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15 柴犬にパンツ。


「るんるんる〜ん」


 子供服売り場に到着した魔王は目を輝かせながら機敏な動きを見せる。あちらこちらから、気に入った服を持ってきては、鼻歌交じりの上機嫌モードで、イクの身体にリズミカルに何着もの服をあてがってみせた。そして鏡に写ったイクの姿を見ては、『うーん、これは色目が合わないかなぁ〜』とか『うーん、これは季節感にあってないかもぉ〜』などと、ああでもないこうでもないと、これまた楽しげに呟くのだった。


「まるで着せ替え人形で遊ぶ子供みたいだな……」


 楽しげな魔王には、世間一般的に知られている魔王としての威厳尊厳など微塵もなく、イク以上に無邪気な子供のように見えた。


「わたしは着せ替え人形じゃないぞ? 超古代兵器なんだぞ?」


 イクはイクで不満をたらたらと言いながらも、渋々と魔王の言いなりになっていた。どうやら、超古代兵器としての力を防がれてしまったことが、知らない内に上下関係というものを構築してしまったようである。


「はぁい、これと、これとこれとこれを買っちゃいましょ〜」


 魔王は買い物カゴいっぱいに子供服を詰め込むと、意気揚々とレジに向かっていった。


「あ、あのぉ……そんなに予算はないんですけど……」


 現在無職であり親の仕送りで生きているスネカジリの太平たいへいに、幼女のパンツを買うくらいのお金はあっても、洋服を大量に買う金など何処にもありはしないのだ。


「気にしないで下さいませませぇ〜。わたしってば、結構お金持ちなんですよぉ〜」


 そう言うと、魔王は小走りでレジへと向かっていった。


「そういえば、魔王さん……何処からお金を調達しているんだりう……」


 まさか、こっちの世界で魔力を使ってあんなことやこんなことをして、お金をゲットしているのでは……。と良からぬ想像を働かせてしまう太平であった。

 太平の妄想はとどまるところを知らず、お金の入手経路について、不安感で一杯になるのだったが、それを問いただして真実を聞くのも、これまた恐ろしいので、太平は知らんぷりで通すことを決め込むのだった。

 


 ※※※※


「遂にこの時が来たのだな!」


 イクはケーキの並べられているショーケースの前にしゃがみこんでいた。

 イクにとってはもっとも待ちわびた瞬間がやってきたのだ。超古代兵器といえども、動力炉が高鳴るのを抑えることは出来なかった。それによって周囲に発生した謎のフィールドが、空間を湾曲させているのが、太平の目にも視認できた。歪んだ空間に手を突っ込もうものならば、異次元空間に吹き飛ばされてしまうのではないかと、太平はイクとの距離を少し開けるのだった。

 

「はいはい、イクちゃんの好きなのを選んでいいですよぉ〜」


 魔王はイクの発生させた湾曲フィールドなど、意にも介していないようで、にこやかに微笑むと、かがむこんで瞳を発光ダイオード−のように輝かせているイクの顔を覗き込むと、Vサインをしてみせた。


「おお、麻緒が天使のよう見える……」


 ――実は魔王なんですけどね……。


 と、太平は心の中でツッコミを入れた。


「よし、これとこれとこれだ!」


 イクは三つのケーキを指差してみせた。

 ケーキを三つ選んだのは、一つは自分の分、一つは魔王の分、一つは太平の分と、ちゃんと考えての事だった。勿論この時のイクは、家で帰りを待っているシバさんの事は計算に入れてなどなかった。

 店員がショーケースから取り出すのを、イクは動力炉を踊らせながら、熱い眼差しで見つめ続けていた。この時の熱い眼差しというのは、実際に高温を放っており、危うくショーケースが融解したけたほどであった。

 そしてケーキは箱のなかに詰め込まれると、魔王の手を経て、イクの元へと渡された。

 イクは渡されたケーキの詰まった箱を、ニトログリセリンでも扱うかのように恐る恐る手に持つと、

魔王に向かって尋ねた。


「いいのか? わたしがこれを持っていいのか?」


「はいはい、イクちゃんがお家までしっかり持って行ってくださいねぇ〜」


「わかった! 何があろうと死守する!」


 はじめてのおつかいを頼まれた子供のようで、ほほえましい光景だと、太平は頬を緩ませた。


「いざとなれば、この星を犠牲にしてでも守りぬく!!」


 太平の緩んだ頬がこわばる。そしてこれが比喩表現であることを太平は心の底から祈るのだった。



 ※※※※


「なんてことだっ!」


 シバさんは太平の部屋で一人、いや一匹叫んでいた。

 

「どうやってもこの面がクリアできん!!」


 器用に肉球でコントローラーを保持しながら、シバさんはアクションゲームをプレイ中だった。

 留守番を言い渡されたシバさんは、最初太平の部屋に隠されているであろうエロ本を探していたのだが、それに飽きると勝手にゲーム機を引っ張りだしてゲームに勤しんでいたのだった。

