺を企てていたという証拠を手に入れる……つまり、竜騎士団は魚を釣る餌場にされたってわけか」
全く情けない話である。
そんな大事に巻き込まれていたとは知らないまま、あの三人を自分は迎え入れたのだから。
「……だが、分からん。王様はアーロット王子が自分の子供を殺そうとしているのを知っているんだろう? なのに、何故糾弾しない? それだけじゃない。こんな、自分の子供を危険に晒すような真似までして……何を考えているんだ?」
「暗殺計画をしていたにせよ、アーロット王子は優秀な人材には変わりはない。しかも、王様が認めて養子にした人間。そんな人を証拠もなく捕まえることなんて、無理な話よ。ただ……アナタの言う通り、子供を危険に晒すなんて、普通なら考えられないわ。まっ、お偉いさんの気持ちなんて、ワタシ達には理解できないんでしょうけど」
胸糞悪い話である。
立場の問題、政治関係、権力争い。そんなもののために、自分の子供を平気を巻き込むような人間に自分は仕えているのだと思うと、悔しくてたまらない。
「まぁ……もしかしたらだけど、王様は自分の子供に普通の人間として生きて欲しいんじゃないかしら?」
「は?」
「だって、王様が直々に糾弾してしまったら、このことは公に晒されてしまう。そうなれば、子供は問答無用で次の王位を継承させられる。そうなってしまったら、また暗殺やら何やら色々面倒な事に巻き込まれてしまう。そうならないためにもって思いがあるのかもよ?」
「だが、実際もう巻き込まれちまっている。それに……その調子だと、今回の件でアーロット王子をしょっぴくことはできないんだろう」
その事実が的中したのか、ユーラは、ふぅ、と大きなため息を吐いた。
「実は、あの暗殺者達に依頼した貴族を突き止めたらしいんだけど、ソイツ、取り押さえていった時にはすでに殺されていたそうよ」
「口封じだな」
「恐らくは、ね。全く、おかげで白騎士団団長様がお冠の状態よ。でも、これでまた一からやり直しってわけ。でもまぁ、アーロット王子にはそれなりの牽制として伝わったはずよ。しばらくは手を出しては来ないでしょう」
暗殺が失敗し、これ以上動けば墓穴を掘る可能性は高い。そうならないためにも、しばらくは大人しくしているだろう。
とは言っても、だ。これから竜騎士団は大変な目に会っていくのは違いない。
先が思いやられる。
「……それはそうと、ユーラ。俺はまだ大事な事を聞いてない。あの三人の内、誰が王様の子供なんだ?」
「それは……流石のワタシも聞かされていないわ。本当にごく一部の人間しか知らない話のようだからね。だから、実際今回の任務、誰を守っていいのか困っていたのよ」
「……お前なら知っていそうな気がするが」
そう言うギンにユーラは困ったような顔をする。こういう時の彼は、本当に知らないのだ。
全くもって、大変な事になったものだ。
けれどもまぁ……。
「そんな程度の事、気にしても仕方がないか」
自分の部下に、王様の子供が混じっている。要はそれだけの話だ。
この事実が分かった所で、今までと何か変わるわけでもない。確かに、かなり苦労はするかもしれないが、それだって団長の仕事の一つと思えばいい。
部下を護る事。
それが、団長として大切な事なのだから。
「……そう言えば、今日はあの子達見かけないわね。どうしたの?」
「花を買いに行ってもらっててな……おっともうこんな時間か。俺もそろそろ行かないと」
「あら、どこかへ出掛けるの?」
ユーラの問いに、ギンは微笑しながら答える。
「ああ、ちょっと墓参りにな」




