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42 男湯大混乱!


 リンデからの予期せぬ告白を受けた太平は、完全に混沌カオス状態へと陥った。どれくらい混沌カオスになったかというと、唐突に『阿波踊り』を踊りだしてしまっていたのだ。比喩表現でも何でもなく、太平は阿波踊りを踊っていた。太平の耳には祭り囃子が鳴り響いでいた。


『せいやーせいやーっ』


 こうなってしまうのも仕方がない。太平の唯一の恋愛経験といえば、遥か昔に小学校低学年くらいの女の子に、これまた突然愛の告白をされたことが一度あったきり。悲しいかなそれ以降、太平の恋愛経験は皆無。それなのに、こんな異世界で、しかも好みのタイプど真ん中の女性に、全裸の状態で告白されてしまっては、混乱して踊りだしてしまっても仕方がないことなのである。

 さて、勇気を振り絞って告白した相手が、返事もくれずに阿波踊りを踊り出す。普通の女性ならば、ここで相手に愛想を尽かすところだが――リンデは違っていた。この初めて見る謎のダンスを、求愛行動の一種、愛を表す舞踊ではないかと、勝手に好意的に解釈してしまったのだ!! 

 

『異世界の人は、ああやって愛を伝えるんだ……』

 

 阿波踊りを踊る太平を、リンデは恋する乙女の眼差しで見つめ続ける。そして、祈るようなポーズで、返事が返ってくるのをただ待っていた。

 その健気な恋する乙女の熱視線が、『阿波踊り』を終え、更に『ドラ○もん音頭』を踊り始めようとしていた太平の心を、ようやく正気へと戻させた。まさに愛の力である。

 ここに来てようやく、太平は返事を求められているということに気がついのだ。

 ちなみに、このやり取りの間、イクは興味なさげにバタ足であちこちを泳ぎまわり、マギアはと言えば……。


「付き合っちゃいなさい! 何を迷うことがあるの、今すぐ付き合いなさい!」


 と、水面をバシャバシャと叩きながら、焚き付ける言葉を浴びせていた。

 客観的に見れば、マギアがリンデの恋を応援しているように見えるのだが、実のところは少し違っている。

 マギアの本心は……。


『うふふふふふ。この二人がくっつけば、勇者がもし同性愛に目覚めていたとしても、相手を失う事になるわ。そこで失意に落ち込んでいるところを、わたしが優しい言葉で慰めて……その後は……うふふふふふふふふふふふふふふふふ』


 妄想の海にどっぷりとはまり込んでいるマギアは、欲望にまみれた汚らしい笑い声が漏れていることにも気が付かなかった。

 だが、マギアの『付き合え!』コールも、欲望にまみれた笑い声も、太平の耳には届いてはいなかった。

 太平は今までにないくらい脳みそをフル回転させていた。このチャンスを逃してしまえば、もしかすると一生恋愛のチャンスはないかもしれないのである。となれば、オッケーするべき……なのだが、相手は異世界人、更には結婚を前提というハードルの高いスタートライン。果たして、自分は異世界の人と結婚ができるのか? しかも自分は無職! 無職でありながら結婚を前提に付き合うとか……ありえるのだろうか!?

 太平の悩みの大半は、『無職』であるという所に起因していた。

 それ故に、答えることができないでいたのだ。

 そして、最終的に太平が導き出した答えは……。

 

「す、少し考えさせてください!」


 回答の先延ばしだった。

 その行為が男らしくない恥ずべきものだということはわかっていた。それと一緒に、安易に答えを出して良いものではないということもわかっていた。

 こうして、太平は逃げるようにして女湯を後にしたのだった。



 ※※※※


 そしてその三十分後……。


「告白を受けるべきか、断るべきか……それが問題だ。悩むなぁ〜。どうすればいいのかなぁ〜」

 

 太平はシェークスピアのハムレットからの引用を真似しつつ、これ見よがしに周りに聞こえるように大きな声で言ってみせた。

 さて、リンデからの告白から逃げた太平が今何処にいるのかというと――男湯にいた。

 頭を身体をクールダウンさせるべく、温泉に浸かってくつろぎの真っ最中なのである。

 その男湯にいるのは、太平だけではなかった。

 

「ふぅ〜。温泉ってのは気持ちのいいもんだな。これで美味い日本酒でもありゃ、最高なんだがな……。コッチの世界じゃ、せいぜい葡萄酒くらいなもんだぜ」


 シバさんに呼ばれた勇者は、最初『温泉? 面倒くせぇなぁ』と、乗り気ではなかったのだが、いざ入ってみると、『なんだこれ! 極楽じゃねえか!』と温泉を誰よりも満喫していた。

 しかし、その極楽気分を阻害するものがあった。そう、それが太平の鬱陶しい事この上ない『相談に乗って欲しいオーラ』である。このこれ見よがしな『相談に乗って欲しいオーラ』は、かれこれ十五分にわたって発せられ続けており、勇者の気分を甚だしく阻害していた。

