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明日私は、恋してますか  作者: 植村夕月
Ⅲ 生徒会長、橘加奈
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60話   神宮寺那岐、潜入する その4

   神宮寺那岐、潜入する その4


「藤崎君、足の調子はどう?」

「別に大したことはないよ。心配かけたね」

 先ほど、トラックで走り込みをしていた藤崎君は、足を捻ってしまいました。すぐに様子を見に行ったのはいいですが、処置の方法を知らない私は、彼を保健室に連れて行きました。

 養護教諭が彼の脚に、湿布薬を数枚張り付けていました。

「無理をするなとは言わないけどね、怪我はしないように注意してね」

「ああ、本当に済まない」

 部活が終わり、私は藤崎君と校門を出た先の通りを歩いていました。

 部活が終わった時刻は八時、マネージャーの私ですらもうへとへとです。部員の方たちはもっと疲れていることでしょう。

「いつも、こんなに遅いの?」

「まあ、そうだな。飯田が、活動時間の長さで顧問に抗議しているみたいだけど」

「そう」

 今日は、飯田君と顔を合わせることなく部活は終わりました。顧問や部長が集合を掛けた時、私は彼らの目に入らない場所(他部員の陰に隠れていました)にいました。顧問はどうか知りませんが、飯田君に見つかるのはまずいです。

 その点、あまり考えずにマネージャーをやっていたのはまずかったかもしれません。だっていつ彼の目に入るか分かりませんでしたから。

「ああ、そうそう」

 藤崎君が、何かひらめいた様子で手をポンとたたきます。

「飯田が言ってたけど、どうして神宮司さんが陸上部にいるんだって、眉をひそめていた」

 きゃあああああ――。

 しまった。見つかってしまった。ていうか、堂々とグラウンドの真ん中で、マネージャーやって見つからないほうがおかしいです。

 うわーん、加奈に怒られるよ。

「どうしたんだ? 何だか変な顔をしているけど」

「ちょっと、女の子に変な顔なんて言っちゃいけないでしょ」

 まあいいでしょう。

 私、正規の生徒会役員じゃありませんから。

 何とでも言い訳をしてやりますよ。鈍感な飯田君なら、何とかごまかし切れると思います。私は、彼にマネージャーをしている理由を問い詰められた状況への対処法を考えていました。その時、ふっと思ったことがあります。それは、特に抵抗もなく、藤崎君に言っていました。

「部活は、楽しい?」

「そだな、とても楽しい。毎日毎日、死に物狂いで頑張る。その分、やり切った時の達成感もすごい。仲間との絆もできてさ。しんどいけど、やりがいはあるよ」

「そか」

 加奈、陸上部は問題を抱えています。でも、それ以上にみんな、部活を学校生活を楽しんでいるようです。もう少し、私たちも彼らを見守っていきたいと思います。

 藤崎君の純粋な笑顔を見せられると、私たちがやっていることの無粋さを感じずにはいられません。真夏にプールで、泳いだ少年のように清々しい顔。綺麗なその顔も、徐々に曇っていきます。激しい雷を伴ったどす黒い雲が空を覆っていくように。

「飯田は、違う。アイツは部活を楽しんでいない。ただ、責務に駆られて、自分の学生生活を犠牲にしているんだ」

 彼の悔しそうな顔

 私はそれを見ると、心が痛みました。


 ・・・


「昨日は押し付けるようなことになってすまない。那岐はマネージャーをしてみてどうだった。」

「どうだったって言われてもね。活動時間が長すぎることと、飯田君がおかしかった」

 四限目終了後、私たちはコの字型校舎をつなぐ、渡り廊下にいました。三辺を囲まれた中庭の入り口の一つで、グラウンドへそのままつながっています。その渡り廊下、校舎にくっつく形で置かれている自販機に加奈は硬貨を突っ込みます。ボタンを二回押して、こちらに戻ってきました。彼女は右手にお汁粉、左手にコーヒーを持っています。

「好みは?」

「えっと、お汁粉で」

 彼女は、お汁粉の入ったスチール缶を投げ渡しました。私は受け取り損ね、手から落としそうに。二、三回手から飛び出て、やっと捕まえます。

 はぁー。

 思わずため息を漏らしました。私の鈍感は、こういうことにでも出てしまうんです。

 渡り廊下を出て、中庭に少し入ったところ、校舎を背に置かれたベンチに私たちは座りました。

「飯田がおかしいって、どういうことだ?」

 加奈が私の顔を覗き込んできます。

 そう聞かれても、具体的に応えることは難しいです。クラスで見せるようなおちゃらけた様子ではなくて、何か切迫した感じとだけ。多分、そんなことは加奈の聞きたいことではないと思いました。

