最終話 明日の私は、笑顔でいられますか?
最終話 明日の私は、笑顔でいられますか?
窓際の席に座って、誰と話すこともなく一日が過ぎていく。
去年の秋が深まるころまでの私は、コミュ障の根暗女だった。クラスメイト達の雑談すらも鬱陶しく感じて、耳を抑えるほどに苦しくて、とても普通の学校生活を送ることができない。そんな破たんした状態の私も、今は面白おかしく過ごしている。
放課後、教室は西日が差し込んでくる。
私の席の後ろにいる人物は、鞄を手に席を立つ。
「有紀、一緒に帰るか?」
「そうだね。特にやることないし、帰りますか」
椅子から立ち上がった私は、黒板横の小さな机に目を遣った。そこには小さなガラスの花瓶が置いてある。私は、ある日の放課後に、あの机から花瓶を持ち上げると、狂気に任せて、床にたたきつけた。その時を偶然、啓二が見ていた。
彼はそれまでほとんど感情をあらわにしない私に対して初めて興味を持った。
お面みたいで感情の起伏がほとんどない私が、激しく変わっていく様子に、心を大きく揺さぶられたとか。
「本当に、よく私に話しかけてくれたよ」
私は先に廊下へ出ている啓二に駆け寄る。
彼に並んで廊下を歩いている。階段を下りようとした時、階下から二人の女性徒とかち合った。一人は、私の友人で同居人の橘加奈。もう一人は、弟の彼女で生徒会役員の宮古さんだった。
加奈は私たち二人を見やると心底憎たらしそうな顔を浮かべた。
「二人とも仲陸奥ましいな。羨ましいぞ」
「結構病んでいるな。どうしたんだ?」
普段クールな彼女がこうも感情を表出だすことも珍しい。
啓二は、うつうつとしたオーラを放っている加奈から少し距離をとる。すると、加奈が一歩彼との距離を詰めた。
変な空気が漂っている。戸惑う宮古さんは、私に何とかしてくれと言わんばかりに、睨んでくる。
仕方ない。
「どうしたのよ。こんなじめじめした加奈なんて珍しい」
私が尋ねると、彼女は、ぱっと私のほうに顔を向ける。
「よくぞ聞いてくれた。実は最近飯田の奴が私の相手をしてくれないんだ。あの馬鹿、なかなかそういうことに疎くて、それらしいことを言っても気づいてくれないんだぞ」
それらしいこと、というと恋人らしいことをさすんだろうなあ。
飯田君は、スポーツ一直線なところがある。それに少しバカだ。飯田君は、加奈に散々いじられていたのもそれが原因だろう。彼は愛すべきバカ、という印象は私たち全員にあった。
何だか、ボケボケな飯田君が頭の中に浮かんでくる。
加奈と飯田君がかみ合わない会話をしている様子なんて、ちょっと想像すると笑いをこらえることができない。
「おい有紀。何を笑っているんだ?」
「ああ、ごめんごめん。まあ、頑張って」
私は加奈の肩をトンと叩く。
加奈は、嘆息すると階段を昇っていく。宮古さんもこちらにぺこりと頭を下げて、彼女を追っていった。
グラウンドに出ると、陸上部が短距離走のタイムを計っていた。
私のよく知る少女は、片手のクリップボードに挟んだ記録表にタイムを記録していく。少女は記録表片手に先ほど走り終えたとある男子に駆け寄った。何を話しているのかは、こちらからは分からない。ただ時折、顔を赤くさせたり、手をもじもじさせている。そんな親友の姿にほほえましさを覚える。
「ほんの少しの間だけ、陸上部マネージャーの助っ人をするはずだったのに、正式入部した理由が、あの男子か」
私は親友、神宮寺那岐が楽しそうに笑っている様子を眺めていた。
彼女は、こちらに気付くと手をぶんぶん振ってくる。
私は彼女に手を振り返した。
私は、啓二と校門を出る。
歩道を歩いていると、ふと左手首がうずいた。右手で、添えるように撫でながらに思う。私は辛く悲しかったときに、我慢できず命を絶とうとした。放っておけば失血性ショックを起こして死んでしまうはずだった私を助けてくれたのは彼女だった。
那岐が助けてくれなければ、私は啓二と親しくなることもなくて、ただ一人浴槽で果てていただろう。
「私さ、那岐が友達で本当に良かった」
私の唐突な言葉に、啓二は首を傾げる。
「急にどうしたんだ?」
「何でもない」
私は啓二を置いて坂の下の横断歩道まで走っていく。歩道の前でくるりと翻った私は、満面の笑みでこういった。
「早く帰ろう。私たちの家に」