 勇者は太平の存在を完全に無視をして、温泉に浸かりながら葡萄酒の入った革袋に口をつける。


「ぷはぁ〜。まぁ、これはこれで悪くねぇな。つまみにチーカマとか欲しいところだが、こっちにゃねえから、この干し肉で勘弁しといてやらァ」


 赤ら顔になった勇者は酒臭い息を吐き出しながら、上機嫌で干し肉を口に頬張ると、強靭な顎の力で引きちぎっては、葡萄酒と一緒に胃の中に流し込んだ。


 ――これで、このウザイ男が消えてくれれば、さらに極楽なんだがなぁ……。


 勇者は太平を睨みつけようとしたが、存在を無視しているのを思い出して視線を逸らした。

 そんなことを知ってか知らずか、太平は休むことなく『あぁ〜誰囲いの相談に乗ってくれないかなぁ〜』と似たような台詞を吐きつづける。

 その時である。

 颯爽と登場したのは……

 


「ふっふっふ、ここはこの『優雅なるラブマスター』こと、我輩に任せるべきだと思うのだが! どうだろうか?」


 優雅とは程遠い犬かきで現れたシバさんは、得意のドヤ顔でウィンクを決めてみせる。柴犬のウィンクは、とても可愛らしいものではあるのだが、やるのがシバさんとなると、ウザさのほうが倍増である。

 太平は無言で近くになった大きな石を手に取ると、シバさんと目を合わせることなく、テキパキとシバさんの身体の上に石を乗せる。


「ん? 太平これは一体……」


 そうシバさんが答えようとした時には、既に身体は石の重みで沈みかけていた。

 太平は沈みゆくシバさんを今日一番の爽やかな笑顔で見送る。こうして『優雅なるラブマスター』シバさんは、『無残なる土左衛門』と化して湯船の底へと沈んでいくのだった……。

 

 ――なかなかいい対応じゃねえか。


 沈むゆくシバさんを肴に、もう一杯葡萄酒をあおっていた勇者は、太平のとった行動に感心していた。そして、次に太平がしつこく『恋の悩みが〜』等と言ってきたならば、このイカした方法を取ろうと心に決めたのだ。

 そしてそれを実行するタイミングはすぐにやってきた。


「あぁ〜。このせつない恋の悩みを誰か聞いてくれないかなぁ〜!」


 『せつない』の台詞に差し掛かった頃には、すでに勇者は拳を固めていた。そして台詞を言い終わったのとタイミングを合わせて、太平の土手っ腹に向けて拳を叩きつけたのだ。勇者は重しを使うのではなく、重い拳を使ったのだ。


「ぶべっ」


 豚の鳴き声のような声を上げながら、太平はゆっくりと温泉の湯の中へと沈んでいくのだった。沈みゆく太平の視線の先に、薄っすらと土左衛門状態のシバさんの姿が見える。因果応報、身から出た錆、こんな教訓を太平は頭の中で反芻するのだった。


「これで静かに酒が飲めるってもんだ」


 視界から邪魔者が消えたことを確認した勇者は、改めて酒宴を再開する。

 こうして、哀れ太平、シバさん、一人と一匹の儚い命は地下迷宮に消えるのだった


 END


 ……

 …………

 ……………………


 と思いきや、一人と一匹が沈んだ場所から、無数の気泡が浮かび上がってくる。

 そして数秒後。


「死んでねぇよ!!」


「死ぬかと思ったわい!!」


 飛沫を上げて、一人と一匹は水面上へと顔を出したのだった。二人の顔は青ざめており、瀕死の状態まで陥っていたことをひと目でわからせてくれた。


「おかしいだろ! なんでいきなりぶん殴って、沈めてくれてんだよ!」


 太平は勇者にブチ切れた。


「待て! それをやったのはまさにお前ではないか!!」


 太平に向かってシバさんがぶち切れた。


「うっせぇ!」


 勇者が、太平とシバさん両方にブチ切れた。

 そして騙させるために、葡萄酒の入った革袋を二人の口に押し込んだ。


 そして、十五分後……。


「だーかーらー! 俺も色々悩んでるんですってばァァ! ねぇわかる? わかるかなぁ〜勇者ちゃん?」


「吾輩もォォォォ、色々あるのだぞォォ! 散歩のコースに別の犬がオシッコをしてたりとかだなぁ〜。縄張り争いがあるんだぞォォ」


 太平とシバさんはいい感じに出来上がっていた。

 

「飲んだら寝るかと思ったんだが、こいつらよりにもよって絡み酒かよ……」


 勇者は自分のとった行動が失敗だった事に気がついたのだが、完全に時既に遅かった。

 シバさんは我を忘れたかのように、温泉を飛びだして千鳥足で辺りを駆け巡りだすと、不意に片足を上げる。


「この温泉は吾輩が見つけたから、吾輩の縄張りなのだっ!!」


 と、オシッコを引っ掛けて縄張りを主張する行動に出ていた。

 太平はと言うと、完全に目が据わった状態で、勇者から奪い取った葡萄酒をがぶ飲みしては、下品にも何度もゲップをしていた。

 

