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明日私は、恋してますか  作者: 植村夕月
Ⅰ 夜空の姫君は見つけた
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16話   エピローグ

   16話   エピローグ

 

 私、二条有紀の意識が覚醒して一週間が経過した。見舞いにやってきた祖父母の話によると、ある晩に喧嘩していた父母を止めに入った際に、父の振りかざした灰皿が頭に直撃したそうだ。ガラスで石のように重いそれに殴られた私は、適切な処置によって命をつないだが、三日間意識がなかったそうだ。

 ベッドからゆっくり体を起こした私は、右目、左目と順番に片方ずつ手を当てる。

「やっぱり、左目は見えない」

 意識を取り戻してすぐは、ほとんど体が言うことを聞かなかった。しかしそれは一過性のものであって、時間の経過とともに解放へと向かった。このまま運良く治ってくれればいい、って思っていた。

 だけど、それは甘かった。

 私はベッドの傍らに備え付けられた引き出しを開けて、服を取り出した。カッターシャツと紺を基調とした色に、緑と赤の線が規則的に入れられたスカートを取り出した。

 先日那岐ちゃんがもってきてくれたものだ。

 うまく体が動かないから、ぎこちなく着替える。

 ネクタイを締めて服装をチェックした私は、迎えが来るのを待つ。病院から一時的に外出する許可が下りたのだ。病院の中にずっといるより、気分転換する方がいい。だから外に出してくれと主治医に嘆願した。

「退院はできないけど、まあいいか」

 外に出るのは少し楽しみだった。ただ外に出るだけならそうではないけど、付き添いのある人と時間を過ごせることが嬉しいのだ。

 扉をノックするものがいる。多分待ち人だ。

「どうぞ」

「こんにちは」

 病室に入ってきたのは篠原啓二。私の恋人だ。私はこの人と一緒に居たくて居たくてたまらない。それはあの長い悪夢から覚めてより一層そう思った。

 私は彼に向かって手を出した。彼は私の手をがしっと掴むと力強く引っ張った。

 立ち上がった私は、左手に杖を持つ。

「じゃあ、行こうか」

「ああ、でも無理はするなよ」

「うん」

 私たちは病院を出る。私が入院している病院は、昔山だったらしい。ゆえに坂が多い。そしてこの病院から少し坂を上った場所に見晴らしがいい公園がある。

 私は彼に導かれて、その公園へ足を進める。ギュッと右手を握りしめて、歩く速度も私に合わせてくれる。

 私は彼をぽわんと眺めていた。

春先の暖かくて甘ったるい金木犀の匂いに酔いしれているように。

 彼を見ていると、私が死の淵を彷徨っている時に見た夢を思い出す。何度も悲劇が繰り返される夢だったけど、啓二が夢に出てから悲劇は終わった。さらに彼が出た夢によって私は覚醒させられた。

 坂道を上り続けると、開けた場所に出た。そこは丸太が一本でんと置かれていて椅子の機能を果たしていた。

 私はそれにゆっくり腰を下ろした。そして眠っている間に見た夢を彼に話す。

「眠っている間に夢を見たんだ。ずっとずっと長い夢を」

 隣に座った彼が不思議そうに私を見た。

「どんな夢を」

「それはね、何度も苦しい苦しいことが続くだったんだ。何度目が覚めてもそのことが続いて。最後に見た夢だけが悪夢じゃなかったんだ」

 私は微笑みかける。

 彼は恥ずかしそうにしてそっぽを向いた。

「最後に見た夢は、啓二、君が出てきたんだ。夢の中で迷っている私を導いてくれて」

 私は杖を突いて立ち上がる。前は見晴らし台となっている。ゆっくりと手すりまで歩む。私に慌てて手を貸そうとする彼を制した。これくらい大丈夫って。

「本当にありがとう」

「そんなことは、お前が自分の力で助かったんだ。それよりお前のお蔭で俺の世界は色合いを取り戻した。普段クールなお前が感情に任せて花瓶を割ったことがあっただろう」

「へへ、覚えていましたか。恥ずかしい」

「あの時、お前の本当の姿を見ることができた。何かにたいしてずっと耐え続ける姿。自身に絡みつくナニカに必死に抵抗する姿が美しくてかっこよく見えた」

 啓二のストレートな言葉に、私の顔は真っ赤なリンゴのようになったに違いない。だって頬が熱を持っているんだから。彼に直視できなくなって視線を泳がせていると、ギュッと抱きしめられた。反動で左手から杖を落としてしまう。

 こんな不意打ちは反則、反則なんだから。

 ていつも通りに心の中で言い訳をしようとしたけど、やめた。私がこいつを好いていることは確かだ。ならいいわけなんかじゃなくて開き直ってやる。もっといろんなことをねだってやる。それこそ啓二が困るくらいに。

「啓二、ここっていい場所だ。町が一望できて、空が綺麗で。二人だけの秘密の場所」

 私は瞳を閉じた。唇が触れ合う。でもそんな至福の時間はほんの少しだけだった。

 物陰からごそごそと音がした。

 私は彼から体を離して、そちらを見やった。特に何もない、ような気がした。気になって私と啓二は静かにそちらへ寄った。すると、木陰から転がるように二人の女性が出てきた。

 神宮寺那岐ちゃんと、神奈川先生。

「二人とも、何してるの!」

 私の顔がかあっと熱くなるのを感じる。

「もうちょっとさ、その、二人とも私をそおっとしてほしいというか、二人きりにしてほしいとか、ああ! もういいよ」

 私はふくれっ面で二人を睨む。

 二人は苦笑していた。

 私は啓二、先生、那岐ちゃんを見やった。もし殴られてそのまま誰も来なかったら、私は家で静かに死んでいただろう。でも、みんなが私のために動いてくれたから、今は生きている。

 死なずに済んだから、今は笑っていられる。

 私は幸せの儚さを今この場で噛みしめていた。

「那岐、啓二。これからもよろしくね」

 私の新たなる起点という意味を込めて、渾身の笑顔を彼らに向けた。


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