14 ノーパン幼女vs魔王
――女って生き物は、どうしてこう服とかを選ぶのに長時間かけるんだろうか……。
と、よく女という生き物を知りもしないのに、知ったかぶりな事を思いながら、太平は身体を後ろにそらして、ベンチに手をついて天井を見上げていた。
今の状況をおおまかに言えば、女の子二人とショッピングと言う男にとっては嬉し恥ずかしの状況である。が、細かく表現し直すならば、人間に化けた魔王と、幼女型超古代兵器のパンツを選びに来ているという、嬉し恥ずかしどころか、混沌としか呼びようのない状況だった。
――どうして、俺はこの状況から逃げ出そうとしないんだろうか……?
不思議だった。太平は今まで極々普通の生活をしてきた。この兆次元荘に越してくるまでは、こんな奇想天外なことに巻き込まれたことなど皆無だった。普通の住人ならばその日、その場で、アパートから出て行くに違いないのに、太平は出て行っていない。その理由の大きな一つとして、次のアパートを借りるお金がないというものあるのだが、お金のことなどは実家に頭を下げるなどすれば少しくらいは工面してもらえるだろうということもわかっていた。それなのに、どうして引っ越さないのか?
そんなことを考えると、自然と太平の口元が緩む。
楽しい、面白い、ドキドキする。
まるで一日がジェットコースターの中で過ぎていくような感覚。
一日中ジェットコースターに乗り続けていれば、その人間はどうなってしまうのか? その結果を知りたいと思ってしまう自分がいる事に、太平は気がついていた。
「太平さ〜ん、お待たせ致しましたぁ〜」
魔王が大きなオッパイをプルンプルンと揺らしながら小走りにこちらにやってくる。イクは地面を滑るような重力を感じさせない歩き方でそれに追従していた。
太平の居るベンチの前にやってきた魔王は、ジャーン! と買い物を終えた紙袋を太平の目の前に出してみせた。
「おパンツのお買い物、無事終了しましたよぉ〜」
ビシッと魔王は敬礼を決めてみせる。よくわからないままイクもそのポーズを真似してみせる。
「さて、次は皆でイクちゃんのお洋服と靴を見ましょうね〜」
魔王はノリノリだった。この世界にきてから、買い物といえば独りでするのが当たり前だった魔王にとって、この三人でのお買い物、しかも誰かに物を選んであげるというシチュエーションは胸躍るものなのだ。実際胸は激しく上下して踊っている。
それとはまるで対照的に、イクのテンションはだだ下がりだった。イクが望むものはパンツでも洋服でもなく、甘い甘いケーキでしか無かったのだ。
真っ白な生クリームの上にチョコンとイチゴの乗ったケーキ。イクはそのシンプルでありながら見事な造形美に、恋にも似たときめきを感じすらしていたのだった。勿論、イクは恋がどんな感情なのか知るはずもない。
「……太平。そんなに洋服やパンツは大事なのか? パンツがないとそんなに困るのか?」
瞬き一つすることのないイクの真っ直ぐな眼差しが、太平に注がれる。
パンツがないとどう困るのか……。
それは難題だった。
――実際問題、俺はパンツがなくてもそんなに困らない……。
そう、スカートを履かない男子からしてみれば、ズボンさえ履いていれば、パンツがなくとも色んなモノを見られたりはしないで済むのだ。
しかし女子はどうだろうか? もしスカートが風でまくれ上がった時に、パンツを履いていなかったならば……それはもう大惨事である。第三次パンツ大戦である。欲しがりません履くまでは! である。
「パンツなどよりも、食べられることの出来るケーキのほうが良いのではないのか? まぁ、わたしは食べられないのだけれども……しょぼん」
イクは体育座りをしながら、地面に何やらイジイジと文字を書き出してしまっていた。
この時太平は悩んでいた。世の中にはパンツを食べるという恐ろしい性癖の持ち主も居るのだということを、果たしてイクに教えていいものだろうかと……。
「イクちゃん、女の子はパンツを履かないと、怖い魔物がやってきて食べられちゃんだよぉ?」
魔王は人差し指をピーンと立てて、ピコピコと動かしながら、とんでもない嘘をちゃっかりと言ってのけた。
とは言っても、もしかすれば魔王のいる世界では、パンツを履かない女の子を襲う魔物というものが本当に存在しているのかもしれない。しかし、どうやってその魔物は女の子がパンツを履いているのかどうか識別するのだろうか? 匂い? それとも魔力? 『パンツ履いてない女の子はいねぇかぁ?』そんなことをドスの利いた声で叫びながら、夜の空を大きな翼で飛翔しては、夜な夜なノーパンの女の子を襲う。少し想像しただけでも恐ろしい魔物である。
しかしこの世界でも、怖い魔物の部分を、怖いド変態にかえれば、意味が通じなくもないのがこれまた恐ろしいところである。