「お前の酔っ払ってる姿見てると、酒を控えようかと考えちまうぜ……」



 太平のこのあまりに情けない泥酔状態を目にして、もしかすると自分も酔っているときはああなのではないか? と、勇者はため息を吐きながら頭を抱える。


「うへへへっ」


 その隙を太平は見逃さなかった。まるで蛇のようにウネウネとした読めない軌道で、勇者の眼前まで迫り来たのだ。普段ならば、太平の動きなど歴戦の勇者にとってみれば、スローモーションでしかなく、軽くかわしてパンチの一つでもいれることが出来たであろう。だが、泥酔した太平の動きは、酔拳の達人のように、予測不可能、奇妙奇天烈摩訶不思議なものであり対応することが出来なかったのだ。

 その結果、ほんの少し顔を近づければキスをしてしまう。そんな近距離まで接近を許してしまったのだった。

 もしこの様子をマギアが見たら、『うぎゃぁぁぁぁ! やっぱりィィ、やっぱりそういう関係なのねぇぇ!!』と発狂することうけ合いだろう。

 そして近距離まで接近した太平が次に取った行動は熱いキス! ――ではなく、これまた予想しようのない号泣だった。どうやら太平は、絡み上戸なだけでなく、泣き上戸でもあったようだ。

 眼前で大の大人がわんわんと泣かれては、さしもの勇者もどう対応して良いのかわからない。

 太平は戸惑う勇者の両肩に手を乗せると、嗚咽混じりに言葉を吐き出し始める。


「リンデさんとォォォォ、俺はァァァァ、付き合ったほうが良いんですかねぇぇェェェ……。どうすればいいですかねぇぇェェェ……」


 もうこうなってしまっては、勇者も無視を決め込むことも出来ず……。方に載せられた腕を振り払いながら、渋々答えてやることにした。


「男だろ! 自分で決めろ! ただリンデはなぁ……」


 と、そこまで言いかけて勇者は言葉を止めた。

 その言葉に、太平がピクリと反応する。


「リ、リンデさんはァァァァ、何なんですかぁぁ!? そこで止めないでくださいよぉぉォォ! 気になるじゃないですかぁァァァ! 気になって気になって、木になっちゃいますよぉォォ!!」


 ぴーんと両手を左右に垂直に伸ばし、背筋を正して直立不動で木になりきる太平の姿を見て、勇者はどれだけ強大な魔物と対峙しても、一度足りとも感じたことのない恐怖を覚えていた。

 

『ヤバイ……何だかわからねえが、こいつはヤバイ……』


 勇者は逃げ出した。

 しかし回りこまれてしまった。

 この時、最初股間を隠すために身に着けていたタオルは、何処かに行ってしまっており、太平の象さんは完全にぱおーん状態で露呈されていた。

 そんな状態で、勇者を逃すまいとして迫ってくるのである。しかも木の真似をして……。

 恐怖以外の何物であろうか……。


「答えてくれるまでェェェぇ! 逃さないですよぉぉォォ!! そうだぁ、リンデさんが両腕につけているブレスレットォォぉ、アレは何なんですかぁ? 聞いても答えてくれないんっすよぉォォ、気になるじゃないっすかぁぁ。教えて下さいよぉぉォォ!!」


 リンデのブレスレット。それは温泉に入っている時も、片時も離さずにつけているのを、太平は目撃している。それ故に、大事なものであることは間違いなかった。ただ、どう大事なのかが問題だったのだ。


「わ、わかった! お、教えるから! 教えるから、それ以上近づかないでくれ……。あのな、あのブレスレット……。あれは……なんつうかだな、その……」


 豪胆明快が売りな勇者が珍しく言葉を濁した。


「やっぱりだァァァァァ! 前の彼氏からのプレゼントとかァァァ、そう言う系のやつなんでしょォォォォ!!」


 太平が勇者の肩を掴んでは、攻め立てるように激しく左右に揺さぶる。ペチ―ンペチーンと、太平の象さんも一緒に揺れる。


「いや、そうじゃなくてだなぁ……。てか、掴むんじゃねえよ!! なんか変なもんもひっつけるんじゃねえよ!!」


 パニックに陥った勇者は、太平の腕を掴むと、柔道の一本背負いの要領で投げ飛ばした。水切り石の様に二度三度とバウンドして温泉の外まで飛び出した太平の身体は、竹のような材質でできた壁にぶつかってようやく停止する。


「あれはだな、あのブレスレットはだな……」


 象さんの恐怖から逃れることが出来た勇者は、ホッと胸をなでおろしながら言葉を続ける。だが、その言葉を聞くべき太平は、完全に意識を失ってしまっていたのだった。

 そこに現れたのは、四方にマーキングを完了させて、満足顔なシバさんだった。


「吾輩も! 吾輩も一緒に寝るから!」


 シバさんは太平の横まで尻尾をフリフリ猛スピードでかけてくると、重なりあうようにして眠ってしまう。


「何なんだよ、こいつら……。こいつらと付き合ってると、頭がおかしくなりそうだぜ……」


 ようやく静かになった温泉で、勇者は一人まったりと酒を飲み直すのだった。



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