 私は、加奈からもらったお汁粉の缶を両手でコロコロ転がしていました。

「とにかく、飯田君はストレスを感じているんだよ。本来彼が負うべきでない責務を負おうとしている、といえばいいかな」

「……そうか。十分だ」

 加奈は、コーヒー缶のプルタブを反しました。湯気が立ち込めて、香ばしい香りが鼻孔をくすぐります。私もそろそろ、お汁粉缶を開けたいのですが、なかなかに熱いです。

「那岐、冷めるぞ。もしかしてプルタブをひっくり返せないのか?」

「あ、その……」

「開けてあげようか?」

 私の握力ではプルタブを反す力がありません。私がいつまでもプルタブを指でひっかいている様子を見かねての発言でしょう。恥ずかしいですけど、ここは彼女の厚意に甘えます。

「はい」

「うわ、熱いな」

 加奈は熱いのを我慢して、お汁粉の缶を開けてくれました。

「はい」

「ありがとう」

 お汁粉をすすっていると、加奈が興味深そうに私を覗きこんできました。

 加奈もお汁粉欲しいのでしょうか。

 彼女にお汁粉の入ったスチール缶を渡そうとしました。すると彼女は、ぶんぶんと顔を振って、断ってきました。どうやら、お汁粉が欲しいわけではなかったようです。

 甘くておいしいのに。

「思うんだが、那岐は普段缶ジュースなどを買った時はどうしているんだ?」

 私は、お汁粉缶で両手を温めながら、首を傾げました。

「ほら、プルタブ開けられないと、中のジュースが飲めないだろ」

「ああ、そういう事。私はね、普段缶ジュースは買わないんだ」

 そういうと加奈は、普段の氷結系無表情美人の顔を驚愕で歪めました。別に缶ジュースを飲まなくても生きていけるのに、どうしてそんなに驚くんでしょうね。謎です。

「でもな、ほら、喉が渇いたときとか飲み物が欲しくなるだろ。そういう時はどうしているんだ」

「普通にペットボトルの飲料を飲んでいるけどさ」

 私は那岐とよく一緒に買い物とか行っています。その時、決まって私がかっていた飲み物は、ペットボトルでした。まさかこんなことで、今さら聞いてくるなんて思いもしません。

 どうして彼女はこんなどうでもいい話に食いついてくるんでしょう。友達との会話のほとんどは無駄話、なんてことをよく耳にしますが、今この時ほどそれを感じさせられたことはありません。

「では、どうしても缶ジュースもとい、缶に入った飲料を飲みたいときはどうしているのだ?」

 なぜでしょう?

 気のせいか加奈の目がきらきら光っているように見えます。

 握力が弱いことが、こんなに珍しいことでしょうか。

 確かに私の親友有紀ちゃんも、ゴリ、いや、怪人並みの握力をしています。生徒会の副会長、宮古さんも結構な力もちです。でもそれって、周りに力の強い人が偶然集まっただけ。女の子は私のように力が弱いのが普通じゃないですか!

 変な話ばかりしてくるので、私は辟易していました。

「はぁ、缶ジュースのプルタブにペンを突き立てて、てこの原理で開けるんだよ」

「ほうほう、そうなのか。だがペンをいちいち鞄から出すのは面倒だな」

「もう、その話はいいでしょ。いったん缶から離れて!」

 私は大して目力があるわけでもないのですが、加奈をキッと睨みつけました。彼女は私が何やら機嫌を害していることに気付き、ポケットの中に入れていた何かを渡してきました。

「悪かった。まあ、それで機嫌を直してほしい」

 私は握りしめた左手を開く。すると、私の大好きなパイナップル味の飴玉が出てきました。

 思わず笑みがこぼれます。早速包装を破いて、口の中に放り込みました。私の様子を見ている加奈は、笑みを漏らしています。

「何よー?」

「いや、美味しそうに食べるなと思って。くれぐれも、喉に詰まらせるなんてことはするなよ」

 加奈は空き缶をベンチ横のごみ箱に放り込み、そのまま校舎に戻っていきました。

「もう、子供じゃないんだから、喉に詰めないよーだ」

 私は校舎に入っていく彼女にあっかんベー、してやりました。


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