「うむ……。魔物に食べられてしまうのは困るな」
イクは少し考えこんでは、眉を少しへの字に曲げた。
「そ、そうだぞ! 魔物に食べられるのは嫌だろ?」
太平も魔王の案に乗っかるようにして、イクを言い込めてしまおうとした。
だが、イクの次の言葉は太平の予想の斜め上を行っていた。
「しかし、わたしは魔物に対抗するだけの戦力を充分保持しているぞ? ほら」
そう言うと、イクの指先がまるでホタルのような淡い光を放ちだす。そしてイクは、右手の中指と人差し指を立てたまま、顔の前から胸元へと軽く振ってみせる。一瞬フラッシュのようなものが放たれ、光のようなものが通りすぎたように感じた。
「え……」
太平はイクの前にあった壁に、指の描いた軌道と同じ形に切り裂かれていた。あまりにも鋭利な切り口故に、壁は崩れるどころかその形をそのまま保っていた。だが、イクの放った光が切り刻んだものはそれだけでは収まっては居なかった。その壁を安々と貫通した光は、一直線上にあるもの全てを切り裂き、遂には地球の重力圏内をも突破してしまっていたのだった。運が良かったのか、イクが計算したのか、人間に死傷者は一人も居なかった。
「伝承にあるドラゴン程度なら、わたしの戦力で充分に撃退できるぞ? それでもパンツは必要なのか?」
流石、ノーパン幼女型とはいえ、超古代兵器である。人類の常識の遙か上を行くスペックを秘めているである。二階から落ちてきた時も、重力制御を行っていたことからも、予想すべきことであったのだ。
太平はあまりの破壊力に腰が抜けそうになり、近くにあった柱にもたれかかっては、なんとか体勢を維持していた。
しかし、こんな恐ろしい能力を魅せつけられても、平然としている人物が居た。
「うふふふ、イクちゃん、今のわたしにむけてやってみてくれるかなぁ?」
「え? ちょっと魔お……麻緒さん! 何言ってるんですか!!」
太平が狼狽するもの無理はない。壁を安々と切り裂く光の刃を自分にむけて放てなど、自殺行為外の何者でもないのだから。
「いいのか? 麻緒が真っ二つになるぞ?」
イクは表情人使えることなく、物騒なことを言ってのけた。
「うんうん。大丈夫だからぁ〜」
魔王は自信満々をアピールするように胸をドンと叩くと、何やら呪文を言葉を口にする。すると、いままで何もなかった両手の指に、十個の指輪が現れた。
「はい、準備おっけぇです〜。いつでもどうぞぉ〜」
「……本当に良いのか?」
イクは戸惑っていた。太平の友達である女を、真っ二つにして良いものなのか? 別に真っ二つにした所で、イク自身には何の損害にもなりはしないけれど、何の利益にもつながらないのだ。
そんな戸惑うイクを見て、魔王は誘惑の言葉を持ちかける。
「もし、イクちゃんがわたしを真っ二つにできたら、すぐにケーキを買ってあげるよぉ〜」
魔王とは、いつでも勇者たちに甘い言葉を耳元で囁く存在である。
「よし! 今すぐ真っ二つにしてやるぞ!」
ケーキの一言が、イクのテンションをマックスまで上げきってしまった。もはやこの幼女、真っ二つにする気まんまん状態である。しかしイクは大きな誤算をしていた。魔王が真っ二つになってしまえば、ケーキを買ってくれる人がいなくなるということに気がついていなかったのだ……。
イクは先ほどと同じように、指先に光を集中させて、光の刃を魔王に向けて放つ。それと同時に、魔王の指輪の一つが輝きを放った。
太平はこの瞬間目を閉じてしまっていた。
目を閉じてしまったのには二つの理由がある。
一つは放たれた光が眩しかったこと。もう一つは、魔王とはいえ人間の女性の姿をした知人が切り裂かれるところなど見たくなかったからである。
光が放たれてから数秒の時間が流れた。
周りがあまりにも静かなので、太平は恐る恐る閉じていた目を開く。
そこには……。
「うふふふふ〜」
何事もなかったかのように、微笑んでる魔王の姿があった。
「ほらほら、イクちゃん。わたし一人やっつけられないようじゃ、怖い魔物がやってきたら大変だぞぉ〜」
魔王はそう言うと、イクのオデコをピコンと優しく指先で弾いてみせた。イクはおのれの力が及ばなかったことに落胆し、力なく肩を落としてしまってた。
「……そうか。この世界の魔物とはそんなレベルにまで到達しているのか……。そこまでいくとリミッターを解除しなければならなくなってしまう……。それは由々しき問題だ……。主に地球に……」
何やら物騒な言葉をイクが呟いていたのを太平は耳にしていたが、聞かなかったことにしてすまそうと決め込むのだった。
「だからぁ〜。ちゃんとおパンツは履かないとダメなんだぞ? それとお洋服と靴もだぞ?」
魔王の言葉に、イクは力なく頷いてみせた。
こうして渋々納得したイクを引き連れて、三人は買い物を続けるのだった。