 勿論太平のセーブデーターなど余裕で上書きである。


「しかし太平の奴め吾輩ここまで待たすとは、どうせろくでもないトラブルに巻き込まれおるに違いない。太平の顔は、トラブルに巻き込まれる顔をしておるからな。その点我輩の顔などは、運気に溢れ幸福一直線な面相をしておる。まぁ、占ってもらったことなど無いが、きっとそうに違いない」


 何の根拠もないことを自信満々に言い切ると、シバさんはゴソゴソと次のゲームを探しだすことに専念するのだった。



 ※※※※


「怪しい奴は居ないな? 恐ろしい魔物は襲ってこないか?」


 イクは四方八方を伺いながら、慎重に慎重にケーキを護衛しつつ帰路についていた。

 

「いやいや、その動きは一番怪しいのはイクだぞ……」


 そして、『一番恐ろしいのもイクだぞ』とまで続けたかったのだが、その言葉は飲み込んでおいた。


「なるほど。確かにわたしが一番このケーキを狙っているといえばそうかもしれない……。これが俗に言う、『己自身が敵だ』ということなのか?」


「いや、多分違うと思うぞ……」


 緊張感を張り詰めさせているイクとは正反対に、魔王はといえば……


「うふふふ〜。お家に帰ったら、イクちゃんのファッションショーの開幕ですよぉ〜。楽しみ、楽しみぃ〜」


 どうやら、家に帰ってからもイクの受難は続くらしい。



 ※※※※


「何なんだこのクソゲーは! 今すぐ中古屋に売りさばきに行ってやるわい!」


 シバさんは手(?)にもっていたコントローラーを床へと投げつけた。勿論、このコントローラーも太平の物ならば、中古屋に売りに行こうとしているゲームも太平の物である。

 そもそも元来ゲームというものは、犬がプレイすることを考えて作られてなどいないので、クソゲー扱いされたゲーム会社は堪ったものではない。


「こうなったら次は、太平のパソコンのハードディスクのデーターでも漁って見るとするか……。これはお宝が眠っている予感がするわい」


 シバさんの手(?)が太平のノートパソコンに伸びた時、部屋のドアの前に人の気配を感じ取った。


「ちっ、命拾いしおったな……」


 シバさんは何事もなかったかのように玄関に向かうと、戻ってきた太平達をお出迎えしてみせるのだった。


「ただいま帰りましたぁ〜」


 魔王は大量の服が詰め込められた買い物袋を両手に持ったままの状態で、バンザーイと高々と掲げる。その後ろから、げっそりとした表情の太平が『よお!』と小さく手を上げた。更にその後ろに、ケーキの箱を大事に持ったイクが、未だ警戒モードのままで周囲を伺っていた。

 

「なるほど……」


 シバさんはその三者三様の表情から、何かしらを悟ったようで、


「大変だったんだな」


 と、太平の足をポンポンと叩いてやるのだった。

 

「あ、あはははは……」

 

 太平はその返しに、乾いた笑いを浮かべるのだった。

 デパートからここまでの道のりは、警戒モードに突入したイクのおかげで、それはもう惨憺たるものだった。

 横を通りかかったおばさんを熱戦を放射しようとするわ。通り過ぎる車に向かって、レーザーを発射するわ。はたまた遙か上空を飛んでいる旅客機に向けて、重力子放射線を放とうとするわ。太平は毎回それを既の所で止めるのに必死だったのだ。


「ふぅ、家までケーキを守り切ることに成功したぞ」


 褒めろ、とばかりにイクは太平の前にズイッと頭をだした。


「よ、よく頑張ったなぁ……」


 出来れば頑張ってほしくなど無かったのだが、太平はイクの苦労をねぎらうために、優しく頭をなでてやるのだった。

 

「やはり、吾輩の思った通りに、太平はそういう運命の星の下に生まれた存在なのだなぁ」


 シバさんは腕を組んで、ウンウンと頷くのだった。

 そんなシバさんの下半身を、イクは興味深げに見つめていた。その視線に気がついたシバさんは、慌てて下半身を近くに落ちていたコントローラーで隠してみせる。


「わ、吾輩は犬だから、恥ずかしくないはずなのに、こうやってマジマジと下半身を幼女に見つめられると、犯罪臭がしてたまらん気分になってしまう……」


「太平、この犬はパンツを履いていないぞ! これでは、魔物に襲われてしまうではないか!」


「は?」


 太平と、シバさんは揃って呆けたような表情をしてみせた。それとは裏腹に、イクの表情は真剣そのもので……。


「よし、ここはさっき買ってきたイクのパンツを一つこの犬に履かせてやろう」


 イクは買い物袋の中から、幼女用のパンツを取り出すと、暴れるシバさんを強引に押さえつけた。


「や、やめてぇぇぇぇ! 犬はパンツなんて履かなくていいの! それも幼女用のパンツなんてぇェェェ! 犬としての尊厳が壊れるうううううううう!!」


「安心しろ、これを履けば魔物に襲われなくて済むぞ」


 イクはそう言って手に持った魔法少女がプリントされた幼女用のパンツを、有無を言わさぬ力でシバさんの下半身に履かせるのだった。

 そう、シバさんは占ってもらっておくべきだったのだ。自分がどれだけ不運の星の下に居るかということを……。


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