13 パンツの必要性。
「ふぅ……。魔王さんには困ったもんだよ……」
そそくさと下着売り場から逃げ出してきた太平はベンチに腰を下ろした。ふと下着売り場に目をやると、こちらに気がついた魔王がブンブンと手を振り返してくる。その手の先にはブラジャーが握られており、ヒラヒラと華麗に舞っていた。
――魔王さんは何カップなんだろうか……。
そんな想像を思わずしてしまった太平だったが、あの魔王の姿は人間に化けたものだということを思い出した。魔王の本当の姿は、表情などわからないドクロ頭、そして全身を覆う漆黒のローブ、極めつけは人の命など簡単に刈り取ってしまいそうな巨大な死王の鎌、《THE魔王》といった出で立ちこそが魔王の本当の姿なのだ。
太平は本当の姿の魔王が、ブラジャーをつけているシーンを想像してしまい、軽く吐き気を覚えそうになった。
――化けたものだとしても、アパートでは何時も人間の姿で居てくれれば……。
そんなことを思ってしまう太平だった。
※※※※
「う〜ん、イクちゃんはどんなパンツが良いのかなぁ〜?」
魔王は幼児向け下着コーナーで、キャラクターがプリントされたパンツを手にとって、イクに見せて尋ねてみる。
「……」
しかしイクはパンツにはまるで無反応で、何もない虚空をまばたき一つしないで見つめていた。幼女の姿をしているとはいえ、超古代兵器なのだ、パンツなどに興味があろうはずもなかった。むしろイクは、このパンツというものの必要性について疑問すら覚えていた。
――パンツ……。これをつけることに、何の意味がある? つけていないほうが、太平はきっと喜ぶ……。
パンツを履かないことによる優位性のほうが高いのではないか? イクはそんな考えにすら到達しようとしていた。もしイクに羞恥心を言う感覚が存在していれば、パンツがどれだけ大事なものかということに気がつけたのかもしれない。しかし、この幼女型超古代兵器には羞恥心というものが、備わっていなかった。
「いらない……。パンツは無い方がいい。きっと太平もそのほうが喜ぶ」
「うーん、確かに太平さんはイクちゃんがパンツを履いていないことに、ある種の興奮を覚えるようなタイプの性癖を持ってはいそうですけれどぉ〜。世間一般的に、女の子がパンツを履いていないのは良くないことなんですよぉ〜」
幼児向けパンツを手に取り、世間一般を語る魔王というものも珍しかったが、それ以前に太平は、ロリでコンな性癖の持ち主だと魔王に認識されているようだった。『くしょん!』ベンチに座っている太平はその時大きなくシャイをしたという。
「パンツを履かないと駄目なのか? その意図を完結にしてもらいたい」
イクは魔王にノーパンツの優位性を説こうとしたのだが、魔王は困って眉を寄せてしまうばかりだった。
「イクちゃん、女の子には恥じらいというものが必要なんですよぉ〜。そして、そのためにはパンツは必要不可欠なものなんです。ノーパンツなんて以ての外なんですよぉ。だから、駄目か駄目でないかといえば、ダメですねぇ〜」
「麻緒もパンツを履いているのか?」
「え、それは勿論!」
「太平もか?」
「あ、はい。多分履いていると思いますよ」
魔王が多分と答えたのは、もしかすると太平が露出を好む性癖も持ち合わせているかもしれないと、少し思ってしまったのにほかならない。
「なるほど……。人の社会というものは難しいものなんだな」
イクはパンツというものの存在に、腕を組んで考えこんでしまうのだった。
「そ、そこで人間社会を難しいかどうかを判断するのは、如何なものかと思っちゃいますけれどもぉ〜。太平さんを待たしているのも悪いですし、はやいとこパンツを買っちゃいましょ。そして、パンツを買った後は、イクちゃん待望のケーキを買いましょう!」
「ケーキ……。パンツを買うとケーキが買える……。ならば、パンツを買わなくては……急いで、急いで買わないと!!」
虚ろだったイクの目に生気が宿る。
イクは幼児向けパンツが置かれているワゴンから、パンツを採掘機のように掘り返しては、吟味しだしたのだ。
「これ……。これは違う。これは……少し違う。これは……何となく違う」
パンツを手に取って二秒ほど吟味して、なにかフィーリングが会わないことを感じると、すぐさま次のパンツ、次のパンツと、超高速でパンツを選び出した。
そして十分後。
「これだ! これこそがわたしのパンツにふさわしい!」
そう言ってイクは一つのパンツを空高くかかげた。イクが手にとっていたパンツは、いちごショートケーキがプリントされているパンツだった。結局のところ、イクにとってはパンツもケーキと同じなのだ。
「イクちゃんがそれでいいならいいですよぉ〜」
魔王はイクがパンツと格闘している間に、自分の下着を選んできていたようで、買い物カゴの中にはいくつかの色鮮やかな下着が詰め込まれていた。
「よし! ならば、次はケーキだな?」
イクの目が、まるで自動車のハイビームのように輝きを放つ。
「ケーキはまだですよぉ〜。これから太平さんと合流して、次はイクちゃんのお洋服と靴を買いましょうねぇ〜」
「な、なんだと……。ケーキはまだなのか? ケーキまでの道のりはそれほどまでに辛く険しいのか……」
イクはガックリと肩を落とし、瞳は光を失い、また虚ろなものへと戻ってしまうのだった。